五十猛命と大屋姫命と抓津姫命、八畔鹿、ニベ姫
はんなり「さて、大田市五十猛町の国道9号線と旧道が交わる交差点ね。ここに何があるの?」
モドキ「信号を渡ってすぐ……ほら石碑があるだろう」
はんなり「神別れ坂ってあるわね」
モドキ「昔、スサノオ命は五十猛海岸の神上の浜に上陸したという言い伝えがあるんだ」
はんなり「何かの文献に書いてあるの?」
モドキ「それは分からない。で、ここ神別れの坂でスサノオ命の息子と娘である{五十猛命と大屋津姫命と抓津姫命が分かれたって伝説があるんだ」
はんなり「ロマンチックな話ね」
モドキ「古代には異母妹とは結婚できたというし、現代とは感情が異なるかもしれないね」
はんなり「神社はあるの?」
モドキ「五十猛には五十猛神社があるし、県道289号線を南に走ると大屋姫命神社がある。大田市内の物部神社には漢女神社があって抓津姫命が祀られているという」
はんなり「お参りしたの?」
モドキ「いや、漢女神社は物部神社の境外社で、どこにあるか分からなかったんだ」
はんなり「ダメじゃん」
はんなり「島根県鹿足郡には悪鹿の伝説があるよ」
モドキ「ほう、それは知らなかったな」
はんなり「八畔鹿といって、足が八つあって、角は八又に分かれているんだ」
モドキ「スレイプニルみたいですな」
はんなり「赤毛は一尺、眼は鏡のように輝いて、鳥や獣を喰らい、人々の命を奪ったんだとさ。その鹿が九州で暴れた」
モドキ「始まりは九州ですか」
はんなり「朝廷は北面の武士・江熊太郎を呼び、八畔鹿を追わせた」
モドキ「そして島根は鹿足郡まで逃げて来る訳ですな」
はんなり「八畔鹿は大鹿山に籠った。江熊太郎は毒矢を八畔鹿に射かけた。矢は命中し、八畔鹿は江熊太郎に迫った」
モドキ「それで?」
はんなり「江熊太郎は次の矢で八畔鹿を射止めたとあります」
モドキ「ほう、やっつけたのか」
はんなり「しかし、八畔鹿は天下の央獣で、たちまち四方に雲と霧を起こして天を覆い、天地は振動した」
モドキ「やはり、ただものではないのですな
はんなり「江熊太郎はこのときの悪しき働きによって亡くなってしまった」
モドキ「おや、亡くなってしまうのですが。相討ちですな」
はんなり「残された武士たちは八畔鹿を解体して、角を落として骸を田と畔に封じた」
モドキ「悪霊として祟るのを恐れた訳ですな」
はんなり「八畔鹿を祀ったところ霊験あらたかで、悪鹿から吉賀という地名に改めた。それが今の吉賀町のはじまり……というお話」
モドキ「調べてみると、この八畔鹿のお話は山の反対側の岩国市にも伝わっているようですな」
はんなり「八畔鹿は八岐大蛇の末葉だという話もあるそうです」
モドキ「鹿というのは古来、聖獣とされていたんだけど、悪鹿の伝説もある訳だね。貴人が罪を犯して逃れたという話だろうか」
はんなり「で、鹿大明神を祀っているのが奇鹿神社で柿木村と七日市に鎮座してるの」
モドキ「じゃあ、行ってみようか」
はんなり「ねえモドキさん、どこか連れてってよ」
モドキ「じゃあ、大田市の三瓶山にしようか
はんなり「……という訳で三瓶山麓の浮布池のほとりに来たんですが、池の中に鳥居が立ってますね」
モドキ「神社があるみたいだね」
はんなり「ちなみに浮布池には、長者の娘が身なりの立派な若者と恋に落ちるんですが、あるとき、一人の武士が池のほとりを通りかかったところ、大蛇に巻きつかれた娘がいたので、驚いて矢を射ると大蛇に命中して大蛇は池に逃げた……という話があります」
もどき「蛇に魅入られる娘というモチーフは各地の伝説でありますな」
はんなり「娘には大蛇が若者の姿に見えていたので跡を追って入水してしまった。その後、娘の着物だけが布を流したように浮いてきた。それで浮布池と呼ばれるようになったという伝説です」
モドキ「それで? 今回、神さまと関係ないじゃない」
はんなり「姫の名は邇幣姫と言うんですが、この邇幣姫、三瓶山に仕える巫女だという説もありまして」
モドキ「なるほど。邇幣姫神社という神社がある訳ですな」
はんなり「式内社に比定されているのは大田市土江の邇幣姫神社ですが、こちら浮布池のほとりにも邇幣姫神社とされる神社があるのですね。それでは行ってみましょう」
モドキ「池のほとりを歩くからすぐだと思ったら意外に歩くね」
はんなり「アップダウンもありますね。あ、橋が見えた」
モドキ「あの小さな橋を渡ると邇幣姫神社ですか。どれ、拝殿だけの小さな神社ですね」
はんなり「ここからの池の眺めがいいですね。それでは帰りましょうか」
モドキ「今、ブホッと鳴き声がしたぞ? なんだ?」
はんなり「猪ですよ。ほら、瓜坊がいる」
モドキ「逃げちゃった」
はんなり「先に進むのが怖いですね」
モドキ「進まないと帰れないから、進もうか」