26/上空からの危機
次の日、日が登るか登らないかくらいの早朝から行動を始める。
幸いなことに昨夜はぐっすり眠れたお陰で、疲れはない。オズちゃんも同様なようで、男性陣の好意に甘えて良かった。
これから向かう先は奥地だ。
低ランクの冒険者では、侵入を禁止されている区域。
本当なら、私達も入るべきではないのだけれど――今回は調査という目的がある以上仕方がない。
それにもとより、規制というよりは忠告に近い意味だし、勝手に入って大怪我などをしても自己責任というだけ。
森の中を進んで思ったことは、昨日ジャスさんの忠告を聞いてあそこで野営して正解だったという事。
彼の言う通り、結構な頻度で動物の死骸を見かけるのだ。
しかも夏場なので結構臭う。こんな中野営なんて出来るわけがない。
それから、地面や木に溶けた跡が多く見られるようになった。
道中にもあったが、奥地の方が一つの跡の範囲が広い――気がする。
この辺りまで来ると、薬草以外の毒草や普通の植物にも、虫食いの跡を見つけた。
(……虫の異常発生?)
状況を見ると、それはありそうだ。
でもセミの音すら聞こえないのはどういうことだろう?
樹液と葉なら、食料の取り合いにはならないと思うのだけれど。
疑問は残るけれど、進むしかない。
途中でいくつか何かが這いずった跡を見つけた。
ジャスさんが調べてくれたけれど、やはり生き物の移動跡だという。
「うーん……蛇か?」
「それにしては太くない?」
「そうですね……それに太さと比べて、長さが短いような気も」
他に這いずって移動する、ちょっと長い生き物というと……芋虫だろうか?
それなら葉をかじっているのも理解出来る。
理解は出来るけれど……子供の胴体くらいの幅で這いずった跡となるとちょっとおかしい。
どれだけ巨大なんだろう。想像もしたくないな。
ついでに芋虫は農家の敵なので、出来ればそんな巨大な芋虫は勘弁して欲しい。
こんな大きさでは、齧られるどころではなくて、一個丸々食べられてしまう。
すでに現状は異変は確定と判断され、現地調査から異変の正体調査に移行されている。
帰りを考えると、もうそろそろ折り返したほうが良いけれど……。
そんな事を考えながら歩いていると、木々の間から何かが見え始めた。
近づけば、だんだんとそれは壁になっていき――どうやら、高台があるらしい。
「へぇ、こんな所にこんな場所あったのね」
近づいて上を見上げながらオズちゃんが呟く。
「とりあえず近づいてみるか……登れそうなら登って、高い所から周囲を見るのもいいかもしれないしな」
「そうですね」
クロード様の意見にウォードが同意し、私も頷く。
いい加減、情報なしの状態が続くのは辛いので、何か目標が欲しい。
(それにしても……かなり高いなぁ)
近づけば、近づくほど崖のような壁だ。
上を見上げれば、一応頂点が見えるけれど、ずっと見てると首が痛い。
まずはジャスさんが周囲を確認するというので、崖近くで待機。
周囲を見回しながら待っていると、不意に妙に甘い匂いが漂ってきた。
(なんだろう……。木の蜜も花もこんなに強く甘い香りしないと思うけれど……)
果実だろうか。
それにしてもなんとも甘ったるい匂いだ。
眉をしかめていると、皆も気づいたらしくて周囲を見回している。
「ふーっ!!!」
突然、肩に乗っていたラフィークが威嚇を始めた。
こういう時は、決まって”敵”が居る。
そう考えて、慌てて声を掛けようとしたけれど、皆はすでに臨戦態勢。
どこに居るか分からない敵を警戒していた。
匂いが強くなってきたな、と思うと急に薄れていく。
(……あれ? どうして?)
さっきまではすごく香ってた甘い匂いが薄れている事に気づいて、首を傾げていると、傍でオズちゃんが地面に膝をついている。
「オズちゃん!?」
慌てて抱き起こそうと近づくと、少し離れた所でクロード様とウォードが同じ様に片膝をついていた。
「二人まで!?」
「ごめん、身体が……なんか、麻痺したみたいで……」
「動けます、が、素早くは……」
呻くように、顔をしかめながら二人が言う。
二人の症状が、オズちゃんと同じであるなら、多分彼女も同じ様に麻痺しているのかもしれない。
そう考え、改めて彼女を観察すると、呼吸は浅く、杖で身体を支えるのがやっとに見える。
症状からするに、麻痺をしているのだろう。――原因は恐らく毒。
(とにかく治さないと)
一応薬はあるけれど、”浄化の雫”なら確実だ。
そう判断して、彼女に近づき指を組んで祈る。
(お願い。クロード様の時は出来たんだもの……どうか、オズちゃんを……)
私の願いを聞き届けるように、”浄化の雫”が淡く輝いて光がオズちゃんを包む。
その光景を見て、ほっと息をつく。
でも原因不明のこのままでは、毒が抜けてもまた毒に侵されてしまう。
(どうしよう……あの匂いが原因なのは分かるけれど……)
解毒が終わるまでは、離れるに離れられない。
焦る気持ちで、横目でウォードとクロード様を見ると一応口元を布で覆う程度の事は出来るようだ。
もしかしたらオズちゃんの場合は、体力が特にないから被害が出やすいのかもしれない。
周囲を見回し、何が襲ってきてるのかと確認しようとした時、力が抜ける感覚がする。
ラフィークが巨大化したからだ。
そして、彼は崖の壁に一度突撃したかと思うと、壁を蹴ってさらに高い所――ちょうど私達の真上の方へと飛んでいく。
つられて上を見れば、そこには何かが飛んでいた。
(何? ――蛾、かな? それに……何かを撒いてる……?)
ラフィークの攻撃は上手くいかなかったらしい。
彼は私の横へと着地して、また上を向いて唸りだす。
改めて見上げると、飛んでいるのはやはり蛾。
ただし、その大きさは通常とは比べ物にならない。
高い所に居るので、はっきりとは言えないが、成猫くらいの大きさはありそうだ。
その上、その巨大蛾は目に見える程の量で鱗粉を振りまいている。
(もしかしてこれが毒!?)
何故私だけ無事なのか疑問は残るけれど、そんな事より状況をどうにかする方が先だ。
空を飛ぶ相手と戦う手段と言えば、弓などの遠距離武器。
手持ちの爆弾が該当するにはするが、当てられる自信もないし、上空に向けて投げて失敗したら自分達に被害が出てしまう。
このパーティでの遠距離担当は、ジャスさんとオズちゃんの二人。
でも今のオズちゃんは戦闘出来る状態じゃないし、ジャスさんは偵察でこの場に居ない。
(考えろ、考えろ……っ)
打つ手はないかと必死に考えていると、オズちゃんがブツブツと呟いているのが聞こえてくる。
何事かと思っていると、すぐに理由は分かった。
そよ風というほどじゃないけれど、髪が乱れる程度には強い風が、私達を取り巻くように吹き始めたからだ。
「とり、あえず、これで、悪化は、しない……はず、だから、先に二人を」
完全に影響が抜けた訳ではないのか、少し苦しげにオズちゃんが言う。
迷ったけれど、すぐに頷いて二人の治療に向かった。
”浄化の雫”で二人を解毒しながらも、頭上の蛾を見る。
今の所、鱗粉攻撃しかしてないが、もう少ししたらそれが効いていないと気づかれるだろう。
(こっちが持ち直すのが先か、あっちが気づくのが先か)
焦る気持ちでオズちゃんを見ると、首を横に振る。
「まだ、無理。今の、ゆるい風で精一杯」
その言葉にふと、自分だけが無事である理由に気づく。
(……そういえばお師匠様に頂いた髪飾りの効果って……)
森に行く時に髪が絡まるからと切ろうとしたら、お師匠様にお説教を頂いて、渡された髪飾り。
これには、風の属性が付与されていて、髪の毛が絡まないよう自動で風をゆるくまとっていると聞いた。
それが”毒”という異物を認識して、効力が強くなってるのかもしれない。
突然匂いが消えたのも、そのせいかも。
(……お師匠様、これって気軽に渡して良い品ではないと思います……)
頭を振って頭を切り替える。
そんな事より、目の前の脅威をどうにかしなければ。
このお守りがあれば、毒を気にせず戦える。
私は立ち向かうべく巨大蛾を睨みつけた。
お読み頂き有難うございました。