004 オークさん
さすが木肌、よく燃える! 怪物は甲高いキリキリしたような奇声を上げて苦しんでいる。きもいっ! って、ちげぇよ!?
「バカ! 森の中で火なんて使うなよ! 水とか土の魔法を使って鎮火しろ!」
すでに周りの木にも飛び火し始めている。どう考えても危険で危ない。
〈え? ミス。覚えてない。SP増えてる。覚える〉
なんだそのカタコトみたいな日本語は!
〈水砕流!〉
大きな水球が爆ぜたようにあたりに水が降り注ぐ。
すごい。完全に物理法則を無視しているとしか思えない。いまさらか。
――しかも鎮火しきれていない。
〈水砕流!〉
再びの水球だがまだ鎮火できない。アクアスプラッシュ弱いな!
〈水砕流!〉
……なんとか鎮火できたようだな。
「念のためにもういっちょアクアスプラッシュいっとこうか」
〈水砕流!〉
ん、反応がないぞ?
〈魔力が切れちゃったっす〉
てへっ、とでも言いたげな朗らかさだ。
怪物は香ばしい臭いをさせながらもまだ生きてる。
俺は身体を限界まで引き絞り、肥だめに構えてから全力で横薙ぎ。今度ははじかれる事もなく、無事怪物を斬り捨てることに成功した。
「一安心、だな」
怪物が生きてるのに魔力が切れたと思ったときは、まずいかもと思ったが、結果オーライだ。犠牲は森の木々たち。
弱々しくも立ち上がるオークさんとメリオンちゃんに視線を向ける。
オークさんはメリオンちゃんを守るために剣を構えている。メリオンちゃんは震えて縮こまるだけだ。
さてどうしたものか。異種族間コミュニケーションを確立させるか、それとも、いらない白波を立てないように黙って立ち去るか。それとも剣の錆にしてくれるか。いや、むやみに生き物を殺したくないけどな。
えっと、さっきのでかいオークがレベル67で、こいつがレベル18。ちっこいのがレベル5だっけ?。ゲーム的に言えばでかいオークが倒せたんだから、こいつらもいけそうではあるが、レベルが見えるっていったいなんだ。目をこらしても俺には見えない。
「レベルってどうやって見るんだ?」
ここは素直に聞くべきだな。自分の目で見なきゃ信じ切ることはできない。
〈ああ、なるほど。ミコトさんは『鑑定』もってないんすね。たぶん持っていれば調べたいって思うだけで見ることができるはずっすから〉
なんだそのお手軽チート。お前の望みはエクスカリバーだけじゃなかったのかよ。いやそうか、火魔法ももってるのか。……優遇されすぎじゃね? 剣だけど。
「……レベルトハナンダ」
と、そんなことを考えていたらオークが語りかけてきた。
こいつも日本語ができるとは。どっかに日本語学校でもあるのだろうか。
「ああいえ、なんでもないです。こちらの話ですから」
するとオークさんはまた黙ってしまう。剣はまだ構えたままである。
〈こいつらだけだったら倒せそうですし、経験値の肥やしにするっすか?〉
お前は鬼か。せっかく助けたのに、つかの間の希望を与えて断ち切るとかとんだS野郎だよ。……俺もそういう気分の時もあるけどな。
「いや、助ける」
「……見逃シテクレルト言ウコトカ?」
またしてもトシへの発言を拾われてしまったようだ。
「いえ、そうではなくてですね」
あんたに言ったんじゃないという思いから軽く否定したら、剣を持つ手が少し緩んだのに、俺の言葉を聞いて再び強く握りしめられてしまった。
「ああ、いえ、そういうことでなくて、そうじゃないんです」
オークさんがいぶかしげな感じでこちらを覗っている気がする。
うおおおお! めんどくさい!
〈何言ってるんすか、ミコトさん〉
お前に語りかけてるから面倒くさくなってるの! 俺にだけしか聞こえないって言うのも不便だな。
しかし、普通にコミュニケーションがとれている。問答無用でこちらを攻撃してくるような戦闘種族ではないようだ。ケガをして不利だからかもしれないけど。
「そうですね、この辺りで川が流れている場所を知りませんか? または僕と同じ種族っぽい人間の村と言うか集落というか集まりがある場所とかでもかまいません。それを教えて頂けましたら解放します」
「本当カ?」
本当ですとも。というかこの反応は知っていると言うことか。ラッキー。人助けはしておくものだな。
「もちろんです。僕は嘘もつきますし、他人を騙しもしますが、今言っていることは本当です」
「騙ス気、ナノカ?」
「いえ騙しませんよ」
〈誰だってそんなこと言われたら疑いますって……〉
そういうものだろうか。俺としては誠実さを出したつもりだったのだが。
するとオークさんはボロボロの体を引きづりながら背を見せて歩き出す。オークちゃんはそれをけなげに支えながらこちらをチラチラと見てくる。
「少し待ってもらっていいですか?」
俺は自分が来ていた麻っぽい服を脱ぐとトシで切り刻んで布きれをいくつか造る。
そしてオークさんに近づくとその体を支えているメリオンちゃんがびくりと震えた。
「コチラノ女ニ、手ハ出サナイデクレ」
女だったのか。っていうか男と女の区別がつかない。オークもメリオンとやらもこの世界で初めて見た種族だしな。
上半身裸の男が近づいて来て襲われると思ったのかな? 安心してくれ。そちらの女性はタイプじゃないんだ。俺の童貞をもし捨てることがあるのなら、それは人間だ。猿系進化型のホモサピエンスだ。そうじゃないのは勘弁して欲しい。
まあもしも、俺好みの女性だったら、今回のことをさりげなく恩に着せ、人という生き物にとっては何よりも重い対価の一つである命を救ったのだから、何もせずともあっちが勝手に惚れて、これがまた気立ての良いめっちゃいい女で着ているローブの下もめっちゃいい女で実は両家のお嬢さまであなたは働かなくても良いからとか言っちゃうくらい好意をよせられダサイぐらいの俺なのに最高に格好いいとか褒めてくれちゃったりしてお家に呼ばれして歓迎されちゃって私の部屋にきてくださいと言われちゃってそして…………ちょっとだけ妄想がほとばしっていたな。
「出しませんよ。アナタの手当をします。じっとしていてくれますか? 痛みがあるでしょう?」
まあ手当てと言ったって止血と固定しかできないけどな。
それとなくトシに小声で尋ねる。
「トシ、回復魔法はできないのか?」
〈ポイント高すぎっすね。今は手が出せないっす〉
おそらくスキル習得にはポイントが欲しくて、それが今は少ないんだろう。まあ、あわよくばってだけだ。素直にあきらめる。
まずどう見てもやばい左腕と左脇腹を布で覆う。左腕はさらに添え木付きで固定。傷口を洗ってやりたいが、あいにく水はない。軽くひねってそうな右足も添え木。あとは森の木々で引っかけそうなところを布で覆っていく。
まあこんなもんでしょ。
「……人間タチハ我ラヲ恐ガリ、怯エル」
そうぽつりとオークさんがつぶやいた。
「あなた達も人間でしょう?」
あ、今のはわかった。俺の言葉にオークさんは面食らった感じの表情をしたのだ。
「チガウ。我ハオーク。魔族ダ」
ふむ。オークは魔族なのか。でも言葉でコミュニケーションがとれるなら社会を共に生きられるってことだろうし、人間とも言えると思うんだが。
もしかして、脆弱な人間と一緒にするな! とか、そういった感情からだろうか。それとも食料リストに人間の項目がデフォルトであったりとか?
やられる気も食われる気もないから今はどうでもいいけど。
〈オークは魔族、どこの異世界でも常識っすよ。これ豆知識っす。メリオンって種族は初見っすけどね〉
常識とか、お前はどれだけの異世界を知ってるんだよ。まあゲームや漫画の知識がこいつに及ばないのは理解出来ているが。
ABCで知識ランク判定したらおそらく俺はCだろう。
「別に人間ということを押しつけたいわけではないんです。気にしないでいただけると。……どうです? これで少しは動きやすくなったでしょ?」
オークさんは体を軽く動かすと、それからじっとこちらを見つめてくる。
……あれだな、自分よりでかい獣っぽい顔にじっと見つめられると、食べてしまおうかと悩んでるんじゃないかって疑いたくなってくるな。
「変ワッタ人間ダ」
そういうとオークさんはメリオンちゃんに支えられながらゆっくりと歩き出した。
自分が変わっている人間だと言うことは転生する前から理解している。
だって友達なんて一人もいなかったもの。お店にいくこともなく30歳まで童貞貫きましたもの。中二病を誰はばかることもなくさらけ出す親父がいて恥ずかしかったもの。
特に三つ目な、他人の前でやられるとマジで顔面が煮えたぎる。そのおかげで無の境地にいたる精神も手に入れることができたが。
しばらく、と言ってもほんの二三十分くらいだろう。山の麓まで到着。
遠くには切り立った崖が見える。
「アノ崖ノ方ヘ真ッ直グ進ンダトコロニ人ガイル。山裾ヲ向コウヘ歩イテ行ケバ沢モアル」
円らなお目々でこちらをじっと見ている。できれば人がいることも確認してから解放したかったが、まあいいか。ケガもやばそうだし、なるべく早く休んでもらわないとな。
「わかりました。それでは契約終了ですね。どうぞ」
手のひらを見せ、道を譲る仕草をすればゆっくりとオークは来た道に歩みを進める。
「そうでした。持って行けるならなんですが、これを差し上げます」
俺は回収しておいた1.5メートルの大剣をオークに見せる。
少なくともオークさんが腰に提げているボロボロの剣よりはマシなはずだ。問題は怪我をしている体には重そうなこと。
だがオークは震えながらに大剣に手を伸ばし、それを受け取る。
「……コレハ?」
「拾ったんです」
嘘じゃない。俺が放り投げたり、怪物退治の前に地面に置いたのを拾い上げたんだからな。
「コレハ、見事ナ剣ダ」
けっこうすごい物らしい。俺から見れば無骨な物にしか見えないが。まあ肉を切り刻むぐらいの鋭さはある。
「イイノカ?」
「僕にはこの剣がありますので」
腰に提げている3メートルの大剣byトシを左手で軽く揺すってみせた。
「ナラバ、モラッテオク」
最後には心を少しは許してくれたのかメリオンちゃんが「バイバイ」なんていいながら手を振ってくれたから、俺もバイバイしておいた。なかなか可愛いじゃん。
その姿が見えなくなるまで見送ると、俺は山崖の方へ向き直った。
「んじゃ行くか」
〈イエス、マイ、ロード〉
俺は貴族かなんかなのか?
それから木々の間から崖の麓が見えるところまでやってきた。
そこには洞窟のような入り口があり、すでに薄暗くもあるせいか、かがり火がたかれ、門番らしき人間も立っていた。
「これってアレじゃないか?」
〈そっすね、アレっすね〉
どう見ても盗賊の塒です。本当にありがとうございます。なるほど、たしかに俺と同じ種族っぽい人間たちの集まりである。
だが、こいつらだったらあのオークの方がまだ話が通じる気がするぞ。あいつらが本当に盗賊だったら「ヒャッハー! カモがネギしょってきやがった!」とか言って襲ってきそうだもんな。
「ちなみに聞くが、トシが使える魔法って、あのフレイムとアクア意外に何があんの?」
〈身体能力向上付加とかが魔法かどうかは置いておくとして、それだけっすね。もっと神さまにお願いしておけば良かったって思う今日このごろっす〉
「魔力は回復したか?」
〈いやー、どうも自然治癒はゆっくりみたいで、まだ一発ぐらいしか唱えられそうもないっす〉
まあ使えないよりはいいけど。
でも、そう言えば魔力を吸収出来るみたいなこと言ってたような。
「俺から魔力を吸収出来ないのか?」
〈できないことはないんすが……〉
歯切れが悪いな。どうしたんだ。
〈ミコトさんを対象に鑑定ができないんすよね。どうしてっす? 何かスキル使ってるんすか?〉
「……は? いや知らねーよ。俺が聞きたいわ」
〈ん~、やってみてもいいんすけど、現在の魔力がわからないっすから0にする可能性があるかもっていうか……〉
「0になるとどうなるんだ」
〈わかりません。ゲームによっては死ぬ場合も〉
こわっ。
「やめておこう」
〈そっすね〉
さて……どうしようか……。
「……そう、魔法なんてなかったんだ。剣だけあれば十分」
俺は考えることをやめた。
〈……うっす。そっすね。魔力が無くても物理で殴ればいいんすよ!〉
「その通りだ」
俺は盗賊の塒と思わしき場所を見つめながら口を開く。
「盗賊は悪人だ。そしてこういうとき古の魔法使いは良いことを言っていたな」
〈……どういうことをっすか?〉
剣帯の留め具を外し、その柄を強く握りしめる。
「悪人に人権はない」
さあ、どうなるかな。
剣は構えず、抜剣しやすくなるよう剣帯に引っかけるだけにとどめ、警戒を強めながら歩みを進めていった。