31/異変の元凶
すっかり少人数(と言っても騎士団含めて十五人くらいは居るけれど)でずんずん森の中を進んでいく。
私達が担当するのは、奥地の一部地域だ。
奥地に付いてからある程度歩いて、キャンプ地になりそうな場所を見つけ、そこで交代で昼食を取ることに。
『虫除け香水』を使っていたお陰か、食事中には特に魔物の襲撃はなかった。
食事中、クロード様に行動指針を説明される。
ここをベースキャンプとして、騎士団の面々は二班に分かれ、周囲を索敵しつつ討伐。
そして、一定時間毎に戻ってくるという流れになる。
今回の全体的な討伐の目標としては、あの巨大蛹の羽化個体の討伐、それ以外でも目につく巨大化したモスの討伐がメイン。
流石に小さいワームやモスをすべて狩るのは難しいという事での目標だ。
前者二つが達成されてからは、冒険者達への依頼で処理していく予定らしい。
なお、私達はベースキャンプの居残り組。
回復担当チームだから、当然と言えば当然なのだろう。
ここを守りつつ周囲を軽く散策して討伐するのがお仕事になった。
「では、君たちはここで待機をするように。
囲まれる恐れがあるので、索敵をするのは構わないが、ベースキャンプからの移動はあまり推奨出来ない。
くれぐれも、十分注意するように」
クロード様が真面目な顔で、私達に念押し――いや、主に私に対して念押ししてくる。
心配してくれるのはありがたいけれど、そこまで私は信用出来ないのだろうか。
(……まぁ、心配の方が強いのよね、多分)
苦笑しつつ、クロード様に治療用と解毒用の水薬をいくつか手渡す。
それから、安心させるように微笑んだ。
「はい。十分に理解しております。
薬は遠慮なく使用して下さい。足らなくなったり、重傷者が出たら戻ってきて下さいね」
そう言って、私達は騎士団の面々を見送った。
* * *
集合地点でもあるベースキャンプから離れることはあまり出来ない。
でも、クロード様の言ってた通り、周囲の索敵をしないと気づいたら囲まれていた、という状況になってしまう。
適当な岩に座りながら考える。
(ワームは足が遅いから良いけれど、囲まれて毒液とか消化液を吐かれるとやっかいだし……。
モスはモスで飛んでるから音が分かりにくいし、先に毒鱗粉で攻撃をしてくるから面倒なのよね……)
前回の襲撃を踏まえて、今回は皆口元を布で覆っている。
毒には抵抗力があると言っていたジャスさんにも、念の為やってもらっているので、前回よりは楽に戦えるはずだ。
(……でも鱗粉っていうのが問題なのよ……)
鱗粉のように小さなものだと、どうしても避けれない。
そして、皮膚からも少しづつ吸収してしまう。
森の中では出来るだけ肌の出ない服を着ているとはいえ、顔を全部覆うのは難しい。
少なからず、被害は出るだろう。
(毒の抵抗力問題もあるけれど……問題なのは、毒草を食べて進化すると毒性が高まりそうなところね)
そうなれば、対策をしても意味がないかもしれない。
(……きっと大丈夫)
ちゃんとそれに備えて、専用の解毒剤を調合してきたのだ。
あれなら多少毒性が強くなっていても、動いて逃げれる程度には解毒できるはず。
幸いなことに道中モスには遭わなかったから、解毒薬には余裕がある。
(――あれ? モスに一度でも遭遇したっけ……?)
前回の調査の時は、巣に近づいた時にモスと遭遇した。
だが、すでに巣は事前調査で軒並み壊滅させてきたとクロード様は言っている。
もちろん、未だ見つからない場所――例えばもっと森の奥とかにある可能性は高い。
(でも、街周辺の魔物はまだ弱い方だけれど、奥に行けば奥に行くほど強力な魔物がいるのよね……?)
人間にはモスの毒や、数は脅威だ。
けれど強力な魔物にとってはその限りではない。
強い魔物になればなるほど、毒物などへの抵抗力が高いので、モスの最大の武器が効かないからだ。
そうなると、多少大きくても簡単に狩られてしまうだろう。
だからこそモスは、この辺りまでを縄張りにして、周囲の生き物を駆逐する勢いで繁殖している。
(そう考えると、いくら巨大な個体が居ても奥地のさらに奥には、まず行かないわよね……)
だというのに何故、森の中で一度もモスを見かけないのか。
元々群れる習性のある魔物だ。
一番巨大な個体と共に、居るという可能性が高い。
「にゃぁ?」
考え込んでいると、ラフィークが膝にちょこんと乗って私を見上げてくる。
多分「何考えてるの?」とでも言いたいのだろう。
苦笑しつつ、彼の頭を撫でながら「なんでモスを見かけないんだろうね」と呟く。
当然だけれど応えはない。
ただ、撫でられながら気持ち良さそうにしてるだけ。
(そういえば魔物になると知性が上がるって書いてあったな……)
昆虫の知性と言われると、正直想像出来ないけれど、魔物になったならば、感情や知恵も働くかもしれない。
そうなったのならば――
(感情があるなら、やっぱり巣を壊した人間を許さないわよね)
その上で、人間の区別など付かないだろうし、人間を無差別に襲ってもおかしくないかも。
(……もしも知性があるのなら……)
少なくとも、人間が自分達を敵視しているのには気づいてるはず。
そして、グラットンモスは元々群れる習性がある。
だとしたら――一番大きい個体を長として、復讐をするために決起の時を伺っているかもしれない。
(……それだと森でモスを見かけない辻褄はあう……のかな)
幼体のワームが大量にいたのは、斥候か、それとも知性がないのか。
どちらにせよ、断定出来なくても可能性がある以上は、検討した方が良いのかもしれない。
とりあえず、今いる皆に相談しようと声を掛けようとした時だった。
聞こえてくる複数人の足音。
慌ててそちらを見るとクロード様達が帰ってきた。続いて分かれていたもう一班も戻って来る。
一瞬魔物かと思って、警戒したのが恥ずかしい。
冷静に考えると、ワームはもっと這いずるような音だから、全然違うね……。
内心の動揺を笑顔でごまかしつつ、立ち上がってクロード様へと近づく。
「お帰りなさい、皆さん」
「あぁ、戻った――こちらは何か変化は?」
クロード様の視線がジャスさんへと向けられる。
「特にないな」
「あの、待ってる間に考えたんですけれど……」
軽く手を上げて、私が声を掛けると皆の視線がこちらを向く。
それに少しだけ怖気づきながらも、先程の私の考察――と呼べる程でないけれど、考えを述べた。
それぞれ反応は違う。
確かに、魔物に知性があると言っても、原種が昆虫だと想像しにくい。
けれど同時に、モスが一向に姿を見せないのも気になるのだろう。
「なるほど……一理あるかもしれない。
我々もワームは相当数討伐したが、モスは一度も発見しなかった。当然一番大きい個体――キングもな。
それと……途中からワームも一切見かけることがなくなって……そちらはどうだった?」
戻ってきたもう片方の班のリーダーに視線を向けると、頷いてから彼も同じく見かけなくなったと言う。
「――きな臭いな」
クロード様が呟いたその時だった。
強い風が上空から吹いてくる。――同時にどこか甘い香りも。
ベースキャンプにしたのは、森の中でもたまたま開けている場所を使っている。
風向きによっては、風が上から吹いてくる事も、無いことはないとだろう。
(――でもっ……この匂いって……っ)
甘みを錯覚させるものの、花でもなくはちみつでもない香りは――グラットンモスの鱗粉の特徴だ。
強い風を感じたのは最初だけ。
私だけはすぐにお師匠様がくれた髪飾りのお陰で、風の影響が弱まる。
だから皆が耐えてる中、空を見上げた。
最初は小さな点だったソレは、だんだんと大きくなってきてその姿がよく分かる。
森の中で襲われたのと同じ姿形。
しかし――その大きさは段違いだ。
(確かに蛹の段階で、牛とか馬がすっぽり入る程の大きさだったけれど、これは成長しすぎじゃない……!?)
胴体だけでも縦横牛二頭分はありそうだし、羽に至っては胴体の三倍以上はありそう。
そして、その周囲を取り巻くように小さい何か――恐らく、通常のグラットンモスが飛んでいた。
異常個体――キング。
その複眼が私達を見下ろしながら、睨んでいるように見えるのは私の先入観のせい?
キングが羽ばたく度に、皆がよろけて倒れそうだ。
オズちゃんとその周囲にいた、クロード様とウォードだけは無事に見える。
きっと、私の髪飾りと同じように風の魔術で相殺してるんだろう。
(ジャスさんは大丈夫かしら)
騎士団の人たちは、しっかりとした金属鎧の分重みがあるから大丈夫だろうけれど、彼は軽装だ。
簡単に煽られてしまうんじゃないだろうか。
心配になって姿を探すと――木の陰で耐えているのを発見した。
ほっと息を吐いたところで、奥歯を噛む。
この強風では、弓矢などの遠距離武器では当てにならない。
かといって、今のオズちゃんは攻撃魔術を使ってる余裕はないだろう。
(それに……)
目に見えて鱗粉が舞っている。
これだけの量だ。
口元を覆うだけでは、きっと足らない。
焦っていると予想通りに、周囲からうめき声が聞こえてきた。
風のせいで口元の布がめくれたりしてるし、そうでなくても顔や、耳、少しだけ露出した肌から摂取してしまっているのだろう。
キングになる過程で、毒性が強くなったのか、それとも集団での鱗粉攻撃で効果が上がっているのかは、分からない。
ただ一つ分かるのは――今が最悪の状況だという事だけ。
「――ちっ。総員撤退!! この大きさと風では想定していた武器での応戦は不可能っ!
撤退し、街目前の広場にて攻城兵器を使い応戦するっ!!」
クロード様が叫び、周囲の騎士達は従おうとするけれど――その大多数が動けない。
(このままじゃ……全員で撤退は無理……っ)
私は皆の顔を見る。
オズちゃんは、風の魔法を維持するか、戦うか悩んでいた。
ウォードは、近くにいた騎士を抱えて立たせていた。
ジャスさんは、何か出来ることがないかと周囲を忙しなく見ていた。
やがて、皆の視線が私と交わる。
私は空を見上げた。
あの大蛾をどうにかしなければ、逃げることすらままならない。
全員を解毒するだけの時間もない。
何より――解毒をしても、この状況ならばすぐにまた毒に侵される。
私はもう一度皆を見た。
皆は頷いてくれる。
だから、私は必死に撤退命令を出すクロード様へと駆け寄った。
「クロード様っ!」
「君も早く逃げろっ!」
部下の一人に肩を貸しながら、私を怒鳴るクロード様。
「私達が殿を務めます。
どうかその間に皆さんは撤退を。特に毒の進行が早い方には、こちらを飲ませてから逃げてください」
そう言って、比較的動けそうな騎士に解毒用の水薬を手渡す。
その間もクロード様は私をじっと見ていた。
逡巡しながらも――すぐに彼は口を開く。
「――すまない。頼む」
「はい。お任せください」
出来るだけ安心させるように、私はいつもの笑顔を浮かべて言う。
「皆が逃げきれたら、機をみて私達も逃げますから」
お読み頂き有難うございました。