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閑話/グレゴリー・故郷にて



「――では、わたくしは一度下がります」


 そう奥様に告げて、私は部屋を出る。


 この後は侍女に任せておけばいいだろう。


 正直に言えば、私は奥様の事があまり好きではない。

 だから、同性でなくて本当に良かったと思う。


(そうでなければ、入浴の手伝いや着替えの手伝い……四六時中傍に控えなければいけませんからな)


 仕事である以上そこに私情を挟むつもりはないが、それでも異性で良かった。


 代わりに書類の山が待っていますが――それくらいは甘んじます。


(……最近鍛錬が疎かになっていますね)


 ここ数年、書類仕事が多いせいか鍛錬する時間が減ってきた。

 老いという逃れ得ない衰えがあるというのに、これではいざと言う時に主を守れないかもしれない。


 息を吐いて、私は自室へと戻り紅茶を入れる。


 つかの間の休憩時間。

 気に入った紅茶を飲む贅沢くらいは許されるでしょう。


 部屋の机には、領地に関しての書類各種と、手紙が数通。


 紅茶を蒸らしている間に、軽く書類の分別を始める。


(明日は領地の実務担当をしている文官との定例会でしたね)


 何か問題がないか、改善点がないか。

 そういった事を話し合い、領地経営の指針を決める必要がある。


(――まぁ、領民の声を聞く限りは、さほど問題はなさそうなので、現状維持でしょうがね)


 発展はできずとも、現状を維持する。

 それが旦那様がお亡くなりになった時に、奥様が決めた方針。

 そして、我が子――ハミル様に領地を譲るつもりなようです。


(……さて、紅茶は程よくなったようですな)


 少々思うところがあるものの、私は紅茶を入れて香りをゆったりとした気持ちで楽しむ。


 ほっと一息ついてから、次は手紙へと視線を向ける。

 交流のある他領の友人や家族――そしてお嬢様からだった。


 自然と笑みが零れる。


 ちゃんと約束を思い出してくれたようで、何より。


(あの時は生きた心地がしなくて、何度現地へ行こうとしたことでしょう……)


 少し前、お嬢様が同行した商隊が盗賊団に襲われ、彼女が行方不明と聞かされた時はそれこそ心臓が止まるかと。

 だが、それもつい先日手紙が届き、安否が確認出来たことでホッとした。


(まずはウォードの手紙から読みましょうか)


 事務的な状況の変化がまず書かれており、親族へ送る手紙というよりも報告書のよう。

 我が孫ながら、少々堅物というか真面目が過ぎるというか。


(ある意味でそれが彼の美点ではあるのですが……)


 内心苦笑しながら読み勧めていくと、信じがたい報告があった。

 お嬢様が孤児達を教育するにあたって、子供らの安全を確保するため住み込みをする事になったという。


(……あの子に子供の教育はできても……交流は出来るのでしょうか……?)


 加減を間違え、もしくは厳しくしすぎて距離を取られる未来しか描けない。

 ただ、手紙の最後には「やりがいがあって、日々楽しいです」とそこだけ私信のような文面があった。


(……案外上手くやっているのかもしれませんね)


 これをきっかけに孫がもう少し、柔らかくなってくれれば良い。


(しかし、予想はしてましたがお嬢様との仲は進展していないようですね)


 どうも”従者”という立ち位置に収まって満足しているように見える。

 せっかく手紙でアドバイスを送ったというのに。


 もしかして読んで居ないのだろうか。

 ……ありえそうだ。


 昔からあの子は、まっすぐに眼の前しか見ない。

 今回もお嬢様が誘拐されたという部分しか読んでいない可能性は大いにある。


(まぁ、そのうち読むでしょう。

 それにお嬢様の気持ちも大事です。無理に推し進める必要はありませんね)


 読み終わった手紙をもう一度しまい、次はお嬢様の手紙を取る。


 内容は孫の物と同じ部分もあるものの、あの子とは違い、日々が楽しいという事がつらつらと書かれていた。


 子供にウォードが懐かれていて羨ましいという事や、昔作ってくれた文字合わせを活用しているという、少々嬉しい報告。

 それから――弟君のハミルに会いたいねという、ちょっとした愚痴。


(お嬢様……お元気そうで何よりです)


 彼女が去ったお屋敷は、少し悲しくなるほどにいつも通り。

 もちろん、私達が”いつも通り”である事を心がけ、そう振る舞っているのもあります。


 そのかいあってか、奥様はこころの平穏を取り戻したのですから、無駄ではなかったのでしょう。


(奥様のお嬢様への仕打ちはあまりにも酷いと言わざるを得ませんでしたが……)


 それでも彼女のお陰で、旦那様やお嬢様が持ち直したのも事実。

 一度は屋敷に笑顔を取り戻してくれた、恩がある。


 ――何より、彼女は圧政をするでもなく、むやみに無駄遣いをするわけでもなく、現状維持を努めてくれている。


 それだけでも、領主一族として育てられてない人間が領地経営の権限をもったにしては良い方だろう。


(能力がなくとも、それを認めて素直に他者に任せられる人は少ないですからね……)


 そう言った意味で、奥様には感謝しているのです。


 ただ、平穏を取り戻した彼女と違い、ハミルお坊ちゃまは寂しそうにしている。

 そんな彼に、奥様は「お嫁に行ったから帰ってこれない」と嘘を教えていた。


(妥当な嘘ではありますが……)


 確かに元々そうなる予定ではあった。

 だが、お坊ちゃまはそれでもお嬢様が恋しいようで、良くお嬢様の部屋へと足を運んでいる。


 いつかは真実を教える時がくるのでしょうか。


 やるせなさと共に、紅茶を飲み込む。

 ふわりと香る匂いで、心を落ち着かせて息を吐く。


 今後の事を思えば、悩みは尽きることはない。

 それでも、娘同然のように見守ってきたお嬢様は、ここで暮らし、どこかへ嫁ぐ事になるよりも幸せそうだ。


(お嬢様が幸せなら……)


 それで良い。

 その思いに嘘偽りはない。


 あえて言うなら、盗賊退治に参加などといった危険な行為は控えてほしいですが。

 開拓領に居る以上は、ある程度は仕方ないのでしょう。


(そういえば、お師匠様というのはどんな人物なのでしょうね……?)


 とても有能で、お嬢様の命の恩人。

 そして、魔術道具作成の技術を教えてもらっているとか。


(それとなく名前を訪ねて、調査した方がいいかもしれませんね)


 一時期は一緒に暮らしていて、かつ異性だという話。

 きっちりと身辺調査は必要でしょう。


(ウォードにも探らせたほうが良いでしょうか……?)


 想像してみると、すぐにお嬢様に感づかれて叱られる未来が見えた。

 あの子に隠密行動や、隠し事をしてこっそりと、といった行動が出来るでしょうか。


(まっすぐ育てすぎましたかね……)


 人間としては好感も持てるけれど、情報収集には役に立たない気がする。


(……まぁ、万が一お嬢様に気づかれた時に、あの子が嫌われたら可哀想ですしね)


 そういう事にしておきましょう。


 苦笑しながら、もう一度軽く読み直してから手紙を封筒に戻す。


「さて、お返事を書くとしましょうか」


 子離れをするような感覚で少し寂しいが、同時に成長を感じられてとても嬉しい。

 ならば、私に出来ることは年長者としてそっと見守り続ける事。


(あぁ、かつて旦那様にも同じように手紙を書いていましたね……)


 懐かしい気持ちを抱きながら、私はペンを取るのでした。



お読み頂き有難うございます。

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 こちら『悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~』にて新連載を始めました。
 ゲームの悪役キャラ憑依物です。よろしければ、目を通してやって下さい。
 ……感想や、評価に飢えているので、何卒お願い致します。m(_ _)m
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