19/魔術道具屋『黒猫のしっぽ』
魔術道具屋『黒猫のしっぽ』と書かれた看板が飾った拍子に揺れる。
看板が揺れると、同時に看板とは別に取り付けられた黒猫のしっぽが互い違いになるように揺れた。
とても可愛い。
この看板は絵心のある子供の一人がデザインし、子供達皆が作ってくれた力作だ。
もうそれだけで感無量で、視界が歪んで来た……。
でも背後には、開店祝いに来てくれた友人達がたくさんいる。
晴れの舞台を涙で始めるわけにはいかない。
そう思って、ぐっと涙を堪える。
「今日から開店ですっ! 皆様いらっしゃいませ!」
振り返って、とびきりの笑顔を浮かべて宣言した。
* * *
高らかに開店宣言をしてから数日。
まずはある程度定着するまでと、一週間休みなく営業する事にした。
初日は受付嬢仲間の皆さんや、約束通りクロード様が花かごを持って。
次の日からは、顔なじみの冒険者の方が。
その後も、騎士団の皆さんやご近所の皆さんも来てくれてた。
くるくると代わる代わる来てくれて、中々の盛況っぷり。
初めての接客という仕事に、私も子供達もちょっと緊張してたけど、練習のかいあってか今の所は特に問題はない。
水薬や軟膏を始めとした薬は、個数制限があるのもあって毎日良く売れた。品薄なのも原因だろう。
ウンディーネに協力してもらった、飲み物系が冒険者や騎士団の方には好評だった。
まずは目玉の『液体食料』。
粘度のある液体で、飲むとお腹がそれなりに膨れ、かつ栄養価が高いので外での食事が手軽に出来る一品。
水筒に入っているけど、栓を開けなければニ週間位は日持ちするように作ってある。
それから『眠気退治』。
こっちは飲むと眠気が吹き飛ぶ飲み物だ。
あまり飲みすぎると効果が弱くなるのがちょっと問題だけど、飲むと一日位は起き続けてられる。
実験に付き合ってくれた、ジャスさんとウォードにはとても感謝。
他にも塗布してから身体や物に塗り込むことで、匂いを消してくれる『消臭液』や、虫を追い払う『虫よけ香水』を入れた小瓶も好評だった。
特に後者はオズちゃんが凄く喜んでいる。
それから『雨よけマント』も興味を持ってくれた人がたくさんいた。
普通のフード付きマントに、水が浸透せず、むしろ表面で弾くような加工をしてある。
雨の日にこれを身に着けて外に出れば、快適さがよく分かると思う。
……問題は、この道具が一番売れる時期を過ぎてしまった事かな。
後は保冷石もやはり良く売れた。
うちの店では、一度買った保冷石を持ってきてくれれば、交換する形にしている。
そのお陰で常連さんが増えた気分になるので、ちょっと嬉しい。
ウンディーネに協力してもらった品は他にもたくさんある。
その最たるは美容品の各種だと思う。
お肌にみずみずしさを与える物、保湿するもの、同じような効果を髪にも与えるもの。
受付嬢仲間の皆が、こぞって買っていってくれました。お買い上げありがとうございます。……ちょっと目が怖かったです。
こうしてみると、結構自分でも色々な品を作ったなぁとしみじみする。
皆楽しげに買ってくれていたので、お店をやって良かったな。
開店準備を行いながら、そんな事を考える。
今日も繁盛すると嬉しいな。
商品整理している子供達を見守りつつ、会計所を兼ねてるカウンターで「さぁ開店だ」と身構えていた時だった。
お店のオープンと同時に、カランカランとドアベルを鳴らして、お客さんが入ってくる。
「「「いらっしゃいませ」」」
笑顔でヴィオラさんを含む、三人の子供達が挨拶をした。
入ってきたのは、温和そうな壮年の男性と一回り若そうな男性数名と、オレンジ髪のクロード様。
ちなみに入ってきた壮年の方は――セドリック様です。
思わずそれに気づいて、同じように向けていた笑顔が少し引きつる。
クロード様はちらりと私の方を見て「ごめんね」と言いたそうだった。
(お願いですから、せめて事前連絡を頂けませんか……!?)
いや、視察ならばいきなりでないと意味がないのは分かってる。
だけど不意打ちはとても辛い。
私の心中など子供達は当然気づいてるわけもなく。
彼女たちは何時も通りの接客を続けている。
それで良いのだけれど、こっちはハラハラしすぎてクラクラしてきた。
「どうもすまないね。この店はどんな店なんだい?
新しい店が出来たと言うから、ちょっと覗いてみたんだがね」
「はい。このお店は店長が用意した、ちょっと変わった道具を扱ってるお店です」
セドリック様の質問に、はきはきと答えるヴィオラさん。
彼は、それを聞くと適当に――『液体食料』に手を伸ばす。
「これはどういう道具なのだろうか。水筒に見えるが……」
「それは『液体食料』と言って、すぐ食べれて、長持ちする食料が入ってるんです。
ちょっとトロっとした食感なので、最初はちょっと抵抗あるかもしれません。
もしよろしければ、味見してみますか?」
「ほほぅ。では、味見をさせてもらおうか」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
そう言って、彼女は味見用の『液体食料』の入った瓶を持ってきて、スプーンですくってそれぞれお客様に手渡した。
「ほほぅ……確かに不思議な食感だな」
「悪くはないですね」
「手軽に補給できるならば、遠征時に役に立つかもしれません」
「うむ。――あぁ、どうもお嬢さん」
「どういたしまして」
にこりと微笑んで、スプーンを回収して一度ヴィオラさんが離れる。
その間も、他の子達に道具の説明を求めていくセドリック様一行。
ドキドキしながら見守っているけど、そんな心配いらないくらいに皆教えた通りに丁寧に説明している。
その間も礼儀作法は完璧で、ウォードと彼等の努力が伺えた。
(……皆頑張ってたものね……本当成長したわ……)
最初に会った時は、食事のマナーもなってなくて覚えられるか不安だったけど。
今はこんなにしっかりと受け答えが出来る程になっている。
親ばかとオズちゃんには、何度か言われていたけれど、もうそれでいいかな。
今はとっても子供達を褒めてあげたい。
私が感涙した気持ちで見守っている間も、お仕事をこなしていく子供達。
「今手持ちがこれだけなのだが、この『液体食料』と『虫よけ香水』を購入したいのだけど足りるだろうか」
「えっと……少々お待ちくださいね」
(……それとなく計算力とか試していらっしゃる……)
あれくらいの計算なら、そこまで難しくはないはず。
予想通り、すぐにヴィオラさんは答えた。
「――はい、足りますよ」
「どうもありがとう、お嬢さん」
満足気に笑うセドリック様。
お付きの方々も、感心したように彼女を見ているので、多分合格点だったのだと思う。
ちらりとクロード様を見ると、彼も嬉しそうに笑っている。
(良かった……)
ほっとしていると、ヴィオラさんが商品を持ってカウンターへやってくる。
「店長、こちらの商品をご購入だそうです。お会計をお願いします」
「ありがとうございます。ただいま計算いたしますね」
代金を頂き、お付きの方が渡してくれた袋に丁寧に入れていく。
それをヴィオラさんからセドリック様へと渡される。
(――これで今回の視察は無事終わり……かな)
セドリック様を始め、皆感心した様子だったし笑顔だったから、恐らくは御眼鏡に適ったのだろう。
(今夜は皆に美味しいごはん食べてもらおう。そして一杯褒めてあげなくっちゃ)
そんな事を考えながら、笑顔で彼等を見送ろうとした時。
ガランガランとドアベルが乱暴に鳴り響いた。
お読み頂き有難うございました。