セミナー
玄関のドアを開けると、オレンジ色のジャケットとスカートに身を包み、黒いストッキングを履いた女性が立っていた。ジャケットとスカートにはアクセントとして水色のラインが入っている。髪の毛は茶髪で、目はくりっとしている。中々の美人だ。
「初めまして!わたくし、空浜区入居促進課の小野寺美郷と申します。」
彼女は光と目が合うと、ニコっと微笑んで言った。
「はい。お待ちしておりました。」
そう返して光は彼女を玄関に入れ、家族の居るリビングへと招き入れた。
小野寺さんは家族との一通りの挨拶を終えると、入居に関するパンフレットを配って説明を始めた。小難しい話も多かったが要約すると以下のことになるようだ。
●空浜区内の物質はすべてVR粒子というもので構成されている。
●現実世界から持ち込んだものもすべてVR粒子に変換される。
●荷物など、生物でないものは一度空浜区内に転送されるとずっと物質として存在できるが、生物は245時間しか姿を保っていられない。
●素養のあるものはVR粒子を集めて物質を形成することができる。
●僕達皆月一家は居住層第11区のマンションへの入居が決定した。
●僕と妹の音音は区内の学校に通うことになる。
●入居は一週間後の8月8日朝10時で、小野寺さんと一緒に最寄りの港に出向く。
正直小野寺さんが説明してくれたことは政府が既に公表している事がほとんどだったから、一家は特に驚きはなかった。
「ー説明は以上です。何かご質問はありますか?」
「はいはーい!」音音が元気良く返した。
「粒子で物を作れるのは素養のある人だけって言ってましたけど、それって
どれくらい居るんですか?」
音音の質問に小野寺さんは落ち着いて返答した。
「現時点では6割ほどの方が物質化に成功しています。微弱な力の方から強大な力を持つ方まで、様々ですね。」
「へーそうなんだー。私、できるかなぁ。」
「最初は出来なくても、訓練によって出来るようになる場合もありますので、ご安心下さい。」
「やった!じゃあ私にも可能性ありだね!」
「他に質問はございますか?」
誰も口を開かない。他に質問はないようだ。
「それではこちらが入居手続き用紙となりますので、目を通して頂き各自サインをお願いします。」
4人全員が規約に目を通し、署名欄にサインをした。
「ありがとうございます。これでみなさんは晴れて空浜区の一員となりますので、こちらをお配りしますね。」
小野寺さんはそう言うと、封筒からビニールに包まれたカードを4枚取り出し、家族全員に渡した。
水色のカード。中央に銀色で「SORAHAMA」の文字。間違いない。これは…
「マスターカードだぁ!」音音がテーブルに身を乗り出して叫んだ。
「はい。この居住者用マスターカードを港で使用すれば、空浜区との往来が可能ですよ。」
カードを手に取るとさすがに光もテンションが上がった。
「ただ、このカードは8月8日の入居日までは使用できませんのでご注意下さいね。」
小野寺さんのこの一言に音音は露骨にがっくりした。
「なんだぁー。まだお預けかぁ。今から行ってみようと思ってたのに。」
「焦るなって。来週には行くんだからさ。」
光は諭すようにそう言ったが、内心残念な気持ちになった。おかしいな・・・。
さっきまで行くのが不安とか言ってたのに。
「それでは、わたくしはこれで失礼します。また1週間後にお会いしましょう。」
小野寺さんは一礼して帰っていった。
「お父さん、お母さん楽しみだね!」
目をキラキラさせてそう言う音音に父親がゆっくりと答えた。
「そうだな。」