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閑話/イーズ・受付嬢の日常

 

 

 私の朝はそれなりに早い。


 目が覚めたらベッドから降りて、カーテンを開けて天気の確認。


(ん。今日も晴れそうね。良かった)


 天気の具合で、受付業務の忙しさが変わるけど、どうせ仕事をするなら暇よりは忙しい方が良い。

 だってその方が、時間が早く進むように感じるし、何より稼いでる気持ちになるもの。


 上機嫌で朝の支度を済ませて、家族と共に朝食。

 その後、職場の冒険者ギルドまで徒歩で移動。


 職員用の勝手口から入って、制服に着替えているとシアちゃんがやって来た。


「おはようございます。イーズさん」

「おっはよー。シアちゃん」


 互いに笑顔で挨拶を交わしながら、着替えを終えて打ち合わせに向かう。

 面子はギルドマスターと福ギルドマスター、それから私達みたいな職員達だけ。


 簡単な報告や、注意事項をお互いに確認するだけだから、そんなに時間は掛からない。


 それが終わったら、受付カウンターに向かって各々仕事の準備。


(――よし。これで準備は良いわね)


 朝と夕方は一番混む時間だ。

 気合を入れつつ、今日貼られている依頼表の内容を思い出す。


 常時ある採取依頼が数件と、魔物の被害による駆除依頼。

 それから、配達関連の依頼が数件だった。


(特殊な依頼もないし、今日もいつも通りで大丈夫そうかな)


 そんな事を考えていると、ギルドの扉が開いて冒険者達が入ってくる。


 いかに条件の良い依頼を受けれるかは、早い者勝ちだから基本的にいつも煩い。

 ちょっとした諍いも、もはや日常茶飯事。


 手早く受付業務をこなしていれば――気がつけばあっという間に昼間際。


(いやー。今日も忙しかった)


 天気がいい日は、やっぱり冒険者も仕事を受ける気になるんだろう。

 商売繁盛でありがたい。


 それに依頼というのは基本的には、困っている人の手助けだ。

 冒険者ギルドが、盛況ということはそれだけ、誰かが助かってる証拠でもある。


(うんうん。良い事だらけよね)


 書類の木札を整理していると、当然だけど自分の手が見える。

 冬ほどではないけど、この季節は汗をかくせいか肌が荒れやすい。


 でも、今の私の手はというと、何ら問題のない清潔で健康な手に見えた。


 それもそのはず。

 シアちゃん特性のハンドクリームを付けているからだ。


 彼女は受付業務だけではなく、薬や魔術道具まで作れるらしい。


(ほんと、シアちゃんって凄いわー)


 お陰様で、化粧水なども売ってもらっているからか、最近化粧ノリも良くなってきてる。

 すっぴんでも結構イケるだろう。


(こうやってキレイになってきたんだし、次は彼氏ほしーなぁ)


 二十二歳。

 嫁ぎ遅れとまでは言われないけれど、そろそろ焦らないといけない年齢。


 ……正直焦ってる。


 でも、ただ結婚したいだけなら、親が持ってくる見合い話を受ければいいだけ。


(――私は恋をしたいのよ……っ!)


 別に物語みたいな波乱万丈、燃えるような――なんてものは望んでないけれど。

 それでも、ふわふわするような、浮足立つような。


 幸せに浸ってみたい。


(でも候補がいないのよねー……)


 冒険者ギルドだけに、候補になりそうなのは皆冒険者達。

 そして彼らは、その日暮らしの人も多いし、何よりいつ死ぬかわからない。


 流石にそんな人を恋人にするのはちょっと嫌だ。

 せめて、そんなことも気にならないくらい好きになってからでないと、無理。


 けれど――それでも出会いを果たしている人は居る。


(シアちゃんなんて、なかなかいい人捕まえてるものなぁ……)


 最近見かける、彼女と一緒にいる冒険者で、執事服みたいな印象を受ける服が特徴の男性。

 冒険者の割に礼儀正しいし、言葉遣いも丁寧で、何より顔もイケメンという素晴らしい物件だ。


(……問題は二人でいる時に全く甘くないのよねぇ)


 恋人ではないらしいけれど、だからといってどこか主従関係を感じさせる空気というのはどうなんだろう。


(いや、でも主従モノも……)


 私が妄想していると、ギルドの扉が開かれてオレンジ髪のイケメンさんがやって来た。

 あれは確か、クロードさんっていう騎士隊にいる人だったはず。


(いやー、凄いなぁシアちゃんの交友関係って)


 騎士隊にいるから、貴族と言うわけではないし、兵士だけど騎士隊に所属してる平民は居る。

 でも、彼の立ち振舞を見るとそこそこ良い所のお坊ちゃんなんじゃないかな。


(それにチャラい感じだけど、美形だし、シアちゃんと並ぶと絵になるわぁ)


 あぁ、目の保養になる。

 私はによによと隣で会話する二人を見守った。



***



 全く何を考えているんだろう。


 眼の前で、ランチを美味しそうに食べるシアちゃん。

 せっかくさっきクロードさんがお昼誘ってくれたというのに、先約があるからと断って私と食事をしているのだ。


 どう考えても、さっきの場面は一緒に食事を食べるのが正解だというのに。


「ねぇねぇ、シアちゃん」

「はい? なんですかイーズさん」

「どっちが本命?」

「はい……?」

「冒険者の人とクロードさんよ」

「……えぇと、どういう意味でしょう……?」


(あ、これは分かっててはぐらかしてるなー)


 軽くからかいながら、シアちゃんとの食事を続ける。


(それにしてもやっぱり、シアちゃんって深窓の令嬢みたいよね)


 ”受付令嬢”なんて呼ばれるのも納得がいく。


 実家が商家だから、私も礼儀作法は厳しく仕込まれてるけど、彼女のとは印象が全然違う。


 なんというか……優雅というか気品があると言えば良いのだろうか。

 実家で教え込まれた、礼儀作法を守りつつも対人スキルを磨いて、いかに売り込むかという教育では培われないものだろう。


(だって、培われてたら、私だってこんな感じに優雅になれるし)


 代わりに染み付いたのは強かさなのだから、世の中は不公平だ。

 優雅さが身についていたら、きっともうちょっとモテたはず。


 昼食を終えて、ゆっくりとした午後の業務が過ぎていき、夕方の混み合う時間を乗り越え。

 今日も仕事が無事に終る。


 大きなトラブルもなく、特に酷い怪我の報告もない、なんと平和な一日の尊いことか。


(シアちゃんが仕事してくれた頃なんて、盗賊の被害が出てたものねー)


 そんな事を考えつつ、片付けを行って裏口から表通りに出ると、見覚えのある冒険者が居た。


(どうしたんだろう? 何かギルドに急用かしら?)


 内心で首を傾げていると、彼は私の顔を見るなり明るく笑う。


「どうかしました? 何かギルドに用事でも?」

「いえ、その……こ、この後の予定はどうかなと……」


 この後の予定といったら自宅で食事をとって、シアちゃんのくれた化粧品でお肌の手入れが待っている。


「予定はそれなりにありますけど……」

「そ、そうですか……」


 しょんぼりと落ち込む彼に、よく分からないまま別れを告げて歩いていく。


(――はっ。あれってナンパ……の訳ないか)


 自分で思いついては、即座に却下する。

 仮に口説いてるのだとしたら、あんなに簡単に引き下がらないだろう。


(……はぁ。モテたいなぁ)


 まぁ、仮にそうなっても今度は誰を選ぶのかという点での苦労があるのかもしれないけれど。

 でもこう……そういった事に縁がないから、憧れるものはある。


 てくてくと帰路を歩いていくと、見覚えのある人物が居た。


 水色の髪のショートカットに、女でもつい目が行くようなお胸の女性――アンだ。


(買い物帰りかな?)


 せっかくだし、声を掛けようか。

 迷ったのは一瞬。


 でも、声を掛ける前に彼女の影から、小さな女の子が出てきた。

 アンによく似た水色の髪の女の子。


(そういえば、アンは結婚してたっけ……)


 現在受付嬢をやってる私達の中で、唯一の既婚者。

 しかも子供も居る。


(……産んだの、私の今の年齢より前なのよね……)


 結婚が全てとは言わないけれど、旦那さんとも仲は良いらしいし、あんなふうに子供と楽しげに歩く姿を見れば、勝ち組だと言いたくもなる。


(……声、掛けるの辞めとこ……)


 彼女の妊娠・育児中、ギルドの受付は本当に人が少なくててんてこ舞いだった。

 特に私は就職したてだったから、何度辞めようと考えたことか。


(……でも、良いなぁ)


 遠目で見るアンと子供の姿。

 楽しそうで、幸せそうで――本当に羨ましい。


(いつか私も素敵な旦那様と……)


 結婚して、子供も産んで。

 幸せになりたいな。


 うっとりと夢を膨らませれば、気持ちも自然と上向きになる。


(――よしっ。

 明日は素敵な出会いがあるかもしれないし、仕事を頑張ろうっ)


 切り替えの早いところが私の良い所。


 軽い足取りで家に帰るのだった。



お読み頂きありがとうございます。

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 こちら『悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~』にて新連載を始めました。
 ゲームの悪役キャラ憑依物です。よろしければ、目を通してやって下さい。
 ……感想や、評価に飢えているので、何卒お願い致します。m(_ _)m
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