17/最近薬草がお高いらしい
「それにしても困りましたね」
受付業務の休憩時間に、一緒にイーズさんと一緒にお茶を飲みながら呟く。
「ほんとねー。冒険者側も違約金の都合や評判にも関わるから、受けてくれなくなっちゃうし」
「そうなると必要としてる人も困りますしね」
話の話題は、最近薬草採取の依頼の達成率低下について。
この間の採取で感じたように、やっぱり薬草の量が減っているようで、採取依頼を受けても未達成になる事が多い。
そうなると、イーズさんが言うように違約金を支払う義務が発生したり、依頼未達成で評判が落ちる。
すると今度は、冒険者としてのランク上げに支障が出てきて、受けてくれなくなってしまう。
その繰り返で悪循環が出来てしまった。
どうしても欲しい依頼人は、必要な物が手に入らないから少しでも報酬を上げて――とやるのだけど……。
結局、未達成になってしまえば違約金が跳ね上がるので、依頼を受ける人は減る。
今でも一応森の奥の方であれば、比較的入手出来るみたいだけど、奥に行けるのは高ランクの冒険者だけ。
問題なのは高ランクの冒険者達は、薬草採取の仕事をあまり受けてくれない事だ。
受付としては『初心者向けの採取依頼』という括りに拘らず、求められている仕事をして欲しいと思う。
……まぁ、高ランクの冒険者にしか依頼出来ない仕事も多いし、なんとも言えないのだけど。
(本当に悪循環だなぁ……)
ふぅ、とため息をついて紅茶を口に含む。
(早く成果が出ると良いんだけど……)
考えるのは一週間ほど前、クロード様から提案されたこと。
それは子供達からの対価をもらう手段として、農作業を提案した事から始まった。
彼が提案したのは、騎士団が演習を行う土地を少し広げて、その土地で畑を作らないかという内容。
騎士団が管理している土地だから、ある程度の安全は確保しやすいし、他の人が勝手に入って荒らすこともない。
現在の薬草不足は領地全体での問題になっているので、栽培出来るのであれば領主としても助かる。
なので土地を領主から貸し与えられ、私がその土地で畑を栽培する監督として就任し、子供達が実働の農作業を行うという形になった。
貸し与えられている形だけど、育った薬草のほとんどは領主に収めるため、日中は騎士団から数名が見張りに立ってくれている。
そのお陰で子供達だけでも畑仕事を任せられるのだ。
農業にお休みは基本ないので、ウォードに付き添いをお願いするにも、毎日仕事させる訳にはいかないので大変ありがたい事です。
その提案を、私は二つ返事で了承した。
事後報告になってしまった子供達も、状況を説明したら納得してくれたし。
それに彼らも外に出られるのは気晴らしにもなるらしくて、嬉しそうだったので良かった。
――今日も子供達は元気に農作業をしてくれている。
(でもノームさんが来てくれるとは思わなかったな……)
あの話し合いの後、ノームさんに薬草の育て方を聞きに向かった。
もちろん、防虫剤を用意した上で。
そしたら彼は『面倒だから、その畑へ連れてけ』といって付いて来てくれたのだ。
薬草の栽培について知識がほとんどなかったので、助かるし凄く嬉しい。
今はこちらの薬草の一部を彼に納品するのを条件に、こちらの畑で日々見張りと薬草育成に必要な手入れをしてくれている。
その事をクロード様に話すと、彼も笑って「精霊の加護がもらえるなら、願ってもないから良いよ」と言ってくれた。
私は私で、せっせと防虫剤と肥料の開発に忙しい。
肥料の成果か、それともノームさんのお陰か、幸いなことに薬草の栽培は順調だ。
普通の植物より成長が早い気もする。
このまま行けば数日で、薬草を収穫出来るかもしれない。
そんな事を考えていると、イーズさんが困ったようにため息をつく。
「最近冒険者がギルドで水薬買っていくし、そっちの在庫も怪しくなってきてるのよね……」
「どこも今は品薄ですもんね」
「他は値上げしてるけど、うちのは値上げ出来ないしねー。
商売人としては、ちょっと悔しいわ……。転売しないって約束させてるし、仕方ないけどさ」
冒険者ギルドでは、水薬やその他外へ出る時に必要になる道具を販売している。
その理由は、冒険者達への支援。特に駆け出しの冒険者がお世話になっているサービスだ。
また常備しておくことで、いざという時に怪我人が運び込まれた時に使用するためでもある。
最悪の時を考えれば、やはりそれくらいの備えは欲しい。目の前で人が死ぬのは怖いもの。
でも、このまま品薄が続けば常備の分を残さないといけないので、販売も怪しくなってくるだろう。
(そういえば、昨日の怪我してた冒険者の方も、薬草探しに奥の方までいって怪我をしたって言ってたっけ)
ふぅとため息をついてから、イーズさんと共に休憩を終えて受付に戻る。
書類をまとめ、空いた時間で会計の仕事を畑に行かなかった子供達に教えて。
そんな調子で午後の仕事をしている時だった。
「おっ、騎士様が来たよ、シアちゃん」
イーズさんがどこか楽しげに声を上げる。
言われて入口の方を見ると、オレンジ髪のクロード様が立っているのが見えた。
(あれ、今日は何かあったかな?)
子供達の様子についてはこの間話したばかり。
水薬の納品についても、まだ正式に開店してないから良いよと言われている。
(とはいえ今は在庫不足だし、必要なら作り手である私に声を掛ける事はありえるかな)
今自宅にある素材でどれくらい作れるだろうか。
それとも開店準備に貯めてある品を出せば良いかな。
そんな計算を頭でしていると、いつの間にか笑顔でクロード様が目の前にいた。
「こんにちは、クロード様」
「やぁ、シアちゃん」
お互い笑顔で挨拶を交わし合う。
「シアちゃん、良いわよ少し席外しても」
「でも、さっき休憩したばかりだし……」
「いーの。ほら、行ってきなさい」
どこか楽しげにイーズさんが言う。
……良いのかなぁ?
「問題がないのであれば、こちらとしても助かるな」
「ほら、彼もそう言ってるし」
「……わかりました。すみません。少し席を外しますね」
「はいはーい。ごゆっくり」
そう言って彼女は私達を楽しげに見送る。
何がそんなに楽しいのだろう。
「えっとそこのテーブルでも?」
「良いよ。今日はそこまで重要な話でもないし」
「分かりました」
頷いて、食堂部分のテーブルへと向かう。
「シアちゃんは何か飲む?」
「いえ、私は先程休憩したばかりですから」
「そっか。――それじゃ、仕事途中みたいだからちゃっちゃと話そうか」
「はい。今日は何か御用でした?」
内心首を傾げながら尋ねると、彼は寂しそうに笑ってから、要件を切り出す。
「畑の様子はどうかなってね」
「あぁ、なるほど」
一応警備をしてくれてる騎士団の人がいるけど、生育状況までは報告されていないのだろう。
私は一応昨日軽く見回りをしてたので、彼よりは実情に詳しい。
「今の所とても順調ですよ。ノームさんのお陰か、他の植物より成長が早いみたいですし。――と言っても、薬草の平均的な育つ時間ってよくわかりませんけど。
ともあれ、数日中には収穫出来ると思います」
「へぇ……それは有り難いね」
「はい。土地を貸して頂いてる手前、失敗は許されませんし」
「流石に罰しはしないよ。……でもまぁ、成功しないと困るのは確かだね」
予定としては、今の畑での栽培が上手くいくようであれば、開拓村でも薬草の栽培を始めたいと言われている。
つまり、ここで成功しないと他の土地での計画が頓挫してしまう。
「――ところで、そろそろ俺も様子を見に行きたいと思うんだけど……」
どこかためらいがちにクロード様が言った。
確かに最初の土地確認と警備体制を説明してくれた時以来、彼は畑に顔を出していない。
責任者としては、上司(?)に現場を見に来てもらうのは必要かも。
問題があれば、改善をしないといけないし。
「よろしければ空いた時間に、見学しに来ますか?」
「君も一緒に案内してくれるなら」
「もちろんです。責任者ですもの」
にっこりと二つ返事で言うと、彼は小さくガッツポーズをした。
「じゃあ、シアちゃんのお休みも教えてもらえる?
それと自分の予定を合わせて考えるからさ」
にこやかに語りだすクロード様に、苦笑しながらお互いの予定をすり合わせる。
その結果、三日後に畑の案内をすることになった。
――当日は張り切って案内しなければ。
お読み頂き有難うございました。




