2秒前の過去から来た男
燦々と陽が射す穏やかな日曜日。幅2メートルといった歩道を、俺は彼女と手を繋ぎ、歩きながらにとある告白をした。
「実はさ……」
「何?」
「俺、2秒前の過去から来たんだ」
「……えっ?」
唐突な告白に彼女は足を留め、驚いた様子で以って俺の顔をジッと見つめた。
「2秒前の過去から来たんだ」
「えっと……」
「2秒前の過去から来たんだ」
「それ、マジでいってんの? 2秒前の過去って……つうか今時点は私と同じ時間を生きてるし……それが本当だとしても何か意味あんの?」
彼女は小馬鹿にしたような眼で以って見つめた。
「そうだね。瞬間的と言えるほどの過去から来ただけだしね……」
「過去に戻れるなら意味があるように思うけど、2秒先の未来に行けるって凄いの? 行ったとしても人より2秒遅れてるって事でしょ? ああ、でも、それを連続で繰り返せば結構な時間未来に行けて、今の私達が決して見る事の無い100年後、1000年後の世界を見る事も出来るって事?」
紅葉迫る昨年の秋、爺ちゃんが亡くなった。その爺ちゃんの遺品整理をしている時、俺宛の手紙を見つけた。
『お前には2秒先の未来へ行ける能力がある。だがその能力は意図して使えるものではなく唐突に発動する物だ。そしてその能力を使い始めたら一生唐突に2秒先の未来へ行く事になる。といってもそれは1日に1回だけ発動するものだ。それは寝ている時かもしれないし起きている時かもしれない。とりあえず1日に1回、唐突に未来へ行く。これから何十年と毎日唐突に2秒先の未来へ行くという人生を送る事になる。いってみれば常に他人よりも1日2秒短い人生を送ると言う事だ。だから注意して使え。便利な事は何も無い。友人と会話している時に発動すると会話が途切れる感覚で、言ってみれば邪魔な物だ。自分の意識は連続しているのに2秒間進む感覚だ。爺ちゃんはこの話を爺ちゃんの爺ちゃんから聞いた。その時は冗談かと思ってその場で試してしまった。それは本当だったがそれ以降ずっと邪魔だった。だから注意しろよ』
そんな事が書いてあった。いわゆる隔世遺伝の能力。「何言ってんだ爺ちゃんは」と、俺は半信半疑ながらにその場で試してしまった。そしてそれは本当だった。テレビを見ていると不自然に継ぎ接ぎしたような映像になる。誰かと会話していても相手の内容が不自然に抜けてしまう時が多々ある。目の前に座っていた人が瞬間的に立ち去る場面も多々目にした。電車に乗ろうとしたら既に乗っていたなんて事もあった。自分の意識以外、自分の肉体を含めた世界が2秒進むという感覚。2秒間だけの夢遊病とでも言えばいいのだろうか。それは毎日同じ時刻に発動する訳でもなく唐突に発動する。爺ちゃんが言っていたように1日に1回とはいえ、中々に邪魔な物であった。
「いや、それは1日に1回だけ勝手に発動する物で、自分の意志では使えないし連続する事も無い」
「それを私に話してどうするつもりだったの? 意味あるの?」
「確かに……意味は無いな……」
「だよね……」
彼女は苦笑いする。どうやらつまらない冗談と受け止められたようだ。まあそうだろう。2秒先の未来に行ったなんて証明できない。そもそも寝ている時なら一切気付かない。とりあえず、いつか俺に孫という存在が生まれたら、俺も爺ちゃん同様に伝えよう。その際は「注意しろよ」ではなく「決して試すなよ」と言い変えて伝えるか。
2020年02月24日 初版