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07/初めての旅


 広い広い農耕地。

 もう少し前ならば、小麦の黄金畑が広がっていただろう。


 すでに収穫済みなのが残念。


 私はそんな事を考えながら道を歩く。


 目的地は領主邸近くの町。

 村というには少し大きくて、街と言うには小さすぎる……そんな規模。


 お父様とお母様が存命の時は、よく連れて行ってもらった。

 辺境だからか、昔と寸分変わらぬ町並みが見えてくる。


 少しだけ懐かしむように周囲を見ると、町民達がみんな思い思いに過ごしていた。

 仕事をしたり、仲睦まじく親子で歩いたり、子供達がおいかけっこをしながら走り回ったり。


 うん。小さい町だけど活気があって何よりだわ。

 きっとお父様の努力のお陰ね。


 お母様が亡くなった流行病のせいで領地は――領民達は大打撃を受けた。

 それでもたった数年でこれだけ活気を取り戻せたのだから人間の力って凄い。


 その力になったのがきっとお父様の領地経営方針なのだろう。

 ……少なくとも私はそう思ってる。


 しんみりしながら歩くと、目的地である屋敷が遠目で見えた。

 えぇと……事前に相談した行動指針だと……。


 その一、まずは町長さんに会いに行くこと。

 すでに話が通ってるらしいので、会うことは簡単らしい。


 そのニ、グレゴリーから預かった手紙を町長さんに渡すこと。

 それで領地を出るための話が整うらしい。


 うん。たった2つだけよね。他には何もなかったわよね?

 ううううぅ。ドキドキしてきた……。


 身分を偽るとか初めてだからすっごく怖い……。

 いやまぁ、ちょっとワクワクするけど……バレない……よね?


 今、私はメイド達からもらった私物の服を着ている。

 そして、何よりも目立つ髪は黒く染めてた。

 きっとエリック様や継母様が見ても、遠目では私と気づかないだろう。


 ……準備で一番大変だったのはこの髪を染める作業だったな……。

 髪量が多い上に、なかなか染まってくれないんだもの……。


 結局、染料では染まらないので、髪をできるだけまとめて、帽子をかぶり、煤のようなもので黒くしている。

 一度でも湯浴みをすれば確実に落ちるだろうから、それまでにはこの領をでなきゃいけない。

 何より、私一人じゃこんな変装を同じように再現なんてできないし。


 ――今後のことを考えたり不安がっていると、いつの間にか町長宅前に辿り着いていた。


 随分昔に来た時と、殆ど変わってないな。

 見上げる屋敷の大きさは、少し小さくなったかもしれない。

 私があの頃より成長したからかな。


 懐かしさと過ぎた時間が胸を締め付ける。

 ……領を出る前にこれじゃ、先が思いやられるね。


 ――よし。気合を入れて行こう!



* * *



「ほほぅ。グレゴリー殿からの手紙ですか」


 ドキドキしながら、町長さんとの面会を果たし、手紙を渡す。

 町長さんは受け取った手紙を読み始める。


 中身の概要はこうらしい。


『当家にて奉公中のシアという少女を、商隊に同行させたい。

 町長殿には目的地を同じくとする商隊への紹介状を書いて頂きたい』


 実際には、もうちょっと丁寧な内容だけど簡単に言うとこんな感じ。

 私の立ち振舞は平民のそれではないから、お屋敷のメイドがお勤めで外へと出されるという形が無難となったらしい。


 あまり意識してないんだけど、そんなに差があるのかな……。


 とはいえ、世間知らずな私の意見よりも、グレゴリー達の意見のが正しいに決まってる。

 私は手伝ってもらったんだから粛々と、指示された役柄を演じつつ、目的地に向かえばいい。


「ではシアさん、といいましたかな?」

「は、はい」

「昼頃に出る商隊がおりますので、そちらに話を持ちかけると良いでしょう。

 場所は当家の者に案内させます」

「ありがとう存じます。町長様」


 町長さんの言葉にほっと胸をなでおろす。

 とりあえず、領を出るための一つ目のハードルをクリアした。

 幸いなことに私がアリシアだと気づいてもいないみたい。

 町長さんはあまり変わってないけど、私はだいぶ身長が伸びたせいだろう。


 その後、商隊のリーダーさんとの話し合いで同行許可を貰った。

 こちらも身構えてた私が拍子抜けするくらいあっさりと話が纏まる。


 町長さんからの紹介状を見せると、すぐにリーダーさんはにやりと笑って条件を言って来た。

 まずは、護衛も兼ねる分と同行中の食料による手数料、それと道中の仕事についてだ。

 そのどれもが前もってグレゴリーと決めて対応を考えられていたものだから、すぐに契約が整う。


 こちらもグレゴリーが話をつけてくれていたのかしら……それとも、こういうことはよくあることだから定番が決まってるのかな?

 どちらか分からない。

 でも簡単に話がまとまって本当によかった。


 道中の不安がないわけじゃないけど、これで無事領地を出ることができる。

 案内された幌馬車に荷物を入れ、道中の注意事項や自分に割り振りされた仕事の確認。

 ――ほどなくして出立の時刻になる。


 あぁ……。

 私はこの領を離れるんだ……。

 緊張とは別のドキドキで胸が高鳴る。


 どんな場所だろう?


 できれば、大きな建造物を見たり、歴史を感じられる場所だとか、幻想的な風景が見れる場所だといいな。


 どんな人がいるだろう?


 ずっと限られた人しかいない屋敷にいたから、色んな人種の人達に会ってみたいな。

 そしてできればその……友達になってくれると嬉しい。


 どんな本が読めるんだろう?


 冒険譚や、土地土地の歴史なんかを読んでみたいな。

 けど、本は高いから、読むためにお金が必要かもしれない。


 いくつも浮かんでは消えていく期待と不安。

 それでも不安より期待の方が強い。


 これが私の人生を変える一歩。

 ときめく胸を押さえながら私は商隊の幌馬車へと乗り込んだ。



* * *



 そして――がたごと揺られる馬車の上。


 後悔はしてないけれど、早速私は想像より過酷な現実と向き合っていた。


 ……こ、これほど長旅が腰とお尻に来るとは思わなかったよ……。


 道が舗装もされてないのは仕方ない。

 ある程度均されてるだけで御の字と言える。


 それでも、木の車輪と地面の凹凸に連動してがったがったと揺れるのは辛い。

 初日は気持ち悪くて、割り振られた仕事もできなかったし……本当に申し訳ないったら……。


 旅ってこんな過酷なんだなぁと、しみじみしながら言ったら、同乗してる男の子に笑われてしまった。


「こんなの過酷のうちにはいんねぇよ」

「……長旅自体初めてなんですもの」


 むっと私が答えても彼はけらけらと笑うだけ。


「慣れてないものは慣れてないんだから仕方ないでしょう!」

「けどよ、もっとヒデェ事もあるかもしんねぇだろ。

 その時”慣れてないから仕方ない”なんて言えんの?」


 う。

 確かにそれは言えてます。


「……そ、その時はその時考えるからいいんです!」


 それ以外の対処方法が思いつきませんし。


「へーへー。それで大丈夫っていう人生送ってたんなら幸せだよな」


 馬鹿にするように言いながら、ごろんと横になる彼。

 ちょっと意地悪が過ぎませんか?


 ……けどまぁ、確かに私は箱の中で大事に大事に育ててもらった世間知らずの小娘。

 苦労をしてきた同世代の人からみたら気に食わないかもしれない。


 そう考えて私もこれ以上は言わずに外を見た。

 ……あれこれ考えて悩んでるよりは、外の景色を見ていた方が酔わないからね。



* * *



 何日も馬車に揺られてイングリッド領内を進む。

 目的地はお隣領の”メレピアンティナ”。


 メレピアンティナ。通称開拓領。

 それは未だ未開拓の土地が広がる領の名前。

 広大な森があり、山があり、湖などもあるらしい。

 それらから採取できる動植物からは、他では手に入らない物が多いと聞く。


 この開拓領が始まったのはかれこれ数百年前からだという。

 数百年もかかって未だに完全に開拓されていないのは、”魔物”と呼ばれる存在のせいだ。


 魔物。それは動物であって、それとは異なる生き物。

 一般的な動物よりも、体が大きかったり、牙や爪といった獣特有の武器以外に不思議な能力を持つ物が多いという。

 それは人が使う”魔術”と同じで”魔力”によるものだと発見され、魔力を持つ動物ということで、魔物と呼ばれるようになった。


 魔物は大抵獰猛で危険だ。

 そのせいで何度も開拓村が破壊され、せっかく切り開いた開拓地がまた自然に埋もれる事を繰り返している。


 それでも。

 人は未開拓のメレピアンティナを切り拓く。


 未知を解き明かすという浪漫のためか。

 それとも希少な品物を手に入れるためか。

 はたまた魔物を倒して、名声を得るためか。


 人の欲望が渦巻く領地とも口さがない人は言う。


 けど、私はそれにときめきを感じた。

 新しい人生を、シアという人間を始めるにはちょうど良い。


 自分らしく、自分の我儘を通すために生きるのだ。

 なら、それを欲望と言わずになんと言う?


 確かに自分の欲望のために人様に迷惑をかけるのは良くない。

 けど、欲のない人間がいたらきっと世界はずっと変わらないだろう。

 欲望っていうのは、一種の原動力でもあるんだから。


 もともとイングリッド領の食料の多くが、開拓領へと向かう。

 旅立ち直前の詰め込み授業でも、この領について知識を詰め込まれた。

 皆から見れば近い場所。そして馴染みのある地域だ。

 完全にどこか分からない場所に向かうよりは良いと思ったんだろう。


 それに開拓とはいってもここ百年ほどはひどい被害もなく、大きな都市が出来ている。

 もちろん、魔物の被害は心配だ。

 だけど万が一を気にしたらどこにも行けないし。


 とまぁ、いろいろな理由がもとで私は開拓領を目的地としたのだ。




お読み頂きありがとうございました。

今後も毎日更新がんばります!

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 こちら『悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~』にて新連載を始めました。
 ゲームの悪役キャラ憑依物です。よろしければ、目を通してやって下さい。
 ……感想や、評価に飢えているので、何卒お願い致します。m(_ _)m
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