005 人権がなければ殴ってもいいらしい
変わった人だ。それはオークでなくともそう思う。俺が逆の立場なら迷い無くオークを殺していただろう。ゲームにおいてオークが人外であり敵ということもあるが、経験値的な意味合いもある。
誰だって自分が強くなるなら敵を殺すことに躊躇なんてしないだろ。もちろんゲームだからってこともあるが。
この見た目は子ども、中身が30歳のおっさんは童貞らしい。
童貞が嫌ならプロのお姉さんにでもお金を払えば良いと思うのだが、そういったことはしていないようだ。それでなくても合コンにでも普段から参加し、適度に媚びを売っていれば、そのうち相手をしてくれる人だって見つかるはずだ。愛があるかは知らないが。
まあソレは置いておく。
この異世界はやはりゲームに似ている。現実だというミコトの言うことも理解出来るがそれでも現実離れしているのは間違いない。
その最たる例はこの身が剣だと言うことだ。すっごいファンタジーだ。否応なくファンタジーだ。
たしかに俺は、己の得物が小さいことから、『我に聖剣を!』とエクスカリバー的な物を神に望んだ。だからって体を剣にしてくれとは頼んでいない。
神に望んだ物と言えばミコトもおかしい。
こちらに転生したと言うことは神に会ったはずだ。なのにチート的な物はなにももらっていないらしい。
ただその動きは子ども離れ、いや、前世の常識を考えれば人間離れしていると言っても過言ではない。
若返りしかもらえなかったと言っていたが、個人によってもらえるものや量が変わるのだろうか。……何故? 生前の行い? 時期? 偶然? わからない。
鑑定のステータス表示にスキルが表示されないのも痛い。自分の所持スキルは別枠の自己調査のようなものでわかるが、それだとスキルのレベルがわからないからだ。
俺の鑑定の熟練度もおそらく低いのだろう。対象を調査したときに見える物は種族、レベル、体力、魔力、存在力という奴だけだ。筋力やSTRといったものがわからない。名前もだ。
さらに何に対しても鑑定が発動できるわけでもない。あの大きなヘビはできなかった。そのあたりに生えている植物もできない。そしてあの異形の怪物にもできなかった。そしてなによりもミコトにできないことだ。謎である。
鑑定っていったらチートなのに制限掛かりまくりの凡庸スキルと化している。
さて、今からミコトが盗賊の塒にカチコミを仕掛けるようだ。
一応、俺だって現実……命を失ったら終わりということは理解している。だからこそ時間がかかろうが魔力が完全回復した後に先制で洞穴の中にフレイムスプラッシュをぶちまけまくる。財産的なものも失う可能性は高いが、自分の命の方が大切だからだ。
だというのにミコトは身体能力向上を頼りに物理で殴りにいくようだ。俺だったらやりたくない。
まあでもマイオーナーがそう言ってるんだから持ち物である俺はそれに従うだけではあるが。
さらに呆れたことに奇襲攻撃をしかけるどころか、正面から歩いて行くようだ。何を考えているのかね。
「どうも、こんにちは」
しかも挨拶から入ってる。あれか? 日本人的な平和主義がでちゃった感じか?
魔族、魔物が跋扈するこの世界、命の値段は安そうに思える。そんな場所でそれはあまり良い選択には思えない。
案の定、盗賊らしき門番は警戒したのかシャムシールなどよりも広幅な三日月刀らしきものに手をかける。
まあぶっちゃけ、幼い子どもが上半身裸で3メートルの大剣を携えていたら、それだけで武器を構える案件だしな。普通にびびる。
種族がフーラーとなっているが、要するに人間のことだろうか? レベルは15。体力が94。魔力が13。存在力という奴が384。存在力ってなんだろうな。ステータス番付ぶっちぎりトップの巨大オークは10000を超えていたが。フーラーは体力がオークと比べそこそこ劣ってる感じ。
「ガキがなんだこんなところへ」
もうあたりは薄暗い。こんなところで子どもがいるなんて普通はありえない。
「実はこのあたりの土地勘がなく、道がわからなくなってしまい、できればお話を伺いたく思いまして」
「…………」
盗賊Aはこちらを睨めるように覗ってくる。あ、こいつ今、俺のこと見たね! 絶対見たね! 俺にはわかる。俺に興味津々だわ! まあ俺ちゃんってものすごい剣だからね!
「今俺は機嫌が悪いんだ。さっさと失せろ。切り刻みたくなる。……だが、その前に背中にある馬鹿でかい物を見せろ。ハリボテか?」
――憤慨した。
この身がハリボテだと? テメーは俺を怒らせた。だが、現況では勝手をするわけにはいかないだろう。できる男として上司の判断を仰ぐ。
〈ミコトさん、攻撃許可を。こいつ殺します〉
するとミコトは剣の柄を指で二回タップしてきた。事前に承諾と拒否の合図などをいくつか決めておいたのだが、残念ながら否定の合図だ。
「見せるのは構いません。ですが大事な物ですので触るのはご勘弁ください」
うっひょー、ミコトさんが俺のこと大事だって。少しだけ評価アップだわ。
まっ、元日本人同士仲良くしようや。ってミコトは若返りしただけなら、今も日本人なのか?
そんなミコトの言葉を聞いた盗賊Aは機嫌が悪くなったようだ。明確にシミターの切っ先をこちらに向けてきた。
「ガキ、いーから俺が見せろって言ったら見せろ。痛い目どころじゃすまねえぞ?」
沸点低すぎ。
「いえ、ですから見る分には構いませんよって言ってるじゃないですか。触らないでくださいって言ってるだけで」
すっごい口挟みたいわ。言葉が通じてるようで通じてない。っていうかやっぱりこいつらも日本語なのね。見た目はアジア系外って感じなのに。
〈こいつの言ってる『見せろ』は『寄越せ』ってことかもしれないっすね〉
ミコトってば対人スキル低いな。日本人ならエアを読めエアを。
それともわざと煽っているのか?
剣の柄が一回タップされた。承諾、つまりは理解した、またはわかっているってことだろう。
「舐めた口も大概にしろやっ!」
しかし、あろう事か、盗賊Aは我慢ならなくなったのか襲いかかってきてしまった。
よっしゃ、斬り殺してしまえ! と思うこともつかの間、俺は腰に据えられたまま、そのボジションから動くことはなかった。
そして盗賊Aの手からシミターが小さな金属音とともに大地にこぼれ落ちる。
「先に手を出したのはそっちですからね?」
言い訳するような文句がこの身に届いたと同時、すでに事が終わったのだと認識できた。
……よくわかんなかった。え? 何が起こったの? 目の前で起きたことに驚きと共に疑問が浮かんだ。
盗賊Aは力なく膝をついて大地に倒れ込もうとする。そこでミコトがその身体を支え、ゆっくりと横たえさせた。
……たぶん腹にパンチを入れたんだと思う。盗賊Aってば腹を押さえながら口角に白い泡を乗せてるしな。でもよくわかんなかった。見えた気がするけどいきなりすぎて見てなかった。何を言ってるかわからんね。
「さて脱ぎ脱ぎしましょーね」
ミコトはそう言うとおもむろに気絶した盗賊Aを脱がせ始めた。薄汚れた皮鎧のようなものを外し、布の服のような物をとっぱらい上半身裸にしてしまったのだ。
〈……ミコトさんってそういう趣味があったんすか?〉
だったらどん引きだわ。ショタがオジンを剥くのって異様だわ。誰得だわ。
「どういう趣味だよ」
そのまま俺の刃を上空に向けたまま地面に置くと、その刃で布の服を刻んでいきと包帯のような物にした。
それから盗賊Aの腕を後ろに回して縛り付ける。そこからさらに足を縛りエビぞりにしてしまった。そして余った布きれの中心部ににそのお手々ぐらいの石を包み、端をねじり、石がこぼれないようにすると猿ぐつわっていうかボールギャグの完成である。
あわれ盗賊A。というか手慣れてないか? 鼻が詰まってたら窒息しそうである。
洞窟の中に進むと外よりもなお暗い。が見えないほどではない。
このような場所など現代日本では体験したことがない。少しわくわくしてしまうのは仕方のないことだろう。
そのまま奥へと進んでいくと、そこにはいくつもの光源があるようでひときわ明るく洞窟内を照らしているようだった。
様子を覗ってみれば複数の人影。どいつもこいつもむさ苦しさには定評がありそうな風貌である。
唯一、興味をそそられる点で言えば、人間でない獣人のような出で立ちの者が一人だけ確認できるところか。人外耳である。もしかしたらライカンスロープとかって奴だろうか? 耳がめっちゃふっさりしてでかい。ウェアウルフとも言ったかもしれない。鑑定したいが『対象の鑑定に失敗しました』って表示される。おのれ! ミコトと一緒の反応だ。もしくはあの怪物もそうだったが、何か条件があるのだろうか。知的好奇心が止まらない!
しかし、どいつもこいつも男ばかりである。女っ気ゼロだ。これが異世界転生ものの物語ならそろそろヒロインの一人や二人登場しても良い頃合いのはずだ。
この身が剣となろうと、前世は立派な日本男児である。綺麗な女の子は大好物だった。浮気性というか多情であるのは自身が認めるところ。
体が剣になってしまったためか、対象と合体したいなどという考えはどこかに行ってしまったが、それでも美少女は見ているだけでも楽しめる。
この物語に必要なのは圧倒的、美少女成分。
なんていうか、真っ直ぐな気持ちで言ってしまえば、……早く柔わなお肌を切り裂きたい。
……剣になったせいか性格歪んだなと思う今日この頃。
そんな俺の気持ちを微塵も気づいてないだろうミコトはずんずんと光へと向かって歩を進めて行った。
この身の柄を握っているのはいいのだが、また敵に話しかけるところから始めるのではないのかとは心配なところ。
〈ミコトさん、自分、あんな野蛮そうなやつらの持ち物になんかなりたくないっすからね?〉
柄に対して一回のタップ。信じるぞ? やられんじゃねーぞ?
まあ相手が美少女なら持ち主の交代を前向きに考えてしまうところだが、盗賊らしいおっさんどもとミコトなら断然ミコトである。少年が大人を圧倒するってのも見ていて楽しいからな。
そして光のあまり届いて居ない暗がりで立ち止まると同時にミコトは口を開いた。
「すみませーん、お邪魔してまーす。そちらは盗賊の方とお見受けしますがどうでしょうか?」
……なんとアホ礼儀正しい子どもなのだろうか。
それって悪人に人権はないとか語っていた奴の言葉? ああいや、つまりこいつらに人権があるか確認してるってことか? 30歳童貞の考えることはわからん。
「誰だっ!? そこにいるのは!」
まだ声変わりもしていないような声に過剰に反応したのは獣人以外のヤツラである。
素早くその場から立ち上がると自らの得物をこの暗がりに向かって構えた。
獣人っぽいヤツはこちらをじっと見つめている。
ん~、戦力確認のためにも鑑定したいところだが、どいつもこいつも『対象の鑑定に失敗しました』ってなる。……距離か? 今までで一番遠い距離で成功した鑑定はオークとメリオンだ。おおよそ15メートル。こいつらとは20メートル以上ありそうだ。
「……そこにいちゃ姿が見えねえ。もっとこっちにきてくれねえか?」
明るいところからだと、暗いところって本当に見えない。こちらからは男たちの顔つきまでも判別できるが、あちらからはこちらが全く見えてないのだろう。
「はい、それはいいのですが、つまりそれはあなた方が反社会的な輩だと自らを認めるということですね?」
「…………」
いっこうに暗がりから光源の元へと進もうとしないミコトにしびれを切らしたのか、唯一の獣人が声を上げた。
「おい」
顎をしゃくられた奴は頷くと一人でこちらへと近づいてくる。シミターを構えたままだ。ほう、種族はフーラーでレベルは14。ミコトなら余裕そう。
男は警戒はしているものの、堂々と近寄ってくる。声が年若いせいか御しやすいとでも思っているのかもしれない。
そして男は暗がりに足を踏み入れ目をこらすように立ち止まった。
「――ッ!?」
そして片手で握っていたシミターが蹴り飛ばされたのだろう、弧を描き光源の元へと飛んでいき金属音を立てる。
そして次に響き渡ったのは、丈夫な木の幹でも折れてしまったかのような音。そして、
「あがッ?! ぅあああッ?! ぅがぁぁぁあああああッ!」
足の骨を折られたために発せられた悲鳴である。
これに驚いたのは盗賊たちだ。リーダーと思しき獣人も立ち上がりこちらを凝視した。
「おい!? 大丈夫か!?」
「…………」
盗賊仲間からかけられた言葉に返ってきたのは返事ではなく静寂である。
骨を折られた男のうめき声はミコトの一撃によって止められたのだ。
誰も何もしゃべらない。
「…………」
どれくらいの時間が経ったか。
ミコトは動かない。盗賊たちも動かない。盗賊たちの場所からでは暗闇で何が起こったのかなどわからないのだろう。
ぶっちゃけ俺にもよくわからない。瞬間瞬間の出来事をなぜか見逃してしまう。わかるのは事が終わった結果からだけだ。
「仕方ねぇ、全員アレを構えろ」
静かに獣人がつぶやくようにしゃべった。
そして各々の懐から取り出されたのは拳銃らしきもの。
これにはミコトも少なからず驚いたようだ。しかも全部がリボルバー式に見える、つまりは連射が可能である。場末だろう盗賊団が所持してるなんて誰が思うのか。
ここって中世ヨーロッパ風のファンタジー世界じゃなかったのか。みんな西洋人っぽいんだもの。勘違いする。魔法がある世界で銃社会なんて、あんまり見聞きした覚えがない。
そしてすぐさま命令は下された。
「撃てえッ!」
響き渡る火薬音。それが絶え間なく重なり弾け、周囲の壁からも跳ね返る。己に耳があったら鼓膜が破れんばかりの轟音である。
おそらく全員が撃ち尽くしたのだろう。銃を構えている者もおらず、その場に静寂が訪れた。
「おい」
獣人が再び口を開いた。
再び顎をしゃくると一番こちらに近い男が唾を嚥下し、おそるおそると言った様子で自らのシミターを構え直し暗がりに近づいてくる。その間に獣人はこちらに目配せを行いながらも拳銃に弾を装填しているようだ。
その様子に気づいた他の男たちも慌てて自らの拳銃に弾を込め始めた。――そのときだった。
暗がりからシミターが飛び出す。
「ああッ?!」
それは近づいて来ていた奴の側を通り過ぎ、弾を装填していた一人の男の右腕を切り裂いた。
他の全員がそれに注目するのも致し方ないことだろう。突然のことに全身が硬直したと見るや、ミコトが天井から落下し、流れるように暗がりから飛び出した。
瞬く間に近づいて来ていた男の腹部に大剣の柄で一突き、さらにその腰に携えられたシミターをむしり取りさらに投擲。
投擲されたシミターがさらに他の男の右腕に命中した。それに反応できたのは唯一の獣人。すぐさま拳銃を向け発砲。だがそれを射線を読んだのであろうミコトに躱され、その顔が驚愕に染まった。
「くッ!?」
避けながらもさらに別の盗賊に近づき、慌てるその者の顎を蹴り上げ、またしても獣人の拳銃が火を噴くも即座に身をかがめ避けきってしまい、顎を蹴り上げられた盗賊を盾とし、身を隠した。
さすがに仲間の体を打ち抜くことはためらったのか次は発砲されず、だがその隙にミコトは力の抜けた目の前の体を獣人に向かって体当たりではじき飛ばす。
それを見た獣人も然る者、即座に拳銃を手放し、鞘付きのショートソードを引き抜き正面に構え、向かってきた体を左腕でガードしながら横にはじき飛ばしてミコトに向かって振り降ろそうとした。――が、
「なあッ?!」
俺の切っ先を真後ろまで引き絞るように構えるミコトを視界に納めた獣人は驚愕におののいた。
判断は速い。すぐさま攻撃することを取りやめ、その巨大な鉄の塊を受けきるために剣を両手で頭を守るように構え直した。
「――ぅッ、ぁッ?!」
しかし訪れたのは獣人のうめきである。その両手から剣はこぼれ落ち、代わりにその両手は股間を押さえ込んでそのまま倒れ伏す。……つまりは股間を蹴り上げられたのだ。南無。
「くそがァ!」
やけっぱち具合が見える二人の男もシミター片手にミコトに襲いかかるも、見事に腹パン喰らって撃沈してしまった。
周りを見渡すミコトは気絶ぜずにもがき苦しむ男たちに、剣の切っ先を引きづりながらも近づいていくと、戦慄する様子に慈悲すら見せずにはっ倒してしまった。
「これで終わりだよな?」
それでも警戒を怠っていないように視線を這わせるミコトの言葉だけが辺りに響き渡っていた。