くちへん
時刻は、午前10時15分前。
「で、でかいな、警察署……」
石獏 藍は、そう一人ごちる。
>5の言う警察署の前まで来た藍であったが、駐車場に並ぶパトカーの数に怯んで入り口の扉を潜れずにいたのだった。
「ん?なに?どーしたのかなー?」
扉の前でうろうろしていると、可愛らしい婦警が藍に声を掛ける。
「落とし物?それとも拾い物を届けてくれたのかな?」
「あ、えっと、や、『ヤマさんに会いました』!」
あ、しまった。
これ、受付で言うやつだっけか。
そんなことを考える藍。
「あ、あ、あ~……そ~なんだ。
おっけー、中に受付があるから、ついておいで」
婦警は、一瞬驚いた顔をした後、警察署の扉を開けてくれた。
###
「お、どうしたのかな、ボク?」
「ぼ、ボクって……」
受付する婦警の対応で、どうやら中学年はお子さま扱いされることを藍は理解した。
「……『ヤマさんに、会いました』」
しかし、藍の発したその言葉に、受付はその顔色を変える。
「……え、ゴンベンだよね?」
「クチヘンです!」
「く、くちへん……」
受付は頭を抱えて、しばらく俯いた後で言葉を続ける。
「クチヘンか、そうか……んじゃ、お前、頼んだ」
「りょーかい!」
突然の大声に藍が振り替えると、先程案内してくれた婦警が、嬉しそうに敬礼をしている。
「おっし、んじゃ、こっちこっち、ほらおいで!」
「は、はぁ……」
###
藍は、テレビで見たことのある取調室のようなところに案内されていた。
「こんなところでゴメンね、個室が今空いてないみたいで……今、担当者を呼んでるから、待っててね!」
婦警は、お茶を出して、部屋のすみに立っている。
座る気は、無いらしい。
「あ、あの」
何となく手持ち無沙汰になった藍は、婦警に向かって話しかけた。
「さっきの合い言葉、なんの意味があったんですか?」
「ん?あれ?
ヤマっていうのは、事件のことだよ。
『ヤマさんに、会いました』ってのは、『事件に遭遇した』ってこと」
「あぁ、そういう……」
事件をヤマということは、何となく藍も知っていた。
「じゃあ、『ゴンベン』とか『クチヘン』とか、は?」
「警察ではね、事件のことを、漢字の部首名で言うことがあるんだよ。
例えば、強盗事件や強姦事件は『ゆみへん』。
汚職事件は『さんずい』で偽造事件は『にんべん』、窃盗事件は『うかんむり』……っつっても、窃は、あなかんむりなんだけどね~」
藍は、目から鱗が落ちたような顔で首肯く。
「さて、じゃあ、『ごんべん』は、なんでしょ~か?」
「え、う、う~ん……。
……あ、詐欺?」
「スゴい、正解!」
婦警が本当に凄いものを見るかのように手を叩いたので、藍は照れ臭さを隠すように、少しムスッとして顎肘をついた。
「と言うわけで、『ゴンベンですよね』は『詐欺ですよね』って言う意味になります」
「……それで、『くちへん』は、なんなんですか?」
「あ、その前に、本人の証明に、掲示板に『本人です』って書き込んでみて」
突然掲示板の話を振られて、戸惑う藍。
「……?
……。
……え?あ、あんた、もしかして……!」
驚きの声を上げる藍に、婦警は笑顔で敬礼した。
「フフフ。
申し遅れました、私は三路安 青。
好きな妖怪はバックベアード様、掲示板では>5番をさせてもらってます~」
無駄にウインクまで付けてくる婦警。
「お、おんな、だった……んですか」
予想を裏切られた藍は、リアクションに困りながらも掲示板に『本人です。』と書き込む。
「……因みに私の部署は、刑事第4課……各課の補佐をしながら、いわゆる『くちへん』を扱ってるんだよ」
それを確認しながら、青は話を続けた。
「……それで、結局『くちへん』てなんですか?」
「うん。
『呪い』『呪術』事件、だね」
青は、笑顔で、答えた。