プロローグ 「余興」
目に飛び込む鮮やかな色彩に遅れて、静寂な闇夜に心地よい音が鳴り響く。
まるで、体の中に深く、沈んでいくような音。
――今年の夏も、夜空に華が咲いた。
毎年、俺の家があるマンションの屋上から打ち上げ花火を見るのがお決まりだ。わざわざ人混みの中に突っ込んでまで花火を見るのは、あまり好きじゃない。
柵に両手を突きながら、花火を眺める。
日常を忘れられる、気楽な一時。
――ふとポケットから2×2の6色揃った小さなルービックキューブのアクセサリーを取り出した。
それを見つめて今一度思い返す。
……忘れられない、忘れてはならない、忘れるはずがない。
あの日あったことは絶対に……
と。
後ろに急に沸いたような気配を感じて、振り返る。
「……?」
一人の少女。
黒地のパーカーで、フードを被った少女だ。
赤と青のオッドアイ。
中学生くらいの身長。
その異様な雰囲気に囚われ、平常心を失う。
俺の頭で理解できたことはただ一つ。
……コイツヤバい、絶対にヤバい!
話しかけようと口を開いたが、声が出ない。
声になれなかった息が出るだけだ。
とにかく、コイツから離れなきゃ……
「――――ってるの?」
「……ぇ?」
思考に集中し過ぎて、少女が喋っていたということに気が付かなかった。
何かを伝えようとしたのだろう。やはり、俺の勘違いだったのか。それで、自分を睨み付けてくる俺のことが怖くて――
「だーかーらぁ、何で君はそんなに強がってるの!」
――そんな考えは、想像と違った喋り方と喋った言葉の両方にぶち壊された。
少女は、固まっている俺を少しの間見つめると、その質問の答えを再び考える。
そして、一つの結論を出した。
「……あァ、理解したよ。『あの日』のことだね」
「……! なんでそれをお前が知ってる!!」
儚い俺の心を、強く、堅くした日。
それは、俺と『――――』以外知っているはずがない出来事で――
「私は、君の考えてることが分かる。ただそれだけの事。……っと。時間ないんだった」
少女は俺に向かって、掌を出す。
次の瞬間、急激な眠気が俺を襲った。
「これは、私からのプレゼント。もしも気に入らないのなら、私『達』のゲームをクリアするといいよ。まァ君はそれまで気付かないだろうけどね」
そう言って少女は、去っていった。
意識があやふやになり、視界がぼやけていく。
俺はその眠気に抗えず、その場に倒れる。
意識の遠くから、花火の音が響いた。
恐らく終幕だったのだろう。
俺の虚ろな目から、先程まで空を彩っていた大きな光が消えていった。
そう、その風景はまるで、『あの日』のようにとても儚く――
――――――『アノヒ』?
「『アノヒ』って何だっけ……?」
――何が原因かは分からない。
ただ、頭の中に残る何かが抜けたような喪失感。
それを不思議に思いながら、すっきりとした気持ちで眠りに落ちる。
妖しい少女に、幾許かの記憶を奪われて――