002 大剣だと思ったら日本人でした
俺は今、いろいろとショックを受けている。
イノシシが二足歩行していた。蹄だったらすごい歩きにくそうだ。
イノシシ人間の体毛はお顔はびっしり体毛、他はつるりんぱ。そして肌が青黒い。
イノシシ人間が言葉をしゃべった。なんでその口の形で人の言葉をしゃべられるの?
イノシシ人間の血が赤かった。どう考えても赤そうには見えない。
イノシシ人間が死んでしまった。いや、本当は寸止めしようとしたのに、いきなり力が抜けて勢い余ったせいで投げ飛ばしてしまった。まあ相手もこっちを敵として認識して殺そうとしてきたから、イーブンって事で一つよろしく。
そして最後に抜き放たれた大剣が、イノシシ人間の血を浴びたのに、今は磨かれたように綺麗になってしまっているのだ。
俺は見ていた。まるでスポンジの上にこぼれた水が吸い取られていくように血が消えていくのを。
「これって聖剣じゃなくて、間違いなく魔剣のたぐいだよな……」
引き抜いていたら勇者や英雄ではなく、魔王になっていたかもしれない。
〈今宵の虎鉄は血に飢えている……〉
「……あ?」
どこからともなく声が聞こえてきた。
〈ああ、血がこんなにうまいなんて、知らんかった〉
これ、さっき感じた違和感の奴だな。脳に直接響いてきているような……。
〈そうか、俺、生まれ変わったんだな〉
生まれ変わった?
〈本当の俺デビュー〉
……幻聴じゃない。
頭がおかしくなったんじゃないかと愕然としながらも気力を保つ。
「もし」
俺はとにかくと呼びかけた。怪しいのはどうみてもこの大剣だ。大剣に話しかける俺も傍から見れば怪しさ満点かもしれない。
〈なんだ、マイオーナー〉
オーナーって俺はいつからお前の持ち主になった。不気味なことを言わないでほしい。
「アナタは剣なのですか?」
大剣はただの鉄塊のごとく、地面に横たわっている。
〈そうみたいだな。俺もビックリだ〉
「日本人、ですか?」
〈は?〉
剣は驚いたようで黙り込んでしまった。
「生まれ変わったと言っていたので」
生まれ変わりは主に仏教系とかヒンドゥー教系圏内だったかな?
〈う、生まれ変わりは日本人の専売特許じゃないですしおすし〉
その声は震えていた。
「日本語、しゃべってますよね?」
〈日本語なんて人間、誰でも習えばしゃべれマッカーサー〉
まあイノシシ人間もしゃべってたしな。でもしゃべっている内容がどう考えても日本人だと思えるんだが……、本人は否定している。
「じゃあ日本人じゃないんですね?」
〈ハーハッハッハ! 誰が日本人じゃないなんて言った? 俺は生粋の日本人だ! だまされるなんてまだまだ青いなボウズ!〉
……ふむ?
俺は人見知りが発動してしまったので、きびすを返してその場から立ち去った。
〈うおーい! ちょっと待てやがきんちょ! 俺を置いていくな! な! いいもんやるから戻ってこい!〉
いいもんってなんだよと、あきれながらに転がる剣に近づくと再び頭に声が響く。
〈さあ俺を持ち上げろ〉
握れと言われて剣全体を視界に納める。でかい。
自分の身長を優に超えているでかさだ。
先ほどは床に突き刺さっていたから持ち上げられなかっただけで、実は軽いとか? まさかのアルミ製だろうか? アルミでも十分重いけど。
イノシシ人間の持っていた剣よりは柄が細く、握りやすそうではある。
言われた通りに持ち上げようとすると、なぜか力がわき上がってくるような気がした。
力を入れると少しの抵抗だけで持ち上がってしまった。
まさか持ち上げられるとは思わなかったのでビックリだよ。
〈身体能力向上の加護だ〉
「加護ですか? なんですそれは」
〈俺さまのありがたーい祝福だよ。ゲームとかやったことないの? 小学生だよな?〉
それはあるが……、いや、加護って何だよ。
「加護の意味はわかるんですが。ですが、持っていると与えられる加護とは? あなたは神かなにかなんですか?」
〈そう、俺は神のごとき存在なのかもしれない。持ち主に力を分け与えることができる〉
「それは便利ですね」
〈…………〉
何か不満そうな雰囲気がひしひしと伝わって来る。
〈なあ、なんでそんなに仏頂面なの? 嬉しくないの? 男の子なら『マジかよ! すげぇ!』って飛び上がって喜ぶところだぞ?〉
俺は剣を握ったまま飛び上がった。
「マジかよ! すげぇ!」
〈…………〉
何か不満そうな雰囲気がひしひしと伝わって来る。
人見知りの俺が恥ずかしさを我慢して、顔に笑顔を貼り付けての演技だったのに……、お気に召さなかったようだ。
〈お前、本当に子ども? 日本人っぽい顔してるからそう思ったけど……日本を知ってるってことは転生者だよな?〉
「そうですよ。転生といえるのか僕には判断できませんが、一度死んでいます。死ぬ前は30歳の大人でした」
〈年上かよ! まじかよ! なんだよ! あ、俺の名前はサトウ・トシオ、20歳だ! アンタの名前は?〉
本当に日本人なのか。剣に人間の名前がついているって不気味だな。ああ、でも日本刀とかには刀匠の名前が彫ってあったりするんだったか。
「クマシロ・ミコトです」
〈ミコトっていうのか! よろしくなミコト!〉
いきなり呼び捨てはいかがなものか? 一回りも年が違うのに。そういえば前世のアルバイトでもいたなそういう奴。
まあ今は子どもの体だからしょうがないと言えばしょうがないが。
「サトウさん、こちらこそよろしくお願いします。それでは私はこれで失礼しますね」
俺は剣をイノシシ人間の死体に添えてお辞儀を一つ、きびすを返すことにした。
〈はっ?! 待てってボウズ! ……じゃないミコト! なんで俺を置いていこうとするの?! バカなのー?! 死ぬのー?!〉
俺は振り返った。嫌そうな顔なんてしない。だからといって喜色も浮かべないが。
「いえ、でも、私たちは初対面ですし、互いに用事があるわけでもない。正直、油を売っている余裕があるわけでもなさそうですしね」
大きな死体を見る。こんなのに次々と襲われたらまずい。その前に何か対策を講じておく必要があるだろう。
あ、日本人としては死んだら仏って言葉もあるし、このオークも埋葬してあげた方がいいのだろうか? でも仏教とか入ってなさそうだし、とりあえず土中に埋めておけばいいか?
〈いやいや待てって! 俺ってば役に立っちゃうよ? すっごいよ? いろいろできちゃうよ?〉
「そうなんですか? なら食料とか分けてもらえますか? 水は井戸があるんでいいんですが、食べるものを確保したいんですよね」
〈え? いや、俺、剣だし、食料は持ってないかなぁ……〉
なにやら落ち込んでしまったようだ。
〈いやいや、ちょっとまて! ほれ! ここにオークの死体があるじゃん! 顔はイノシシ! 後はわかるだろ?〉
え、いや、まったくわからないんだが。
それにオーク? ああ、このイノシシ人間って言われてみればオークの特徴を備えているな。顔が豚系統。……オークの外見的特徴ってそれしか知らない。
〈肉を刻むのには剣が必要だろ? 俺は火の魔法も使える。どうだ? 恐れ入っただろ?〉
まじかよ、こいつまじかよ……。
「……すみません。あなたが同じ日本人だと思った僕が浅はかでした。どうやら日本と言っても違う日本に住んでいるようです」
〈え? なんで? ちゃんとミディアムに焼けるよ? ウェルダンもいけると思うよ? さすがにレアとか生はやめた方が……〉
そんな意外なんだけどって感じで返されても困る。
「日本人は人型を食べるような真似はしません。少なくとも公には。そんな喜々としてカニバリズムを押しつけないでください」
まあソレを言ったら人殺しも良くないんだが、明らかにコイツは殺人鬼だったわけだし、セーフセーフ。
〈カ、カニバ……? え、でも小説とかマンガじゃオークを食べるのは基本だし……〉
「ブタやイノシシの顔をした人型がオークというのは僕もサブカルチャーを通じて知っていますが……、ならサトウさんはサルの顔をした人間を現実に食べる人がいたらどう思いますか?」
〈……気持ち悪いです〉
「それは良かった。まだアナタと僕は手を握り合うことができる。でも現実と仮想の区別はつけるべきです。もう成人しているんでしょう?」
〈……はい、ごめんなさい〉
まあ餓死しそうになったら最悪、サルぐらいは食べるかもしれないが。それは言わないでおく。
しかし、なんか悲哀がただよっているな。
まあ、何か武器があれば便利なのはたしかだし、一人じゃないっていうのは素晴らしいこと、だよな?
「……なら行きましょうか」
〈……え?〉
「驚く事はなにもありませんよ。同じ日本人じゃないですか。助け合って行きましょう」
その大きな柄を握りしめて持ち上げてみる。触った瞬間、俺に触れられるのを嫌がられないかびびりながらだったのは内緒だ。
なんか俺も慣れ慣れしいな。こういうノリは少し恥ずかしいぞ。
〈……ミコトさん〉
なんか脳に響く声が心なしか、しめっぽく感じる。
自分でいうのも何だが、俺は人付き合いが得意ではない。場の空気を読むというのが苦手だからだ。
でも今回はうまくいった、そう見てもいいんじゃないかと思う。
〈俺……誤解、してたっす! 見た目も子どもだったし、ミコトさんのことをネクラで、人とのつきあいが少ない、世間を知らない引きこもり系じゃないかって、バカにしてたかもしれません! だからこんな現実か仮想かもわからない場所なら、俺が導いてやらなきゃって!〉
……グサっときたぜ。決して引きこもりをしている人生ではなかったが、極端に人付き合いが少なかったことは認めよう。
それに考えることが意外に良い奴だった。場合によっては押しつけがましいとも言うが。
けど舐められてたからな。舐められるって男にとっては沽券に関わるからな……。
「いいんですよ。心はおじさんですが、態は子どもですから。ともにこの異世界を生き抜きましょう」
〈ありがとうございます! 一生付いて行きます!〉
良き哉良き哉。
しかし、異様だな。身長120センチが3メートルにも及ぶ大剣を持っているのは。
ちょっとオークくんから剣帯を拝借。都合の良いことにサイズの調整できるらしい。できなかったら少し面倒だった。
剣帯を自分と大剣サイズに合わせると、本来なら腰に巻くのであろうソレを体にたすき掛けして背負う。剣帯に大剣をセットする。
異様なのは変わらないがこれの方が動きやすい。剣先引きずってるけど。柄を握りしめれば梃子っぽく浮かせることもできるし、まあ大丈夫だろう。
投げ捨ててしまったオークの大剣も何かに使えると思い、剣帯に一緒に収納。一本ずつ装備してこれぞ二天一流! ……ないな。でかすぎる。
その後、オークを遺跡の外まで引きずっていると、途中からどんどんと力が抜けてきた。
「ハ~、疲れてきたのか体が重い……」
もともと引きずるのが大変だったら道具を使うつもりだったのだが、意外と引きずれた。だがだんだんと力が抜けているような……。3メートルの大剣の重さもかなり足腰に負担を強いるな。
〈たぶん、能力が抜けてきてるんすよ! 俺の柄を握ってみてください〉
言われて剣の柄を左手で握ると体が軽くなる。
「これは?」
〈身体能力向上のスキルっす! 装備者に力を与えるようっすね!〉
なんだその不思議能力。ゲームか? ゲームなのか?
「握ってないと駄目なんですか?」
〈どうもそうみたいっすねぇ。逆に力を吸い取ることもできるみたいっすけど、そうすると魔力を剣にためることができるみたいっす〉
遺跡のそばにたどり着くとオークを横たえたまま話しかける。
「あなたは剣として以外の使われ方は嫌ですか?」
〈……どういうことっす?〉
「……今からオークのために墓穴を掘ろうと思うんですが、他にうまい具合に使えそうな物がないんです。サトウさんさえ良ければなんですが、あなたで掘らせてもらおうかと」
〈俺なんかにさん付けなんていりませんよ! トシオでいいっす! いや、トシって呼んでください! タメ口調でいいっすよ! むしろそれがいいっす! あっ! 全然構わないっすよ! ミコトさんのやりたいようにやってください!〉
「……じゃあトシ、掘るからな」
他人を呼び捨てにすることに少し恥ずかしさを感じながらも、地面を掘り起こすためにトシを地面に突き立てた。
〈痛いっ!?〉
「…………」
おい。
〈……でもなんか気持ちいい〉
「…………」
こいつはアレか? 変態か?
〈どうしたんすか? 掘らないんすか?〉
「いや掘りますけど……」
突き刺すたびに「痛いっ」と声を上げながら気持ちよさそうにするトシに俺は引き気味だ。
〈あぁんっ!〉
「……なあトシ」
〈なんすか?〉
「突き刺すたびに声を上げるのをやめないか?」
〈了解っす。やかましかったっすかね? 申し訳ないっす。別に本当に痛いわけじゃないっていうか、いや痛く感じるんすけど、こう突き刺すって感じが何か心地よく感じて……、これが男の性ってやつっすかね?〉
しらねーよ。
少々時間をかけ、オークを埋め終わった。
「さて、次は……」
〈ついに旅立ちっすね! やっぱ最初は街を目指せって感じでしょうか? そんで街に着いたら冒険者ギルドっすよね?〉
冒険者ギルドってなんだよ。俺は飯を食いたいんだ。まあ街は目指したいな。食える物があれば良いが。
「ギルドは街についてから考える。まずは食料を探しながら生活力の確保だな」
〈了解っす!〉
そうして周囲を窺うように少しだけ進みながら、トシを剣帯にしまい込んだときに気づいた。
「…………」
〈……どうしたんすか、立ち呆けして〉
トシの言葉に耳を傾けず、周囲に意識を散らす。
……何かいる。
数は……一匹? 少しでか目だろうか。先ほどのオークほどではないようだが。
すばやく開けた場所から離れ、気配とは反対方向の木陰に草葉を揺らさないよう隠れ、そして様子を見る。なにげに大剣が幅を取って邪魔くさい。
トシも雰囲気に当てられたのか黙ったまま推移を見守ってくれる。……さすが日本人。空気を読めるのは良いことだ。
しばらくして姿を現したのは巨大な節足動物のような生き物だった。
〈――ッ?!〉
トシの声をのむような気配が伝わってきた。気持ちはわかる。
まず感じたのはその異様さだ。
全身が油を塗られたかのようにテカりを見せている。ナナフシのような体が木肌の質感で硬質化しているようにも見え、どこにも柔らかそうな部位を感じさせない。
それでいて頭のような場所は細長い鏃のように尖っていた。目も口もどこかわからない。腕はあの硬そうで鋭そうな触手がそうかだろうか。
足は4本。内骨格ではあろうが、ニメートルを超えるほどに巨体。外骨格であるとしたら相当に殻が厚いのか硬いのか、はたまた両方か……。だいぶ違うがトゲットゲなアルマジロトカゲが雰囲気的に近いだろうか。
動きは蜘蛛や蟻などがイメージされる。
そいつは埋められたオークのところまで歩みを進めると、そこを掘り起こすように爪のような触手で掘り始めた。
そして土まみれのオークを掘り当てれば、その身体に爪を突き立て、さらに苦もなく持ち上げてしまう。3メートルの巨体をだ。
そしてあろうことか頭の先端がそのまま左右に開きオークの死体にかぶりつきだした。 肉をぶっちんぶっちん、骨をガッキンガッキンしてる。グロい。
そんなとき頭上でミシリ、木の枝がしなるような音が鳴った。頭上を見上げてみれば、これまたでっかい蛇がとぐろを巻きながら木の幹を伝って降りてくるところである。
普通にびびった。当たり前である。前世でこんなでっかい蛇見たことない。しも至近距離の生。
当然、異様な怪物はこちらを捕捉したかのように頭と思われる部分をこちらに向けていた。音を立てたのは俺じゃなくて蛇だからな!
だがここでじっとしていたら、蛇が俺に巻き付いてくるかもしれん。俺は瞬時に判断。怪物の生態はしれないが、死角になるはずの場所で、トシを使って蛇の頭を音を立てないように切断。頭を失った胴体の方は地面に落ちて音を立てる。音を聞き届けた後、知能よ低くあってくれと願いながら、その頭を弧を描くように怪物に向かって放り投げた。
草木の隙間から覗う。怪物は頭をこちらに向けたまま微動だにしていない。蛇の頭に意識を逸らさないのだ。もしかして蛇みたいに熱探知系なんだろうか? ならもともとオークの死骸より俺に反応してたはずだ。それはないはず。
怪物はしばらくしてこちらから視線を逸らすとオークと一緒に蛇の頭を食べ始めた。
と言っても蛇の頭はすぐになくなってしまい、オークもそのうち無くなってしまうだろう。
こちらに気づかなかったのだろうか。それとも、とりあえず目の前のエサを食べてからと言うことだろうか。わからない
何にしても、さすがに敵対していた骸を守って得体の知れない怪物とは戦いたくない。
忍び足でその場を離脱した。