006 耳が長く尖っていたらエルフなのだろうか
周囲に立ち上がる人影はなかった。
もれなく全員をお手製のお縄である。まあ出血多量で死なれても目覚めが悪いので止血は施した。ちなみに全員が上半身裸。
心配なのは魔法である。お目覚めしたときに問答無用で攻撃されたらさすがに殺すしかなくなりそう。故に全員を壁側に向けるように転がす。簡単に後ろを見られないようにガッチガチにお縄である。少し食い込んでしまっているのはしょうがない。古の魔法使いは言ったのだ。悪人に人権はないと。
ならば先達に習おうではないか。……俺は魔法使いじゃないけど。30歳になったはずだったのに魔法使いじゃないけど! …………古傷をえぐると胸が痛いのはなぜですか?
とりあえず、この人権のないヤツラから役に立ちそうな物を没収しようではないか。
周りを見渡しても宝箱のようなわかりやすい物はなかった。あるのは木箱と樽と麻袋のようなものぐらいである。まずは麻袋。
中身を覗けば……
「草かよ」
なんかわっさわっさと入っている。
〈たぶんっすけど、薬草じゃないっすか?〉
「なるほど」
まあ持っていた方が良いかもしれない。とりあえず保留。
次の麻袋は……
「木の実か?」
たくさんの茶色っぽい木の実のようなものである。
〈薬草に類するものか、一応食料じゃないっすか?〉
「なるほど」
これも保留。
他にも袋はあるけど、とりあえず保留。
次は樽。水があるか確認しないとな。
蓋を開けると酒精が鼻をついた。
「酒か」
色は透明だが水ではない。あとで盗賊に聞いてみよう。まあなくとも近くの沢まで取りに行くだけだが。
また次の樽、次の樽と開けていく。全部酒だった。しかも全部満杯。
「どんだけ酒が好きなんだよコイツら……」
水も用意しとけよ。脱水症状になっちゃうらしいぞ?
〈盗賊っていったら酒っすからね〉
現代人のお前が盗賊のなにを知っていると言うのか。
次は木箱である。
「干し肉ってやつか?」
〈みたいっすね〉
干涸らびた、というよりは乾ききった肉が所狭しと入っている。
他の木箱を開けてみる。ちゃんと野菜なんかも入ってた。意外である。といってもキャベツっぽい、っていうかキャベツだな。キャベツだけが木箱の中にぎっしり詰まっていた。
他にも銃の弾や予備だろう拳銃、シミター、薪のような物もあった。
「次は何っかな~っと」
未だに金銀宝石などが出てこない。早く出てきて安心させて欲しいものである。
古の魔法使いも言ってた。盗賊退治の九割は財宝目当てだと。後の一割は情報らしい。
木箱の蓋を開けて中を覗く。そしてすぐに蓋をそっと閉じた。
一度、面を上げて遠くに焦点を置き一つ息を吐いた。気分を落ち着かせるためである。 人間というものは不思議なもので、疲れているときは視界に入った物を見間違えたりして幻覚を覚えてしまう。
よし落ち着いたな。
蓋を開けた。
うん、見間違いじゃない。
〈子どもっすね〉
なかには金貨ならぬ金髪の少女が入っていた。裸ではないので確かではないが、少年ではないようだ。白人だからなのか、見慣れていないからなのか、すっごい美少女に見える。薄汚れてるけど。
どうやら眠っている。その身体には首輪と腕輪がついており、これまた汚れた白いワンピースを着ている。少女が炭鉱で働いた後の感じと言えばしっくりくるだろうか。でも足枷はないんだな
そして側頭部の一部に視線が釘付けになる。
「耳が、とんがってるな」
しかも長い。
〈エルフっすね〉
「エルフ、ね」
いや、俺も知ってるよ。ファンタジー種族の代名詞とも言える者である。ファンタジーをある程度かじっていれば知らない人の方が珍しいと思う。
だが俺も日本文化を嗜んでいた者だ。疑問がでる。
「ゴブリンも耳が尖っているんじゃなかったか?」
っていうか今更な疑問だが、エルフとゴブリンの違いって何? 肌が緑っぽいとかそんな感じ?
〈いやいや、こんな可愛いんだからエルフっすよ!〉
……世界は偏見に満ちているのかもしれない。鑑定しておくか? いや、後でいいか。わざわざトシに動いてもらわなければいけないというのは、軽くではあるが心にブレーキがかかるようだ。異世界に来て初めて知ったぜ。
その肌は薄汚れてるくせに白いってはっきりわかる。ランタンの光に照らされた金色の髪が煌めいている。まつげ長い。唇がピンクにテカっている。簡単にまとめると人間離れしているように感じて幻想的。妖精のようだっていう文句を聞いたことが有るけど、そんな感じである。現実に見ると、こう、なんていうか、胸に来るものがあるな。
じっと見ているがすやすやと眠っている。問題はその肌にさまざまな傷跡があることだろうか。
そんな俺に向かってトシが言い放った。
〈とりあえず斬るっすか? 柔らかそうっす〉
「……なるほど」
俺は大剣を構えて地面に打ち付け壁に打ち付けた。
〈いたっ! いたっ! ちょっ! いたいっ! すって! ばっ!?〉
こいつは本当に現代日本人だったのだろうか? 猟奇的すぎる。
寝ている子どもを斬るってどういった発想なの? ねえバカなの? 狂ってるの?
〈冗談! 冗談っすよ!〉
その言葉にとりあえず打ち付けるのをやめて、ため息をついた。
〈まあ斬りたいのは本当っすけどね〉
「ふんっ!」
光源の範囲で一番遠いところにトシを投擲した。壁に突き刺さった。
見知らぬ土地であると言うことも手伝ってできれば手元に置いておきたかったが、我慢ならん。空気読め空気。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
今は子どもの俺のがお嬢ちゃんというのもおかしな話か? まあ適当な呼び方もぱっと思いつかないしいいだろう。
しかし、呼んでみても起きる様子がないな。
「おーい、お嬢ちゃーん、朝ですよー」
無反応。仕方ないと考えてその肩を人差し指で軽く突っつく。
……人生で初である。眠っている女性に触るのは。なんていうか相手が子どもなのに凄い緊張。……ああ、俺も子どもか。見た目的にはそこまで犯罪臭がしない予感。
「もしもーし」
そのとき背後で身じろぎする気配を感じた。
どうやら盗賊の方がお目覚めのようである。
木箱にしまっておいたシミターを一本取り出す。そして目が覚めたものの身じろぎしかできない変な耳の盗賊の首元にそっと置く。
「おはようございます」
その身体がびくりと固まる。
「質問です。まだ僕に逆らう気力がありますか?」
「…………」
フサフサお耳の男は応えない。まあ猿ぐつわをしているから喋ることはできないだろう。でも頷くことや首を振ることぐらいはできるはず。
「そうですか。残念です」
手に力を入れてゆっくりとシミターを動かしていく。それにつられ首には斬り傷、赤い血が流れ出す。
男がいまどんな顔をしているか俺にはわからない。壁を向いちゃってるからな。泣きそうになっているかもしれないし、もしかしたら午後の紅茶タイムのようにほほえんでいるかもしれない。
それに戸惑うことは相手にも失礼だと思う。
「んーッ!」
男が一つうなった。
……この男はなんて言ったんだろうか。
気にせずシミターを動かしていくことにした。
「――ッ?! んんーッ!? んんーッ!?」
なんか激しくなった。少しずつ斬っていく予定が危うく一気にやってしまいそうになってしまう。
「なんですか? 急に動かれると一息に頸動脈を切ってしまいそうになるんですが。こういうのはじわじわとやるものでしょ?」
様式美というヤツだ。映画でもよくやってた。
「んんーッ!!」
なんて言っているかわからない。
「もしかして一息に斬って欲しいんですか?」
「んんーッ!? んんーッ!?」
激しく首を横に振り出した。どうやら違うらしい。
「唸るだけではあなたがなんと言っているかわかりません。故に今から猿ぐつわを外しますが、妙な事をしたら……えーっと、どうしましょうか? ……拷問でもされてみますか?」
そう言いながら爪と指の間に剣の刃を差し込み軽く引いた。すぅーと血が流れ始める。 ……意外と切れ味いいな、このシミター。しっかり手入れされているのかもしれない。盗賊のくせに。
「んんーッ!? んんーッ!?」
何度もうなずき始めた。……あれ? 予想と違う。
「拷問が好きなんですか?」
「んんんーッ! んんんんーッ!」
かなり激しく首を横に振り始めた。
……だめだ。なんていうかコミュニケーションって難しい。やっぱ言葉って大事だなって思う。
猿ぐつわをはずすってことは呪文を唱えられるってことだろうし、さすがに誰でも使えるとは思いたくないが、魔法を使ってくる可能性は上がるだろう。
でも魔法にどんな種類があるかっていうのも興味あるし、そうなったときはそうなったときでってことで。
詠唱されたら丸暗記してやる。俺にだってまだ可能性はあるはずだ。無詠唱だったらあきらめよう。
一息に猿ぐつわをはずした。
「ぷはっ! てめぇ何しやがるッ! 俺はケニス――」
再びその首にシミターを押し当てる。
「質問はこちらからします。こちらの気分がよくなったらそちらの質問にも答えましょう。あまりうるさくしたら剥ぎ落としていきます」
そう言って後ろ手になっている手のつま先を軽く二三度摘まんでやった。
まあ実際はやらないけどね、グロいだろうし。見てるこっちが痛くなるわ。
だが目の前の男には効果があったようで、静かになった。とりあえず背後に向けて魔法攻撃をしてくるってことはなさそうだ。今のところはだけど。
「と言っても実は聞きたいこともあまりないんですよね」
男の身体がびくりとした。
「じゃあこんな質問はどうでしょう……。生きたいですか? それとも死にたいですか?」
さっきも虐められるのが好きなのか、拷問されたいって応えたし。こういう基本的な質問も大事だよね。
「…………い、生きたい」
ふむふむなるほど、生きていたいと。
「右手と左手、大事なのはどちらですか?」
「み、右手だ」
「もしかして利き腕とか?」
「そうだ」
「剥がされるのと落とされるの、どちらがお好みですか?」
男が息をのんだ。ゴクリって聞こえたよゴクリって。あー、水飲みてー。ちなみに酒はいらん。
「い、嫌だ!」
「質問にはきっちり応えてください。僕はあなたのことが知りたいんです」
そう言いながら首筋に刃を再び這わせる。だって他に気になることって言ったら……エルフの子どものことは聞いといた方が良いか。あとできっちり聞いておこう。あ、魔法のこととか知ってたら聞いてみたいっていうのもあるな。けど、俺の知らない魔法的何かで出し抜かれたらやだな。それとアレは絶対に聞いとかないとな。そういう約束のはずだ。
「ひ、ぃッ」
一応怯えてはくれているのか。拷問は好きでも殺されるのは嫌いってことだろうか? たしかに死んだら終わりだもんな。
「は、はっ、剥がされる方が良い!」
……やけに元気に答えたな。そんなに好きなのか、痛めつけられるのが。トシと一緒のマゾか。異世界やばい。剥がすなら自分で剥がしてくれ。できれば俺はやりたくない。
「これは興味本位から聞きますが、もしかして剥がされた後に落とされるのも好きだったりしますか?」
「――ッ」
また身体が震えた。もしかして図星だろうか? ……こいつもまた業が深い。
「なんでも言う! ゆ、許してくれ。もう、もう許してくれ。お、俺が悪かった。もうあきらめる! だからどうか……」
……なんか鬼気迫るように懇願された。たいして痛めつけてもいないのに。ああ、金的は痛かっただろうけど。
…………俺にはそういった趣味は全くないからわからないが、そういうプレイだろうか? のった方がいいのだろうか? ここでのらなかったら空気の読めない奴とか思われてしまうのだろうか?
んー、でもこいつら俺を殺そうとしたのは事実だしな。あまり楽しませてやるのも癪である。
「とりあえず、あそこの子どもについて教えてください。木箱に眠らされている子どもです」
「……あんた商人にやとわれた兵隊じゃねーのか? な、何者なんだ?」
そんなこと言われても意味がわからん。シミターの刃で首を軽くトントンする。
「――ッ!? あ、あれはエルフのメスだ! 売れば高値になる! だから攫ってきた!」
攫って来ただと? あんな小さい子どもを? まだまだ両親に甘えたい盛りだろう?
「……それはつまり、両親家族から引き離し、あまつさえ奴隷のような首枷をしたということでしょうか?」
「あっ、うっ、ぅぅ……」
男の肌から汗が伝っているのがわかった。暑いのかとも思ったが、いつのまにか首に当てていた刃に力が入っていた。シミターとか慣れてないからな。危ない危ない。冷静にならないと。どうやら冷や汗のようだ。
首に当てていた刃を当たらない位置まで離す。
「ち、違うんだ! あのエルフは商人から攫ってきた! ついてる枷はもともとだ……っ、ですっ!」
「なるほど」
この場合の判定はどうなるんだろう。良いことをしたとは思えない。だが経済にダメージを与えたということを考えれば罪深いが、正直な話し、現段階では異世界の経済などほとんどどうでもいい。
「ということはあのエルフを手に入れるために使用した経費はなし。つまり無料で手に入れたというわけですよね? こちらに譲り頂いても?」
「…………」
だんまりである。嫌なら嫌で答えて欲しいものである。
あれか? 答える前にご褒美が欲しいのか? あんまりやりたくないが試してみるか。
指の一つを握って本来は曲がってはいけない方に曲げていく。あ、身体能力向上の効果が切れてるな。結構重い。意識を集中してみればシミターも重い。まあいっか。
「申し訳ありませんが力が余って勢いよくいくかもしれません。そのときはご容赦を」
「――た、タダじゃない! 仲間が五人死んだ! ヤツラの護衛にやられたんだ! ほぼ確実にこの中に顔が割れてる奴もいる! 準備に金もかかってる! もう俺たちに残ってる金もない! 本当だ! あ、あのエルフを取られたら、お、お、俺たちゃ、もう……ぅぅ」
身体が震えている。こいつもしかして泣いてるのか? 拷問されるのが好きでも仲間の死は悼んでるとか?
……自業自得とも言えるが、今回はファインプレーとも言えるのかもしれない。この異世界でのエルフの立ち位置とかわからないけど、エルフっていったら高確率で自然を愛してるとか世界の味方的な種族だろ? 助けておいてもいいんじゃないかな。
極悪種族だったら予定変更で。こいつらに罪をなすりつけられるように立ち回らないとな。
「……実は今、仲間を欲しています」
男が緩く頷いた。うなだれているのかもしれない。
「ですが、あなたたちが僕と仲間になることはあり得ません。子どもを売って金銭を得ようとする方たちですから」
「…………」
「しかしです、道具程度にならなるかもしれない。言うなれば僕の手足未満です」
反応がないな。そりゃそうか、どこの馬の骨ともわからない奴に従えるやつは、よっぽど自分という個を捨ててるか、己に自信があるかだ。
「……仇を討ちたくないですか? もちろんあなた達の仲間だった方のです」
「――っ!?」
「先ほども言いましたが子どもを売って金銭を得ようなどと……少々腹が立つことです。あなたの話が本当であるなら、その商人もまた子どもを売るために、あの子を所有していたのでしょう?」
「そ、そうだ!」
「でしたら、その商人もまた、僕の世界を汚す者ですね」
男は微動だにせず黙っている。
「手伝って頂けませんか? 僕の道具として、役に立つ物として」
「…………」
返事がない。ご褒美の前払いが欲しいのだろうか? だけどあんまり痛めつけて使い物にならなくなったらマズイ。
「いかがですか? もし僕の物になっていただけるなら……」
そう言いながら指を強く握りしめる。ご褒美ご褒美。
「終わったら、つ、使い捨てるつもりなんだろう? 俺たちをゴミクズのように! 浮浪者を始末するみたいに! もともと何もなかったと言いはばかりながら!」
今までの一番の声量である。なにかトラウマでもあるんだろうか? 鼻息がフンスフンスである。
「あなたが道具をどう扱っているのかは知りませんが、僕は壊れてもいない道具を捨てたりしませんよ。使い終わった道具は仕舞うか、売るか、もしくは元有った場所に戻すかです」
その言葉を聞いた男は鼻息フンスをさせながらもしばらく黙っていた。
「わ、わかった。アンタに従おう。その代わり商人どもをどうにかしたら、俺たちを解放してくれ!」
……ん。案外、簡単に折れたな。前世でメディアや教材などから見聞きかじった感じからすると、もっと苦労するイメージがあったけど、実際にはこんなものなのだろうか? 異世界とはいえ現実。コミュニケーションの行方を想像するのは難しいものだ。。
まあこれからだ、これから。こっちの社会にもだんだん慣れていこう。……前世で慣れていたわけじゃないけど。
「良いでしょう。契約は守ります。その代わり勝手な真似はやめてください。道具が勝手に動くことほど困ることはありませんから」
「あ、ああ、わかった」
よし、道先案内人を入手だ。頑張って異世界を生き抜くぞ。