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08/目的地目前の襲撃


 がたごと揺れる馬車に慣れてきた頃。

 ようやくイングリッド領を出た。


 ここまで10日。


 結構な時間がかかったな。

 領主の館が領の真ん中付近にあるから仕方ないけど。


 開拓領へと入った頃からか、周囲を護衛している人たちの空気が変わった気がする。

 なんというか、今まで緊張を全くしてなかったわけじゃないけど、仕切り直して気合を入れたというか……。

 緊張しているのがこちらにも認識できるようになったというか。


 多分、魔物への危機感だろう。

 幸いなことにイングリッド領ではほとんど魔物が出ない。

 その分、動物達による農作物被害はそれなりにあるけども。


 娯楽設備といえるような場所も保養地みたいな場所もないからか、治安も比較的良かった。

 だから、護衛の人たちも多少気楽だったのかもしれない。


 ……ん?

 でもそれだと職務怠慢?

 いやでも四六時中気合を入れ続けるのは大変よね。ペース配分と言うものだろう多分。

 それに、こっちも今みたいな緊張感が漂う中ずっと移動って辛いだろうし。


 ぼんやりとそんな事を考えて風景を見た。


 街道として用意されてる道はいくつかあるが、そこそこの広さがあるものの、周囲はほぼ森に囲まれてる。

 平原であれば魔物の襲撃にも対応しやすいだろうけど、そこまでの手がないからだと思う。


 ……こんな所で襲撃があったらやだなぁ……。


 襲撃が起きた時は、前もって馬車に隠れてじっとしているようにと言われている。

 その上で、護衛の指示を聞いて動かないといけないらしい。


 できるかな?

 パニックになって周りの人に迷惑かけないようにしないと……。


 そんな不安なんて無駄だったらしく、無事に今日の野営地についた。

 野営地といっても村とかではなく、キャンプ地みたいなものだ。

 できるだけ視界を確保するべく木が切られて、ちょっとした広場になっている。


 こういった野営地は初めてだわ。

 今まではイングリッド領の村に泊まっていたから。


 ただ、魔物が多い地域ゆえ、どうしてもここに村を作るのは出来ないのだろう。

 逆にここさえ過ぎれば明日にはメレピアンティナの街に着くらしい。


 あともう一息。

 そしたら馬車の揺れともお別れだ。


 気合を入れ直して仕事を手伝いに行く。

 今日の仕事は夕食の支度だ。といっても、せいぜい野菜の皮を剥く位で味付けや調理は他の人の仕事だけど。


 すでに支度を初めている集団に、慌てて混ざりに行くと、同乗してる男の子が私を手招きしていた。

 私はそれに甘えて隣に座り、皮むきを手伝い始める。


「今日の夕食はシチューですか? 暖かくて美味しいですよね」

「あー。ちげぇよ。ポトフだよ」

「あれ……でも材料……」

「ミルクないだろ。旅をしてたら持ち運んでるうちに傷むし」


 そういえばそうでした。

 そしてシチューの材料とポトフの材料は根菜だけなら同じ。

 よく見たら他の人がキャベツ切ってるし……むぅ。

 ポトフならレシピを教えてもらってるし、私だって作れるはずなのに……観察力が足らないなぁ。


「そんなにシチューが食べたかったのか?」

「いえ。そういうわけでは……一応レシピを知ってるのに、作ってるのがポトフだって気づかなかったなって思って」

「なるほど。確かによく見りゃ分かるもんな」


 むぅ。

 またもやけらけら笑われてしまった。

 ……ただ、彼の笑顔は割りと好きです。

 屋敷のグレゴリーやメイド達の慈しみを感じる笑顔も好きだけど、なんというか対等な感じがして。


「……なに笑ってんだ?」

「いえ。貴方の笑顔が結構好きだなって思って」

「はぁ!? な、なに言ってんだお前!!」


 なにといっても、事実を言っただけなんですが……。


 私が首を捻ってると周囲の人たちがクスクス笑い出して、なぜだか居たたまれない。

 当然、彼もそうだったらしく、「後はもう俺がやるからあっち行ってろ!!」と追い出された。


 何故ゆえに……。


 しょんぼりとしているとラフィークが足に擦り寄ってきた。

 どうやらお腹がすいたみたい。


 まったくもぅ。

 こういう時ばっかりすりすりしてきて……うむ。可愛いから許します。


 耳をもふもふしつつ、思う存分撫で回してから分けてもらった燻製肉を少し裂いてあげる。

 嬉しそうに私の手から食べるこの子を見てると癒やされるわぁ……。

 おっと。お水も飲ませてあげないと。


 ラフィークにご飯を上げてるとご飯ができたらしく、いい匂いが漂ってきた。

 んー。いい匂い。

 でもお仕事途中で放棄……まぁ、奪われたが正しいけど……ともあれ、放棄したのに食べて良いのかしら?


 悩んでいると、彼がなんだか複雑そうな顔をしてやってきた。

 手にはポトフの入ったお椀が持たれてるから、多分私の分だろう。


「……これ、お前の分」

「あぁ。ありがとう存じます」


 そういって差し出してきたお椀を私が受け取ろうとした時だった。


「にゃっ!!」


 受け取ろうとした私の手と彼の手の間――つまりお椀めがけてラフィークが飛びかかる。って何してるの!?


「うわっ!? あちぃっ!!!!」

「ご、ごめんなさいごめんなさい!!! こらっ! 何してるの!!!」


 慌てて謝って、ラフィークを叱ると、あの子はすたこらさっさと逃げていく。

 もう……なんて子なの……普段はこんな事絶対にしないのに……。


 地面に無残にもひっくり返されたポトフ。

 あの材料はイングリッド領の野菜たちだと言うのに……うう。凄い申し訳ない……。


 彼ももったいないと思ってるのか、落ちたお椀を見つめている。

 ですよねですよね。申し訳ないです……。


「……お前の分、今のだけだから、ないぞ」

「はい……分かってます」


 今夜は夕食抜きですね。……はぁ。


「――」

「? 何か言いました?」

「……別に」


 ぼそりと言われた気がしたんだけど……気のせい?

 ……なにも言わないということは、そうなんだろうけど。

 なんだか不機嫌そうというか、落ち着かない様子だし……。ちょっと気になる。


 でもそれより気になるのはこの空腹。

 はぁ……水を飲んで我慢するしかないですね。

 ……夜中に盛大になったりしませんように。



* * *



 夜。

 音がなった。


 心臓がどくんと脈打つ。


 静かな闇の中、ぱちぱちと爆ぜる音以外に聞こえる音なんて数限りある。


 見張りをしてる人たちの談笑。

 警戒している護衛達の鎧の打ち合う音。

 獣警戒用の焚き火の音。


 聞こえてくるのはそれくらいだろう。


 だけどおかしい。


 聞こえるのは焚き火の音だけ。

 ……いや。他にも小さく聞こえるような?


 これは――呻き声?


 どくん、どくんと心臓の鼓動がだんだん早くなっていく。

 これは多分異常事態と言うやつだ。


 そういう時、前もって言われてたのは、護衛や商隊の人の指示に従えと言うこと。

 ……けど、その人たちが今動けないのでは?

 だったら私はどうすればいい?


 いっそこの違和感が気のせいならいいのに。


 しかし、無情にも現実は違和感が正しいと告げる。


 ざっざと遠くから誰かが近づいてくる音。いや複数人の人数だろうか。


 このまま寝たふりをしてた方がいい?

 それともこっそり逃げ出した方がいいの?


 分からない。

 怖い。


 わからないまま目を閉じていると、やがて誰かが幌馬車にやって来た。

 周りの女性達は気づいてないのかすやすやと寝たまま。


 ぎし、ぎしと足音を立てて誰かが近づいて来る。

 ……しかも私の横でしゃがみこんだんですが!!!


「おい、早く商品になりそうな女連れてこい!!!」


 ひぃぃぃと、内心悲鳴で身体をこわばらせていると、外の方から怒鳴り声が聞こえた。


 商品? 商品ってなに?

 どういうこと??


 もう頭はパニック寸前。

 ただ、一つだけ分かるのは、とてつもなく危険なんだろうという事だけ。

 むしろ悲鳴をあげて取り乱さないだけ褒めて欲しい。


 だけど、寝たふりであることは相手に気づかれたようだ。

 少しだけためらうような気配のあと、耳元へ顔が近づく気配がした。


「……絶対に起きるなよ。そのまま、じっと寝たふりしてろ」


 ぼそりと、小さい声が聞こえる。

 ……同乗してる男の子の声だ。

 そういえば名前はなんて言うのだろう。ずっと一緒にいるのに聞きそびれてたな。


 ただ、分かるのはあの怒鳴り声の人に従ってるということだけ。

 ……それでも、呟いた声音は、私を案じるようなものだったから従おう。


 私は目を閉じたまま、できるだけ表情筋を動かないように努力する。

 そうしてると、彼が私を抱き上げて動き出した。


 ど、どうなってるのか見たい。

 薄目開けても大丈夫かな……?

 あ、駄目ですよね。なんか睨んでる気配を感じるし。


 私を抱き上げる彼の腕は強張っている。

 多分彼も緊張してるんだと思う。


 ……これから私どうなるの?




お読みいただきありがとうございます。


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 こちら『悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~』にて新連載を始めました。
 ゲームの悪役キャラ憑依物です。よろしければ、目を通してやって下さい。
 ……感想や、評価に飢えているので、何卒お願い致します。m(_ _)m
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