18/薬草畑の様子見
カンカン照りの中、私はクロード様と街の外を歩いていく。
街道というほどではないけれど、騎士団が演習に向かう為の道なので、それなりに整えられている。
畑のある演習場は騎士団が鍛錬に使うため、演習の際には少々騒がしい。
そのため、そこそこ街から歩く。
お昼少し前だけど、幸い道は日陰になっているので歩く分にはそこまで暑くはない――けどセミがみんみんとうるさい。
「いやー……夏だね」
「本当ですねー……」
子供達は朝夕の往復だから良いけど、昼間の移動は辛いな。
なお、移動は警備につく騎士団の人や、ウォードが護衛に付いてくれるので安心だ。
今日はウォードが子供達を連れて行ってくれてるので、現地で合流予定になっている。
それなりに歩いて汗ばんできた頃、見覚えのある簡素な塀が見えてきた。
演習場の塀で、入り口付近には領主の紋章入りの旗が掲げられている。ここからは私有地ですよという印だ。
ただ、塀というよりは柵に近い。
そこまで視線を隠すほどの高さはなく、代わりに簡単に土地を広げられる。
今回も、その御蔭で畑を拡張してもらったので、こういう時に便利だと思う。
それに本来この塀は、演習時に迷い込まれらたら危険だからという理由で建てられたのだし。
そのまま進んで、演習場へと入って行く。
演習場は、基本的に何もない広場が敷地を締めている。
陣地を作ったり、それを撤収する練習をしたり、あるいは二手に分かれての実戦式の訓練をしたりするらしい。
そして端の方に小さな荷物置きの小屋がいくつかある。
今回は小屋一つを借りて、新たに切り開いてもらった土地に畑を作った。
もちろん、拡張した分柵は増設している。
水に関してはもともと井戸があったので特に問題はなし。
こうして考えると、本当にちょうど良い土地があったものだなとしみじみする。
そんな事を考えながら畑部分へと向かうと、子供達がせっせと雑草抜きをしていた。
「――あぁ、シアさん、クロード様。いらっしゃいませ」
ウォードが私達に気づいて、挨拶をしてくれる。
クロード様はそれに軽く手を上げて応じつつ、周囲を見回していた。
「栽培の調子はどうかしら」
「そうですね……順調だと思います。ただ、自分は門外漢なので本当にそうなのかはちょっと……」
「私も実際に関わってたわけじゃないのよね」
知識としては、子供の頃に色々な作物について勉強したことがある。
だからある程度は分かるけど、薬草の栽培については流石に勉強したことがない。
「いや、でも結構良いんじゃないか?
魔術師ギルドで薬草園あるらしいんで、色々資料を取り寄せたけど、こっちの方が生育期間的には早いと思う」
「そうなんですか……?」
「まぁ、あっちは自分達が使う希少な薬草をメインで育ててるから、参考にするには少し違うかもしれないけどね」
言いながらクロード様が畑を見る。
青々と茂っている一見ただの草だらけの畑。
実際には、これこそが今貴重な薬草達。
この薬草達は少し摘んでも、また葉が生える種類の植物なので、何度か収穫を期待出来る。
その量を考えれば、ある程度は今の品薄状態も抑えられるだろうか。
「何か特別なことしているんだっけ?」
「はい。ノームさんがお世話をしてくれてるらしくて、子供達はその指示に従ってるみたいです」
他にも土の水はけを整えてくれたり、土地の栄養を偏らないように整えてくれているとか。
こうして考えると「一つの畑に土の精霊」と言いたくなる。
実際にはそこまで簡単なことではないだろうけれど。
「うーむ。精霊使いを雇えば似たようなこと出来るかな……」
「さぁ……? あ、でも一応肥料とかも工夫しているので、そっちは参考になるかもしれませんね」
「シアちゃんが作ったやつ?」
クロード様の質問にこくりと頷く。
ウンディーネの協力を得て作った防虫剤効果入の肥料だ。
水撒き式の肥料なので、持ち運びが辛いのが難点。
その代りと言ってはなんだけど、自分でもいい品を作れたと思う。
「なるほど……量産は可能?」
「お時間を頂ければ。ただ、薬草以外に効果があるかわからないので、まずは小さめの範囲で効能を見て欲しいですね。
あと液体のため、持ち運びが少々面倒になるかと」
「じゃあ、まずは試しに一つ頼む。
それで効果が確認出来たら、また他の人でも作れるようにレシピの改良を依頼したい」
「レシピに関しては、またお師匠様の許可を得てからになりますけど……それでも良いですか?」
「もちろん」
笑って頷いてくれる。
クロード様はこちらの事情もちゃんと理解してくれるので、地位で無理強いをしてこないので有り難い。
領地の事を思えば、命令をしてもおかしくないのに。
『おい、娘っ子』
ふいに下から声が掛けられる。
そちらを見ると、ノームさんがいた。
「あ、こんにちはノームさん」
しゃがみこんで、視線を近づけながら挨拶をすると、彼も笑いながら挨拶をしてくれる。
「畑の管理ありがとうございます」
『なに、わしももらう約束だからの。わしも薬草をもらう契約じゃし問題ない』
「それでも、とても助かってますから」
『変な娘じゃの。――ところであと数日で収穫ができるぞい』
「あ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、言うだけいってノームさんは去っていく。
立ち上がってからクロード様に収穫が近いことを告げる。
「そっか。楽しみだね。
……ところでさっきのが土の精霊? 初めて見た」
「最初、他の人には見えていなかったみたいで、凄く怒られました」
苦笑しながら言う。
普通精霊は基本的に、あちらから姿を見せる気がなければ見えないらしい。
ただ、その精霊と同じ属性を持っていると、見えやすいとオズちゃんは言っていたので、恐らく私が見えたのはそのせいだと思う。
「……一つ許可を頂きたい事があるのですが」
ふいに下がっていたウォードが声を掛けてきた。
視線は私ではなく、クロード様に向けられている。
「何をだろうか」
「休憩所を作ってもよろしいでしょうか」
「ふむ?」
視線だけでクロード様は話の続きを促す。
それを受け取り、ウォードも説明を始めた。
現時点で畑仕事は、最初の頃に比べて大分減っていること。
すると、子供達が暇になるので、何かしら作業を行いたいということ。
ついでに余裕があった場合は、簡単な護身術を教えたいとか。
何より今は休憩を取る時に、適当に地面に座っている。
礼儀作法を教えているウォードからすると、その状況が気に入らない。
せっかく教育をしても、こういうところからぼろが出るのだと熱弁した。
それはもう素晴らしい演説で、クロード様が苦笑して許可を出すくらいに。
「――あ、もちろん、雑草抜きなどの仕事が一段落した時に、という前提ですのでご安心を」
「それは良いけど……休憩所って、建物作るのよね?」
「そうですよ」
「作れるの?」
「簡単な居住可能な建物位であれば。
今回作るのは、どちらかというと東屋みたいな物を想定していますが」
さも当たり前という口調で言うけど……これって普通なのだろうか。
疑問に思って、隣にいるクロード様を見ると、彼も呆れたような驚いたようなそんな顔をしている。
やっぱり”当然”ではないみたい。
「参考までに聞くけど、なんでそんな技術を持ってるの?」
「主にいつ何を求められても、応えられるのが執事の在り方です」
……なんだろう。
その心構えは素晴らしいけれど、なんかおかしいと思うの……。
「――っとそうだ、シアちゃん。そろそろお店を開店するんだって?」
「あ、はい。お陰様である程度の支度が済みましたので、そろそろ……と考えています」
「そっか。じゃあ開店日が決定したら教えてくれると嬉しい。
せっかくだから、お祝いに花でも持っていくよ」
「ありがとうございます」
「それと――」
少し躊躇ってから、彼が言う。
「親父も子供達の成果を見たいって言ってたんで、開店したら行くと思う」
私は思わず息を呑んだ。
お読み頂き有難うございます。