22/薬草畑の不届き者
思い返せば、最初に被害のあった薬草は街から向かう道寄りの位置。森側ではなくて街側。
つまり、犯人は街側からやってきた存在であることを指し――当然それは人間だと気づくべきだった。
領主の私有地で悪さをする人間がいない、という先入観も原因だろう。
畑を荒らした犯人が人間だと分かった日から、騎士団では毎晩警備を行っている。
しかし、問題も多くあった。
まずは森の外は暗くて危険だということ。
明かりをつければ、ある程度の視覚が確保出来る分危険度も下がるだろうけど、それでは犯人に「ここに人がいますよ」と教えているようなもの。
人が居るという事は警備が付いたと同義だという事くらいは流石に相手も気づくはず。
そうなっては、犯人を捕まえられない。
確かに被害が出なくなるのは喜ばしいが、悪い事をしたなら罰せられるべきだ。
クロード様も同意見のようで、領主一族の威信を保つ為にも逃す気はないと言っている。
ならば――こういう時こそ道具作りと私はせっせと張り切った。
それはもう、夜の見張りに参加しては、犯人が来ない暇を利用してレシピを考案し、自宅に帰ってそれをお師匠様に添削してもらってる間に仮眠。
起きたらまた道具を作って、また夜の見張りに参加しに行く。
そんな日々を繰り返すくらい。
正直寝る時間が足りません。
作っておいてよかった、『眠気退治』。
仮眠を取る余裕が無い時は、それを飲んで凌いでいた。
一応二日に一度位しか飲んでいないけど、絶対に体に悪いと思う。
しかし、そのかいあっていくつかの道具を用意出来たし、迎え撃つ余裕も出来た。
最初に作ったのは、暗闇対策の『猫の目薬』。
これを目にさすことで、猫と同じ様に暗闇でも支障なく行動可能になった。
材料に妖精の鱗粉が必要なため、追加で作るには素材がないけど、今回見張りに使う程度なら足りるはず。
効果はあまり長くないけど、一晩くらいはちゃんと持つ。
次に作ったのは、犯人が逃亡した時の備えに『染色匂い袋』。
『雨よけマント』と同じ様に水を弾く効果を、小さな革袋の内側に施してから液体が入っている。
液体の中身は、ハーブを煮詰めたきつい匂いがする染色液。
これを投げて相手に当てれば、中身がこぼれて染色液が相手にかかるという仕組みだ。
匂いも染色液も簡単には落ちないように作ったので、これで万が一逃げられてもすぐに見つかるだろう。
最低限の備えとして二つの道具を作った頃には、夜の見張りも交代で仮眠が取れる程度には人数が増えた。
相変わらず睡眠不足ではあるけど、心の余裕が少し出来たので今度は捕らえるための罠も用意してみる。
四回目の収穫まで後少し。
三回目の収穫の時には来なかった。
二度成功したものの、連続で行うには危険と判断したのかもしれない。
しかし、四回目の収穫を終えれば、また薬草は植え直しになって次の機会まで日が空いてしまう。
薬草の高騰は相変わらずで、手にした利益に目が眩んでいれば四回目の収穫を逃す事はないはずだ。
(絶対捕まえてやるんだから……!!)
* * *
せっせと道具や罠を量産しては、畑に配置したりする日々が過ぎていく。
罠の管理をしながらも、薬草に目をやれば四回目の収穫間際。
前回の犯行を考慮すればそろそろ、犯人達がまたやってくるだろう。
そして――ある日、不届き者はやってきた。
明らかに素人だった犯人達は瞬く間にクロード様率いる騎士団と、手伝いに来てくれたウォードによって捕縛されていく。
運良く彼等から逃げれた人も、私の設置した罠にことごとく嵌って、確保された。
ちょっとやり過ぎただろうか。
状況を整えたかいがあったと言えばそうだけど、なんだかここまで鮮やかな手並みで行われると、少しだけ同情してしまう。
――同情する気はないけれど。
騎士団員の皆さんによって、犯人達は縄で縛られて地面に座らされる。
誰も彼も、不安そうで怯えているし、先程の動きから見てもやはり彼等は素人と見ていいとだろう。
「――では皆さん。色々お話して頂きましょうか」
にこりと微笑んで声を掛けると、何故か一層彼等は怯えた。
背後に立ってるウォードとクロード様もなんか一歩離れた気がする。
振り返ると二人共、さっと視線を反らした。
少々思うことはあるものの、気を取り直して彼等に向き直す。
「まずは、どうしてこの様な蛮行を行ったのか教えて下さい」
女の私が聞いても無駄かなと思いつつ尋ねると、彼等はとてもハキハキと答えてくれた。
薬草泥棒の犯人である彼等は、皆その日暮らしで生活に余裕のない人達だという。
もちろん中には、お酒の飲み過ぎだとか、ギャンブル依存だとかの、正直どうかと思う理由の人も居る。
そんな彼等はそれぞれ、ある日見慣れない男性に声を掛けられたらしい。
仕立ての良い服を着ており、護衛らしき付き人がいた偉そうな人物だそうだ。
その男性は彼等に「高額で簡単な仕事があるのだが、引き受ける気はあるか」と話を持ちかけた。
「そんなうまい話はない」と半信半疑で内容を聞くと、実際難しい仕事ではないと言う。
街の外にある畑から、そこから農作物を少しだけ入手するだけだ。あえていうなら、夜に街の外に出ることのリスクが高いという事くらい。
ただそれだけの労働で百G。
しかも夜にちょっと行動するだけ。
日雇いの肉体労働が一日八十Gだと考えると破格の報酬だろう。
彼等は一も二もなくその仕事に飛びついた。
お金に目が眩んでいたのだろう。
不幸なことに、誰もそこが領主の私有地だと気づかなかったらしい。
約束通り薬草を取ってくると、依頼してきた男は「また収穫可能になったら仕事してもらおうか」と言った。
流石に畑が、街の外にあるというのにそれなりに整備されているのを見て、結構な悪事だったのではと不安になった人が質問したらしい。
依頼人は偉そうに、にやにやとした笑みを浮かべて言う。
「あそこは領主の私有地でな。そこに忍び込んで盗みを働いた貴様らは、領主一族には向かった大罪人よ。
仕事をしないというのならば、お前たちを騎士団に突き出してやるぞ? どうする?」
仮に自分達が違うと否定しても、相手は身なりもよくそれなりに地位のある人間。
彼等の言葉と、自分の言葉、どちらを信じる? と脅されて、彼等は二度目の盗みを働いた。
……それでも一応、二回目の報酬が百五十Gだったのは、きっと口止め料なのだろう。
そして三回目の犯行をまた強要され――今に至るということらしい。
重い溜息が周囲から複数聞こえる。
私も正直、ため息を付きたい。
無知すぎる。
そして、目先の欲に囚われすぎだ。
(まぁ、楽して儲けたいっていう思想の人を選んだんだから、こうなるのもある意味頷けるけど……)
それにしたって、どうかと……。
依頼人も依頼を受けてしまった彼等も。
二度目の犯行時に盗まれた薬草は、それなりの量があった。
薬草のままだと、そこまでの利益がなくとも水薬にすれば跳ね上がる。
もともと品質の良い薬草だったし、盗んだ品で薬にすればかなりの利益になっただろう。
……だからといって、領主の私有地に盗みに入るなんて考えられないけど。
どう考えても罪の重さと天秤が釣り合わないでしょうに。
クロード様が私の背後から出てきて、彼等の前膝立ちになって視線を合わせた。
「良いか? 基本的に開拓領は全部ここの領主――辺境伯セドリック・メレピアンティナ様の物になる。
土地全てが領主様のモノで、そこでの盗みは、領主様への反逆行為とみなされる。……ここまでは分かるな?」
戸惑いながらも頷く彼等に、クロード様はなおも続ける。
「お前たちが言いくるめられたのは、多分冒険者が採取とかで外で取った物で稼いでるからかもしれんが、アレはまた別だ。
収穫物や取得物、それらの量によってはそれなりの税金を取られるし、冒険者が取ってくるのは、紋章を掲げてない土地からだからな。
それにここはちゃんと領主様の紋章を掲げた私有地だ。絶対に許されない」
そもそも開拓領では、冒険者が未開拓地域などから手に入れたものを買い取って繁栄してきた。
そのための冒険者達であり、たくさんの依頼や買い取りがある。
だから、資源を余程の乱獲や占有でもしない限りは咎められない。
しかし今回彼等が行ったことは違う。
何度も言うが、領主の私有地だとはっきりと区別されている。
そこでの行動は、領主邸の庭に勝手に入って行動するようなものだ。
そう説明されると、彼は事の意味を理解したようで、顔を青ざめながら震えだす。
「――ま、安心しろよ。罰は免れないけど、情状酌量の余地は多少あるしな。
それに――お前らをそそのかした奴には、もっと重罰を与えてやるよ」
とてもにこやかにクロード様は言い切った。
* * *
後日、どこかの商会が潰れたとイーズさんが世間話で言っていた。
そんな事を考えながら、久しぶりに森へ入ると、やはり近場では薬草がほとんど生えていない。
たまに見かける薬草は噛みちぎられた跡があった。
どうやら動物か魔物が傷を癒やすために食べたらしい。
……でも、それだけで近場の薬草が全滅するもの?
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