2秒間、時間を止められる男
燦々と陽が射す穏やかな日曜日。幅2メートルといった土手沿いの道を、俺は彼女と手を繋ぎ、歩きながらにとある告白をした。
「実はさ……」
「何?」
「俺、2秒間だけ時間を止められるんだ」
「……えっ?」
唐突な告白に彼女は足を留め、驚いた様子で以って俺の顔をジッと見つめた。
「2秒間だけ時間を止められるんだ」
「えっと……」
「2秒間だけ時間を止められるんだ」
「それ、マジでいってんの? っていうか2秒間止められるって微妙な感じだけど……。あ、でも使い方によってそれは凄いか……」
蝉が喚き散らかす昨年の夏、爺ちゃんが亡くなった。その爺ちゃんの遺品整理をしている時、俺宛の手紙を見つけた。
『お前には2秒間だけ時間を止められる能力がある。だがそれを使えるのは一生に一度だけだ。だから注意してここぞという時に使え。爺ちゃんはこの話を爺ちゃんの爺ちゃんから聞いた。その時は冗談かと思ってその場で試してしまった。それは本当だったがそれ以降使えなくなった。だから注意しろよ』
そんな事が書いてあった。いわゆる隔世遺伝の能力。「何言ってんだ爺ちゃんは」と、俺は半信半疑ながらにその場で試した。
『ミーン、ミーン、ミ――――』
腹が立つ程に、五月蠅かった蝉の声がピタっと止んだ。その2秒後、
『ン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン…………』
と、途中で止んだ蝉の鳴き声が一斉に聞こえ始めた。
「と言ってもそれは一生に一度だけ使える力。そしてそれは既に使ってしまった」
「……何か無意味のような?」
「確かに……もう、意味は無いな」
「だよね……」
彼女は苦笑いする。どうやらつまらない冗談と受け止められたようだ。まあそうだろう。もう使えない能力だし、あの時に蝉の声が聞こえなくなったのは偶然と言えば偶然なのかも知れない。昆虫に詳しい訳でも無いし、そういう事は自然にあるのかもしれない。こんな能力があったなんて黙っていても良かった。いつか俺に孫という存在が生まれたとしても、爺ちゃんみたくそれを伝える必要もないだろう。万が一勝手にその能力が発動したとしても、違和感を感じる事はあってもそんな能力が原因だとはきっと気付く事もないだろう。いっそ爺ちゃんも黙ってくれていればよかったのに。
2020年02月24日 初版