30/森の合同調査開始
クロード様の依頼を受けてからの三日間は、忙しかったの一言に尽きる。
けれど、そのかいあって準備は万全だ。
薬の大量生産はお師匠様に協力してもらい、無事に百三十ほど完成した。
手際は流石の一言で、途中からはお師匠様一人で作っていた程。
材料がもっとあればもう少し作れただろうけれど、仕方がない。
それに、素材が足らないと判断したお師匠様は、薬作りは自分が請け負うから他のことをしなさいと言ってくれた。
せっかくのお師匠様の好意を無駄にするわけにはいかない。
私は討伐に役に立ちそうな道具作りに精を出した。
まずは『虫よけ香水』の量産。
今回の魔物は虫型みたいだから、休憩する時に役に立つはず。
他にはオズちゃんがよく使う、魔力回復薬の作成。
これは他の人も使うだろうから、多いほど喜ばれると思って結構頑張った。
それから麻痺毒を使うのだからと、麻痺毒に合わせた解毒薬。
最後に、以前から考えていたジャスさん用の道具。
時間も材料も足らなくて、作ったは良いものの、試し打ちする余裕のなかったのが心残り。
そして――依頼を受けてから四日目の早朝。
私達は門の外にある広場に集まっていた。
* * *
メーレの街東側は、未開拓領域になっている。
メレピアンティナ領の大部分が未開拓で、メーレの街以外には小規模の開拓村があるらしい。
今回の異変を受けて一部は閉鎖、重罪犯などが住む村は警備を増員して備えていると聞く。
そして私達がいるのは、東門外のお堀先にある広場。
周囲にはいろんな職種の人がいる。
騎士団、魔術師、冒険者――有事の際には武器を持って戦う人達。
今回の討伐に参加する面々だ。
私の隣にも、オズちゃん、ジャスさん、ウォードの三人が居る。
(皆が一緒だからか、あんまり緊張してないな……)
私だけが、場違いのような存在だ。
それでもいつも通りで居られるのは、皆のお陰だろう。
(とはいえ、気は引き締めないとね)
何が起こるか分からないのだ。
緊張のし過ぎは良くないが、リラックスするような場面ではない。
そんな事を考えながら待っていると、やがて青い髪のクロード様が仮設された壇上に登った。
そして始まるのは今回の討伐に至った経緯の説明。
最近品薄が続く薬草から始まり、森で起きている異変の事。
それから、あの恐ろしい巣の事と、グラットンモスについて。
調べて分かった事だけれど、あのグラットンモスはかなり危険な魔物だ。
そもそもグラットンモスは私達が戦った時のように、まず空中に居る。
その上で、上空から消化液や、麻痺毒の鱗粉での攻撃。
しかも、グラットンモスは風の属性を帯びた魔物で、しっかりとした飛び道具でないとダメージを与えられない。
挙げ句に、多少羽が傷ついた程度じゃ落とせないと言う。
そして――大変しぶとい。生命力が強くて簡単には死なないのだ。
遠距離用の武器が絶対に必要な相手というのは、それだけで脅威だと思う。
あの時とても実感したもの。
だが、成体のモスも厄介だけれど、幼体も(幼体の名称はグラットンワーム)はもっと直接的な脅威らしい。
特定の植物ばかりを食べるという特性があり、何を食物とするかはその時による。
ただ、今回の場合は薬草を餌と決められたのが、まず第一の脅威の一つ。
お陰でこちらは薬の用意が難しくなったのだから、相手にしてみれば補給路を絶ったようなものだ。
幼体はとにかく食欲旺盛で、特定の植物がなくなれば他の植物にも手を出す。
大量繁殖されれば、それだけで食糧危機の引き金となる。
ノームさんの畑を荒らしていた芋虫もグラットンワームだったのだろう。
妙にしぶとかったし。
虫はもともと多産だが、このグラットンワーム/モスが発生した地域は荒野になるといわれていて、彼らも食料がなくなって死ぬらしい。
モスになると何でも食べる大食漢になるけれど、住処からはあまり移動しないというのが数少ない救いだ。
――この魔物が生まれた時にすぐ退治出来なかった場合、人も生き物も植物も残らなくなるけれど。
想像するだけで、身震いする。
両腕を抱くようにして、私は壇上のクロード様を見た。
表情は険しく、周囲の騎士達もピリピリしている。
そのせいか、その緊張がこの場に集まった人間にどんどん広がっていく。
周囲に今回の討伐の重要性がしっかり伝わったのを確認するように、クロード様は続ける。
「事前調査で、いくつかの巣を発見し、全てを潰してきた。
今回の討伐では、ワームとモスの討伐の他に巣と卵なども徹底的に潰して欲しい。
なお今回の魔物化は、先日の魔石を乗せた馬車転倒事件が関与していると思われる。
よって魔石の影響により、本来のグラットンモスより巨大な個体が存在する。麻痺毒対策を始め、くれぐれも油断をするな!!」
一喝するような声音で彼が言えば、不思議と背筋が伸びる。
(流石ね……)
苦手と言っていたけれど、彼は立派に務めを果たしている。私ではああはいかない。
心の中で称賛している間も、今後の流れを説明していく。
簡単に言うと、実力による等級分けをして、実力に見合った地域へのグループ派遣。
そして、等級の中でも担当地域を分けて、同じ方向の担当グループと共に途中まで移動を共にするという事らしい。
説明を終え、班分けのために各々のパーティのリーダーの名前が呼ばれていく。
私達の名前も呼ばれ、指定された集合場所へと向かうと――思わず苦笑してしまった。
(なるほど。クロード様の言っていた対策ってこういう事ですか)
何故なら私達が使命された班にいるのは、騎士団一行がいて、クロード様がそのリーダーだったからだ。
今回の作戦では、上級の地域を担当するパーティに、専任の回復担当を混ぜる方針になっている。
その回復担当として私達が選ばれたと、クロード様が説明してくれた。
有事の際は伝令も兼ねて逃げるようにとも。
他の冒険者パーティも集合場所に集まり、流れの再確認。
そして、全員での移動を開始した。
* * *
森の中を黙々と進んでいく。
グラットンワームは、私の予想以上に繁殖しているらしい。
夏の一番緑が茂る時期だというのに、いくつか枯れ折れてしまった木が見られる。
オズちゃんによると、魔力を多く含む種類の木らしい。
もともと魔物は魔力に惹かれる性質があるし、魔石で変異した分その傾向が顕著なのかも。
道中、手のひらサイズのワームが密集して木を齧っているのを見た時、オズちゃんは悲鳴を上げて攻撃魔術で退治した。
(皆びっくりしてたけれど、無理もないわよね……私もアレはすごく気持ち悪かった)
周囲の面々に被害はなかったものの、流石に突然攻撃魔術を使ったことに厳重注意を受けたオズちゃんは、今ウォードの腕を掴んで出来るだけ視界を狭めて歩いている。
少し心配だけれど、同じ様な事を何度も起こすよりは良い――のだろうか。
移動を続けていくと、パーティーが順番に離脱していく。各々の担当地域だからだ。
残っているのは私達と騎士団の面々だけ。
道中で見かけたグラットンワームは、街から離れるにつれ、巨大化している。森で見かけだあの跡は、ワームの物だったらしい。
奥地まで来ると、人間の幼児くらい大きいのが居た。
(うぅ……気持ち悪いなぁ……オズちゃんじゃなくても、あれは嫌だ)
思わず腕を抱くようにしてさすり――ふと思い出す。
(そういえば、まだジャスさんに道具渡せてないっ)
本格的に探索が始まる前に渡さないと、土壇場で渡す羽目になってしまう。
試し打ちすら出来てないのに、そんな事になっては、彼も困るはずだ。
「――あの、ジャスさん」
「ん?」
隣を歩く彼に声を掛けると、すぐに反応を返してくれる。
私はいそいそと、鞄の中から布に来るんだ矢を二本取り出して渡す。
「何だこれ?」
「これは、私が作った道具で、鏃の部分に魔力を込めることが出来るんです。
魔力を込めてからこの矢を射ると、込められた魔力の属性を帯びた効果が出て、魔力量によって威力が異なる――はずです」
「はず?」
「その……出来上がったのが、今回の討伐直前でして、試し打ちすら出来てなくて……。
ただ、込められた魔力で威力が変わること、魔力の属性に影響を受けることは確実のはずです」
「なるほど」
「試作品としてこの二本だけが出来たので、どうぞ受け取って下さい。
役に立つと良いんですけれど……」
少し不安の残る矢を、彼は受け取って大事に矢筒にしまう。
それから嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとな」
「いえ、試作品なのでお礼を言う必要はないです」
そう言って、私はまた前を向いた。
あの矢が彼の力になれば良い。
そう思って作ったけれど、こうして感謝してもらえると――どうにもくすぐったい感覚がする。
(それにしても……)
予想以上にグラットンワームの数が多い。
今まで出会った魔物は、それだけと言っていいほどだ。
(万能薬ではないけれど、解毒剤をオズちゃん達に渡しておこうかな……)
今のところ目撃情報はないが、いつグラットンモスやクイーンが現れるか分からない。
見上げれば、木々の隙間から空が見える。
早朝に集まったけれど、太陽がほとんど真上に見える。
ただ、曇っているせいで正確なところは良く分からない。
(……なんか雨が振りそうな雲だな)
どんよりとした雲は、なんだか今の自分の気持を表してるようで、少し不安だった。
お読みいただきありがとうございます。