高校2年夏
俺は二年、千葉先輩は三年になる。
六月にある高総体では、団体準決勝敗退。
千葉先輩は惜しくも個人七位で、全国大会に行くことは叶わなかった。
気持ちに気づかれている海川から、「もう会えなくなるぞ」と脅しをかけられる。
振られても、今後そんなに顔を合わせることもない。
せっかく話せるようになったのに関係性が壊れるのも怖かったが、時折自分に向けてくる柔和な視線に、もしかしたらという想いが募っていた。
だから、思いきって告白することにした。
その前に、他の部員に先輩とのツーショットを取ってもらう。
その後、道場の裏手に呼び出し、ストレートに「好きです。付き合ってください!」と告げた。
先輩は、いつもの癖なのか少しだけ首を傾げていた。
ふっくらとした唇がゆっくりと開く。
「少し待ってくれる?」
そう伝えられ、どのくらい待てば良いのか分からないが、しばらく返事を待つことになった。
数日間、なかなか寝付けない。寝ても途中で目を覚ましたり、朝早く起きたりする。
気持ちが落ち着かず、早目に学校に行っては、校舎の周りの走り込みをおこなった。
そんなある日の早朝、千葉先輩とばったり出くわした。
「天野くん、この間の返事なんだけど……」
そう言われ、まさかこんな時にと頭が真っ白になる。
心臓の音で、周囲の雑踏も何もかもが聞こえない。
先輩の柔らかい声が耳に届く。
「良かったら、付き合ってください」
まさかの返事に、心の中でガッツポーズをした。
自分達が付き合う頃には初夏が訪れ、彼女は受験生活が始まった。
※※※
夏休み。
三年生は毎日学校に来て、夕方まで補講や自主学習をおこなっている。
彼女の帰りまで、弓を引いたり、課題をこなしたりして待つ。
付き合うと言っても高校生なので、他愛もない話をしたり、手を繋いだりするぐらいだ。
『ぐらい』と言っても、この間初めて手を繋いだ時には手汗がひどくて、先輩に嫌われないか心配した。
いつも笑顔の先輩だが、今日は少しだけため息をついていた。
「どうしたんですか?」
「天野くん、実は模試の結果がB判定で、両親から怒られちゃって……」
彼女の実家は整形外科を開業している。父親が医師で、母親は元看護師らしい。一人っ子の彼女は、両親からかなり厳しく育てられたそうだ。
「家に帰りたくなくて……」
そう言って、彼女は潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
その視線に耐えられず、眼を反らしてしまった。
俺は空気を変えたい気持ちになって、大きな声で彼女に提案した。
「先輩!海!海行きましょうよ、夏だし!」
少しだけ驚いた様子だったが、彼女はこくりと頷いた。
※※※
海についた頃には、辺りは暗闇に包まれていた。
昼間はわりと晴れていたが、朧月夜だった。
波の穏やかに行きつ戻りつする音が聴こえる。
靴を脱いで素足で歩くと、柔らかい砂が足の裏に当たる。
先輩は「ざらざらする」と言って、少しだけ笑っていた。
波打ち際まで、二人で連なって歩く。
制服の裾が海で濡れた。
大きな波が来る。
咄嗟に対応出来なかった俺は、そのまま海に転がってしまった。
ひとしきり先輩が笑っていた。
「天野くん、おかしい」
(良かった、元気になって)
俺は少しだけ安堵する。
先輩が俺に手を差し伸べてきた。
その手をとって立ち上がろうとしたが、そのまま千葉先輩がしなだれかかってくる。また、海に尻餅を着いてしまった。
しばし見つめ合う。
なぜ、先輩がそんなことをしたのかは分からない。
やっぱり美人の先輩に視られるのは恥ずかしい。
夜だからバレてはいないと思うが、頬が火照ってしょうがない。
「ねぇ」
彼女の蠱惑的な唇が微かに動いた。
この人と出逢ってからは、俺の心臓はもたない。
「キスしても良い?」
「え?!」
驚く間もなく、彼女の方から、俺に近付いてきた。唇同士が重なる。しばらくした後、彼女の方から離れた。
と思いきや、また俺の唇に彼女のそれが重なった。
(初めてで、やり方が分からない)
頭の中が混乱してくる。
また彼女が離れる。
吐く息とともに、彼女が告げる。
「ねぇ、ゆっくりで……良いから」
そうしてまた、彼女からキスされる。
軽いキスを繰り返すうちに、次第に深くなっていき、自分からも彼女を求めるようになった。