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06.5/鳥かごの鳥が旅立つ時

 髪を黒く染めさせ、旅装に身を包んだアリシアを目の前に。

 一人、グレゴリーはかつての光景を思い出していた。


 もう40年近く前だろうか。

 ある日突然に、アリシアの父は「冒険者になる!!」と言い出して旅に出た。


 もちろん彼が旅に出ると言っても、貴族のしかも長兄が簡単に出られるわけはない。

 だが、彼には弟がおり、彼は弟の方が領主に向いていると思っていた。

 お家騒動を避けたかったのだろう。


 結局戻ってきた時に、嫁を連れてきたというのと、弟の強い希望により彼が当主となった。


 それから目まぐるしい時間が過ぎたと思う。

 冒険者をやっていた彼は、領民達との距離を近づけようと努力した。

 そのかいもあり、イングリッド領は大きく成長をし、食料庫としての力を広く知らしめた。


 そしてアリシアが生まれ――奥方の死。

 流行り病のせいで死んだ奥方を、領民のせいではないと口では言いながらも苦しんだ。


 それを見かねて、いつもはやんわりと断っていた縁談を彼に勧めた。

 シャロンとの結婚は彼にとっても悪くはなかったようで、次第に元気を取り戻しシャロンとの間に子供も生まれた。

 しかし。


 ――私のせいです。


 グレゴリーは心の底から悔やんでいた。

 シャロンは確かに主人の心を慰めた。そしてアリシアの心も慰めてくれた。


 だが、シャロンは子を産むとその子にのみ愛情を向け始めたのだ。

 その上主人が故人になった後、あからさまにアリシアを排斥し始めた。


 先代イングリッド領主時代から仕えてきたグレゴリーといえど、領主夫人であるシャロンに対して意見が通る事は少ない。

 そのせいで、アリシアは幼馴染を奪われ、領主教育すらも受けさせてもらえず、あまつさえ下女の真似事をさせられる始末。


 何度苦言した所で、「出て行く娘への餞ですよ」と言ってシャロンは聞く耳を持たない。


 ならばいっそと。

 グレゴリーは一計を案じた。


 すなわち、エリックにアリシアの現状を見せつけて、婚約者として苦情を出してもらい改善させようという計画だ。


 しかし、それは失敗に終る。


 確かにエリックは心配をしてくれた。憤慨もしてくれた。

 しかし――しかし、それでも彼は婚約破棄を申し出たのだ。


 それもアリシアよりも愛する人が出来たからという理由だというのだから度し難い。


 グレゴリーは神はいないのかと嘆いて、目を回し倒れたくらいだ。

 詳しいことはメイドもちゃんと聞いていないようだが、どうやらアリシアが言いくるめられたわけでもなく、納得しての婚約破棄らしい。


(可愛いうちのお嬢様のなにが気に食わないというのですか)


 思い出すだけで、アリシアを振ったエリックのことが憎らしい。

 だが、彼女も彼のことを兄として見ていたと言う。


 それならば仕方ない。


 仕方がないのだろうが、今度は旅に出たいと言い出すのだから、グレゴリーの心臓は大変酷使された。


 仮にも武術訓練を習っていた彼女の父親ならまだしも、完全箱入り娘であるアリシアが旅に出るなんて。

 それは、ただの自殺行為に思えてならない。


 グレゴリーにとってアリシアは亡き主人の忘れ形見であり、不敬ながらも父親のような気持ちで接してきた。

 そんな彼女が、思いつきのままに外に出てあっさり死ぬ未来など見たくもないし考えたくもない。


 蝶よ花よと育て続け、とても良い子に育った。

 いや、良い子過ぎたとも言える。


 彼女は貴族である自身の立ち位置を理解し、我儘を言わなくなった。

 幼馴染のメイドが遠ざけられてから、それは顕著になったと言えるだろう。


 このまま、我を封印して生きていくのでは……と、心配していた。

 ……そういう意味では、エリックの自分勝手な婚約破棄はアリシアに取って転機だったと言える。


 彼女が旅に出たいと我儘を言うとは思わなかった。


 結局の所、アリシアはグレゴリーが思うよりも両親の血を濃く受け継いでいたのだ。

 自由を知り、愛している。


 ――鳥かごの鳥が、空に憧れるのは当然なのだろう。


 グレゴリーはそう考えるしかなかった。


 ならばこそ、と旅に出るアリシアに詰め込み授業をした。

 心配だからとメモもさせ、くどくどと嫌がられるのを覚悟で注意点を言い続けた。


 そして――彼女は旅に出る。


 お粗末ながらも変装をして、こちらを見て。


 涙目だ。

 本当は止めたい。

 旅に出るなんて危険なことは辞めて、女性として幸せな家庭を築いてもらいたい。

 だが――嬉しそうに、感謝を述べる彼女を止めるのは無粋だろう。


 しかし、ふと思いついた。

 これならば、少しは心配もマシになり、最終的にお嬢様も幸せになれて良いこと尽く目では? という案を。


 なのでグレゴリーは言った。


「一年音信不通になりましたら、私はどこにお嬢様がいても見つけ出して、私の孫に嫁いでいただきますからね」


 アリシアが自分の身内となる上に、結婚して安全かつ幸せな生活を送れる妙案だ。

 しかし、当のアリシアは笑顔を少々引くつかせて頷いてる。


 ――大丈夫ですぞ。お嬢様。孫にはきつく言い含めてお嬢様が幸せになるよう尽くさせますからの。


 旅立つアリシアを見送り――グレゴリーは早速孫へと手紙を出したのだった。

閑話。これにて序章部分は終了です。

お読みいただきありがとうございました。


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 こちら『悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~』にて新連載を始めました。
 ゲームの悪役キャラ憑依物です。よろしければ、目を通してやって下さい。
 ……感想や、評価に飢えているので、何卒お願い致します。m(_ _)m
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