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ぬり絵の恋  作者: アンジェラ
1/1

神様はきっと絵描きに違いない。恋する誰にも、多くの色を授けてくれる。

「日本の方ですか?」


「はい、そうですが」


僕は運転席の窓を開け答えた。


「終バスに乗り遅れて、どうしようか迷ってしまって・・・」


終バス?

ここはツアーバスしか来ていないはずだけれど・・・


「亀田麻友と申します。バースの駅まで送っていただけませんか?」


ここはイギリス、ソールズベリー平原にあるストーンヘンジ。

広大な草原に、未だ未解明の石たちが配置され、また重ねられている。

考古学者らは、この直立巨石が紀元前2500年から紀元前2000年の間に立てられたものと考えている。それを囲む土塁と堀は、紀元前3100年頃まで遡るという。


宇宙との交信場所説、そして治療場説。

治療場説の根拠として挙げられたのは、ストーンヘンジ周辺に埋葬された遺体の多くに、ひどい外傷や奇形の兆候が見られたことかららしい。


僕はこの後ロンドン・ヒースロー空港近くのホテルに向かう予定で、ブリストルでの仕事から帰る途中、バースを経由し足を伸ばし、帰路にあるここで観光をしていた。3度目の訪問である。


彼女の言うバース駅へは、ヒースロー空港とは反対方向になり、逆戻りのルートである。小一時間かかる距離であるが、今晩はフリーで、仕事や私的なスケジュールは何もない。


「いいですよ」笑顔で答えた。


彼女は胸を撫で下ろし、

「よかった」とため息とともに、安堵した素振りをみせた。


「じゃあ乗って下さい」


僕は世間でいう醤油顔系、身長165cm、痩せ型。男としては小柄だ。


大学時代は宴会で女装をすると、サークルの同級の女子以上に奇麗にみえることもあったらしく、男の先輩に、冗談を交え、抱きつかれるほどのまあまあの顔つきであった。


彼女は少し照れくさそうに助手席に乗り込んだ。


僕はブリストルで仕事を済ませ、バース方面へは逆走になっている事には触れずにした。帰りはバースからA46で北上し、高速道M4に入りロンドンへ向えばよい。


ストーンヘンジの駐車場からゆっくりと左へ曲がり車を走らせた。


彼女は、「自己紹介いいですか?」と話し始めた。


「私、精神保険福祉士で、三年働いて貯金したお金で海外旅行をするの。今年はまだその一度目。また帰国してから仕事をみつけ、三年働いてまた海外旅行するのよ」


なるほど、彼女は仕事柄か、人の心を和ませる言葉使いや仕草をしている。

小さくて丸顔の可愛い娘。スリム体型ではないが、程よい中肉中背。ほんのりと甘い、いい香りがする。


「あなたのお仕事は?」


「ただのサラリーマン」


「ただのサラリーマンさんが、なんでジャガーに乗って、観光してる訳?」


彼女は微笑んで質問してきた。


僕は、


「車は社有車、観光は仕事帰りの便宜かな」と答えた。


「バースから何処へ行くの?」


僕は彼女に尋ねた。


「電車でロンドンまで」


「だったら、僕もロンドン方面に向かうから、バース駅へ行かずに僕の帰るルートで送ろうか?」


「あのね、バース駅で友達と待ち合わせしているの」

「ブリストルにいるメル友の女の子」

「会うのが楽しみなの!」



彼女は嬉しそうに答えた。


僕は、「ブリストルフェアリーって、何の花の名前か知ってる?」と問いかけた。


「花の名前ねー」


彼女は集中したふりをしているような、そうでないような仕草の後、甘えた声で「教えて」とつぶやいた。


「日本でたくさん流通しているカスミソウの品種名だよ」

「美しい名前でしょ、ブリストルの妖精って」

「お友達に話してごらん」


彼女は幼い子供のようにはしゃいで喜んだ後、穏やかで優しげな少女の表情に戻った。


たわいもないおしゃべりをしているうちに、バース駅についた。彼女は僕の住所を知りたいというので情報交換することにした。


彼女は、静岡県に住み、一人旅をしているらしい。亀田麻友。「か・め・だ・ま・ゆ」と微笑んでメモを渡してくれた後、僕は加藤雅彦、名刺を渡した。


「えっ、住所はアムステルダムなの?」

「どうして?」


僕は通りすがりの人に余計な話はしない。


「会社の研修みたいなもので、ホームステイしている。イギリスには月に3回くらい来ているかな」とだけ話した。


バース駅でお別れの挨拶をして、僕はヒースロー空港近くのホテルへ向かった。明日一つ仕事を済ませ、ロンドンのオフィスに車を返し、アムステルダムに戻る。


彼女からは、アムステルダムのホームステイ先に一週間に一度くらいの頻度で、旅先から絵はがきが来るようになった。


この日は仕事とストーンヘンジ観光、ちょっとした人助けのまずまずの日で終わるはずであったが、この後テムズ川沿いで、この日の続きが待っていた。

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