家族
8月1日
空浜区の第2期入居者は2ヶ月前に決定し、順次入居を開始していた。
約2/3が入居を終え、残り1/3の人々は仮想都市での新生活に胸を膨らませている。
東京都内に住む皆月一家もまた空浜区への入居が決定しており、これから入居に関する説明セミナーを受けるべく自宅で待機しているところだ。
僕の名前は皆月光、東京都内に住む普通の高校2年生だ。来週から仮想都市「空浜区」で生活することになっている。第2期入居者募集が決定した時点で、家族満場一致で応募。見事当選したわけだが、正直今になって少し不安だ。そりゃ、既に8万人を超える人々が空浜区へ住み始めてなんの事件も耳に入ってないんだから、安全なのは分かる。でも、よくよく考えたら仮想都市に住むってなんだ…?本当に大丈夫なのか…?もしかしたら…
「ーちゃん、お兄ちゃん!」
「ん?」
考えごとをしていた時に急に話しかけられたものだから光は身体がピクっとなった。
「何さっきから一人でブツブツ言ってんのよ。もうすぐセミナーの人が来るんだからね。部屋キレイにするの手伝ってよ!」
年下なのに少し小生意気な態度で話しかけてくる彼女は、皆月音音。光の妹だ。年は3つ離れており、現在中学2年生。
黒髪で、緑のヘアバンドで結ったポニーテールが特長的だ。仮想都市での生活にとても興味があるらしく、向こうに行ったら何をしようかいつも妄想を膨らませてはしゃいでいる。
「ああ、わかったよ。ごめんごめん。」
そう言って光は床やソファーの上に落ちている小さなゴミを拾い始めた。
「お前さ、怖くないの?」
「怖いって何が?」
光の問いかけに対して、音音はキョトンとして答えた。意味が解らないといった表情だ。
「だから、仮想都市である空浜区に住むことだよ。なんでも、特殊なプラズマを使って人間を仮想空間に存在できる粒子に変換するらしいけど。失敗したら消えちゃうかもしれないじゃん。」
「あはは!なんだそんなこと?」
「そんなことって」
「大丈夫だって。空浜区が作られてから何万人が現実世界と行き来してて、事故なんて一回もないんだよ?」
「そりゃそうだけどさ」
「それより私、新生活が楽しみだなぁ~。粒子で物を創ったり、テレポートしたり。あぁ~考えるだけでワクワクする!」
…正直、こいつの脳内が羨ましい。
でもまぁ、言われてみればそうかもしれない。空浜区で生活することはもう決まっていることだし。気に病んでも仕方ないか。向こうの高校に通うことになるし、新しい友達もできるかもしれない。
ピンポーン。
家のチャイムが鳴り響いた。ついに来た。セミナーの人だ。
「ひかるー?セミナーの人、来たみたいだから招いてくれる?」
家族4人分とセミナーの人に出すアイスティーを用意しながらそう言うのは、母親の皆月明美だ。少し心配性だが優しくて落ち着いている。
その隣のテーブルで雑誌を読んでいるのが父親の皆月一也。どちらかと言えば寡黙な人だが、子供たちの意思をいつも尊重している。
「わかったー」
光は母にそう返事をすると、リビングから出て玄関へ向かいドアを開けた。
そこには女性が立っていた。
「はじめまして。」