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32/グラットン・モス・キング

 森の中というのが幸いした。


 キングはその巨体ゆえ森の中へは降りてこれないからだ。

 代わりにモスが周囲を飛び回るけれど、移動しながらだから鱗粉も毒液や消化液もそうそう当たらない。

 何より、森の木々が守ってくれる。


 オズちゃんに風の魔術で周囲の鱗粉を反らしてもらい、私が作った爆弾をウォードに投げてもらって気を引く。

 ジャスさんは進路を指示しては、進路上にいるワームを蹴散らす。


(ワームまで統率出来るなんて……っ)


 地面に居る分にはさほど問題ないけれど、いきなり木から落ちてきたのは凄く驚いた。

 すぐウォードが蹴り飛ばしてくれたからいいけれど。


 驚くだけならいいけれど、オズちゃんの魔術がこちらの生命線だ。

 その彼女が驚いて集中を途切れたり、取り乱したりすればたちまち毒に侵される。


(私やジャスさんは大丈夫かもしれないけれど、ウォードが倒れたら……)


 この中で一番大柄な彼を背負いながら逃げるのは無理。

 それもあって、ワームによる奇襲はとても困る。


「ね、ねぇ、そろそろいいんじゃない?」


 オズちゃんが疲れた声音で言う。

 そろそろというのは、クロード様達が撤退する時間を稼ぐ為に、街とは逆に向かっていたからだ。


 確かに結構時間を稼いだ事だし、もう街へ向かってもいいかもしれない。


 他の二人にも視線を向けると、同じように頷いた。


 もう一度頷いて、今度は街に向かって走り出す。

 本当は休憩を取りたいけれど、出来ても合間に十数秒。


(私はお師匠様に鍛えられたから、疲れてるけれどまだ平気。……でもオズちゃんには……)


 彼女には相当辛いだろう。


 最悪一番体力のあるウォードに背負ってもらう方が良いかもしれない。


 そんな事を考えながら、必死になって街を目指して走る。


 時折、隙きを見てオズちゃんが攻撃魔術でキングを攻撃するけれど、同時に風の魔術が解かれてしまう。

 キングの気を引かないといけないので、どうしても必要な行動だけれど、そのせいでだんだんとオズちゃんとウォードの動きが鈍ってきた。


 恐らくじわじわと毒に侵されているのだと思う。


 一応解毒薬は渡してあるから、自分でタイミングを見て飲んでくれるだろうけれど。

 まだ飲んでないところを見ると、まだ大丈夫か勿体無いと、躊躇っているのかもしれない。


 さっきクロード様に手持ちは全部渡してしまったから、それを飲んでしまったら次は”浄化の雫”で解毒する必要がある。

 問題はその時間が取れるかどうか。


 どうしたって治療に専念しようとすれば、時間がかかるのだ。


(あの広場に戻れれば……っ)


 先程遠くで音と光が上がっていた。

 あれは、撤退指示だ。


 だから皆広場に戻って、クロード様と一緒に大蛾討伐準備をしているはず。

 そうしたら、ゆっくりと治療が出来る。


 薄暗い森の中を一心不乱に進む。


(今何時くらいだろう……?)


 だいぶ疲労が溜まってきた。

 すでにオズちゃんは、先程からウォードに背負ってもらっている。


 まだ走れるけれど、街まで後どれくらい?


 空はどんどん暗くなっている。

 太陽は今どこだろうか。


 方角の目印になりそうなものが見えない今、私達は今何処にいる?


 ジャスさんはそれでも方角が分かるらしくて、進路を示してくれるけれど、後どれくらいの距離なのかは分からない。


(あぁ、もぅ……っ)


 分からないことばかりで、気が滅入る。気弱になる。

 ゴールが見えないと、こんなにも人は弱るのだろうか。


(大丈夫……後もうちょっとできっと広場に着ける)


「にゃあっ!」


 走っていると突然耳元でラフィークが鳴く。

 何事かと思って立ち止まると、彼は飛び降りて勝手に走っていってしまった。


「どうしたっ!?」


 いきなり立ち止まった私に、ジャスさんが怒鳴る。


「ラフィークっ!!」


 連れ戻そうと追いかけると――そこには倒れた人と、息も絶え絶えに武器を構えこちらを見ている人達。

 道中一緒に行動していた冒険者だ。

 周囲には倒したらしい大量のワームの死骸が散乱している。


 あちらも私の顔を覚えているのだろう。


 ほっとした顔をしてから、倒れてしまった。

 緊張が切れて、意識を失ったのかもしれない。


「皆っ!! こっちに負傷者がっ!!」


 ラフィークは彼らに気づいたから、こっちに来たんだろう。


 私の声に反応して、皆がやってくる。

 倒れているのは合計五人。全員が全員男性で、全員連れて逃げるのは無理。


(だからって見捨てるわけにはいかない)


 倒れる直前、救われたようにほっとしたあの顔を見てなお、逃げるなんて選択肢はない。


 連れて逃げれないなら、出来ることは解毒し、体力を薬で一時的に戻し、自分で逃げてもらう事。

 そのために必要なのは時間だ。


「すみません。彼らが動けるようになるまで治療しますっ!!」


 言うが早いか髪を抜いて、錬成瓶で魔力の液体を作り出す。


 私の言葉に頷いて、皆も各々出来ることを行動すべく動いてくれる。


 ウォードは残ってた『虫除け香水』を周囲にばらまいて、これ以上のワームが近づくのを防ぎ、ジャスさんは近くにいるワームを蹴飛ばす。

 オズちゃんは引き続き風の魔術で鱗粉を寄せ付けないでくれている。


 ”悠久の黄水晶”を使って、ノームさんを呼び出して、彼に冒険者の人たちを囲むように土壁で簡易小屋を作ってもらう。

 その間に私は、彼ら一人ひとりに”浄化の雫”を使って解毒を進めていく。


 ちらりと出来上がった小屋から外を見ると、外では戦闘が繰り広げられていた。


 『虫除け香水』があまり効いていないのか、ワームがじわじわと迫っているようで、それをウォードとジャスさんが追い払っている。

 オズちゃんは気を引くためではなく、今度は牽制目的でキングへと攻撃魔術を放っては、また風の魔術で鱗粉を防いでいた。


 キングは――と空を見上げる。


 何を考えてるかは当然分からない。

 だが、苛立ってるように感じるのは気のせい?


 ふいに、キングがお尻を動かす。


 脳裏によぎるのは、以前の戦闘で同じような動きをしてから降ってきた消化液。


 あれだけの巨体から、雨のように消化液が降ってきたとしたら――


 小屋の中にいる私達は天井があるから、多分大丈夫だ。――けれど、外の皆は。


 声を上げ、小屋に逃げてと叫ぼうとした時だった。


 キングの横を物凄い勢いで何かが飛んでいく。

 それはそのまま真っすぐ空へと飛んでいき――どんよりとした分厚い雲に穴を開けて少しだけ赤くなった空を見せた。


(今の……)


 何が起きたのかと周囲を見れば、ジャスさんが弓を放った体勢で舌打ちをしてるのが見える。


(もしかして、さっきの私が渡した試作品の矢?)


 だとしたら理論通り――いや、想像以上の威力だ。

 それは喜ばしいけれど、あれだけの大きさを外したということは、込められた魔力のせいで矢が安定しなかったのかもしれない。


(あの威力なら、当たってたら倒せたかもしれないのに……っ!!)


 こんなところで、試し撃ちをしていなかった弊害が出るなんて。


(いえ、あの威力だと試し打ちをする場所を間違えたら、すごい被害が出てかもしれないから、結果的には良かった……?)


 何にせよ残りは一本。


 ――どうにかして、当てれれば。


 すでに治療は終わった。

 体力を回復する水薬も飲ませたので、程なく目を覚ますだろう。


(これからどうする……?)


 彼らが目を覚ましたら、皆で逃げる。

 それが出来れば理想だけれど、出来るだろうか。


 何より先ほどのジャスさんの一撃で、キングは彼をかなり敵視しているだろう。

 逃げようにも付け狙ってくる可能性がある。

 消化液を打つには少し動きが鈍くなるらしく、それを警戒していてやってこないのが救いだけれど。


 警戒しているキングは、鱗粉に専念するらしい。

 代わりに、大量のモスとワームがこれでもかと寄ってくる。


 矢も体力も魔力も無尽蔵ではない。

 集中力だって、だんだん疲労で途切れていく。


 それを狙ったように傷が増え、そして痛みが集中力を奪う。


 時間が過ぎれば過ぎるほど、こちらは不利になるというのに。


 倒れた冒険者達を、無理やり目を覚まさせようとしても、起きる気配がない。

 それだけ彼らは追い込まれて、疲労してしまってるのだろう。


 ついにオズちゃんが膝を着く。


 慌てて駆け寄り、治療をして魔力を回復する水薬を飲ませた。


 焦りが胸にじわりと広がっていく。

 早く起きてと怒鳴っても無駄だと分かっていても、叫びたい衝動に駆られる。


(このままじゃ……)


 全滅という恐怖を感じた時、小屋の外に出ていた私の頬に何かがぽつりと触れる。

 空を見上げれば、先ほどよりもどんよりと暗くなった雲から途切れ途切れに――そして一気に雨が降ってきた。


 目に見えてモスの動きが鈍る。

 キングも風の魔力に包まれているけれど、先ほどより動きが鈍くなってきた気がする。


(これなら――)


 今この時こそが勝機だ。

お読み頂き有難うございました。

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 こちら『悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~』にて新連載を始めました。
 ゲームの悪役キャラ憑依物です。よろしければ、目を通してやって下さい。
 ……感想や、評価に飢えているので、何卒お願い致します。m(_ _)m
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