14/小さな畑とその番人
オズちゃんが魔術を使って調べると、これは何かが作った目隠し的な物だという。
中に入れば目隠し効果はなくなるだけで、特に害はないらしい。
ただ、中に入れば外と中の視界が共有されなくなるようので、そこだけは注意をされた。
「――さて。どうする? 入ってみる?」
「中には何があった?」
「薬草が結構たくさん生えてたぜ」
ウォードの質問にジャスさんが答える。
薬草があるというのなら、採りには行きたい。
でも目隠しの魔術を掛けているという事は、その薬草を誰にも採られたくないから隠して育ててるという可能性もある。
「害はないんですよね?」
「うん。ないわよ。視界が途切れるだけ。
さっきジャスが入った感じ、罠もないみたいだし」
「なら、入りましょう」
ウォードがあっさりと言う。
「え、良いの……?」
「森の資源は皆平等に手に入れる権利があります。もちろん乱獲は問題ですが。
目隠しの魔術をすれど、罠を用意してないという事は見つかったなら仕方ない程度のつもりなのでしょう。
根こそぎ採るような真似をしない限りは、問題ないと思います」
(そ、そうかな……?)
正直その考え方はどうなんだろうかと思う。
でも、他の二人も「そうだね」と言いたそうに頷いている。
この場では私の考えの方が少数らしい。
「まぁ、何にせよ入ってみましょ。
なんか疚しい事をしてる可能性もあるし、調べる必要はあると思う」
「なるほど……。それは確かにそうだね」
中に入る順番は、魔術の感知のできるオズちゃんと物理的な罠の知識のあるジャスさん。
その後ろを私とウォードが入る形になった。
まずはジャスさんが入り、オズちゃんが杖を構えながら入っていく。
二人が見えなくなって少し立つと、杖だけがひょっこりと出てきて、招くので私とウォードも入った。
何か膜のようなものを抜けるような感覚。
すると――眼の前にはジャスさんとオズちゃんが待っていた。
周囲を見回しても特に違和感はなく、外と変わりなく普通の森の中に見える。
「……特に変わった所はないね……?」
見回している皆を見るけど、同じような感想らしい。
特に何も言うでもなく、先に入ったジャスさんを皆が見る。
「薬草があったのはこっちだ」
そう言って、彼は歩き出す。
案内というほどの距離でもない。少しだけ歩くと、衝立のように茂みが生えていた。
その茂みの向こうを覗き込むと――そこには確かに薬草畑のような場所が広がっている。
「本当に群生してる……」
「だろ?」
私が溢すと、ジャスさんがどこか自慢げに言う。
「シアさん。どうしますか? せっかくですし、少し採取します?」
「そう、ね」
見た所かなりの量がある。
これなら、五分の一……とは言わないけど、それに近いくらい採取させてもらっても問題はなさそう。
「――せっかくだから少し採取させてもらいましょうか」
「かしこまりました」
うやうやしくウォードが頷く。
そして、ジャスさんとオズちゃんに進んでもいいか確認してから、茂みの向こう側へ歩き出した。
私も彼に続くように向かい、オズちゃん、ジャスさんも付いてくる。
「誰かが育ててるかもしれないので、あんまり採りすぎないで下さいね」
三人にそう言って私もしゃがんで採取を始める。
葉の状態は良く、これなら少量でも効果の高い薬が作れそうだ。
(これは見つけてくれたジャスさんに感謝しないと……)
そんな事を考えていると芋虫を見つけた。
黒・緑・黄色の縞模様の一般的な芋虫だと思う。
(えぃ)
食べていた薬草の葉から、ぽいと落として手近な石で叩き潰す。
可哀想だけど、農産業が生業である我が領地では、芋虫は天敵だった。
せっかく育った野菜を食べてしまうんだもの。
なので見かけたら、退治は基本。
特に今回は数の減っている薬草についてる虫。
見える範囲くらいは退治したほうが良いと思う。
「きゃっ!?」
オズちゃんの悲鳴が上がる。
「どうした!?」
「何か居たか!?」
すぐにジャスさんとウォードが立ち上がって彼女を見た。
私も見たけど……多分原因って……芋虫じゃないかな。
一緒に暮らしてから知ったことだけど、彼女は虫が大の苦手。
小さな蜘蛛でも、びっくりしておっかなびっくり離れていく程だ。
いつもそんなに虫が苦手なのに、森に行けるなぁと感心してる。
彼女曰く「見えなきゃ大丈夫」らしいけど……。
「ご、ごめん……な、なんでもないわ」
そう言ってオズちゃんは私の方へ寄ってきた。
「……大丈夫ですか?」
「な、なんでもないって言ってるでしょ!!」
ウォードの質問に、つんとそっぽ向いて答えるオズちゃん。
その姿はどう見ても「何かありました」と言っている。
(……多分、苦手なのを知られたくないんだろうなぁ)
「とりあえずオズちゃんは、休憩してて。ついでだから周囲を警戒しててくれると嬉しいな」
「え、えぇ。良いわよ」
ぎこちなく笑みを浮かべて言う彼女を確認してから、今度は男性二人の方を見る。
「二人共、芋虫が薬草の葉を食べてるみたいなのでついでだから採取する前に退治してもらえます?」
「分かった。潰せばいいよな?」
「はい。問題ないかと」
後ろで若干、オズちゃんが小さな悲鳴を上げた気もするけど……まぁ、仕方ない。
少し離れて見ないようにしてもらおう。
「――あ。結構いますね」
「なんで薬草食ってんだろ。薬草って基本そのままだと苦いから、残ってんのにな」
確かにジャスさんの言う通り、大多数の薬草は生のままでは苦い。薬にしても苦いことが多い。
そのため、動物たちもやたらとは食べず、虫もあまりつかない。
代わりに怪我をした時には、諦めて食べたりして身体を癒やすのだ。
動物達の本能って凄いと思う。
(でもそう考えるとやっぱり変ね)
基本的に虫は薬草につかない。
虫にとって毒である事も多いし、匂いが苦手な場合もある。
農家にはそれを利用した防虫剤があるのだから、効果は実証済みだ。
しかし良く見てみれば、結構な量の薬草が、芋虫によってかじられているみたい。
もちろん薬草と言っても、種類によっては防虫どころか逆に被害を受ける事はある。
それでも水薬によく使うこの薬草は、基本的に虫が苦手とする部類の植物のはずだけど……。
(……開拓領特有の種……かな?)
そんな事を考えながら、無心で芋虫を探しては潰していく。
その度に、背後でオズちゃんの悲鳴が聞こえてくる。
(ごめんね、オズちゃん。――どうにか見ない方向で頑張って)
心の中で無責任な応援をしつつ、虫退治に勤しんでいると、何かが地面で動いた気がした。
なんだろうと思うと、小さな人間……のような生き物がこちらを見ている。
(……なんだろう。髭も生えてるし……小人のおじいさん?)
昔絵本でそんな感じの本を読んだ気がするが、これが何なのか良く分からない。
帽子をかぶっているし、服もちゃんと着ている。
つまりは知性と文明があるのだろうか。
「……えっと、こんにちは……?」
私が話しかけるとおじいさんは少し驚いた後、私の方へ近寄ってきた。
『おんし、見えるのか』
どういう意味だろう?
『まぁ良い。そこな芋虫共を退治してくれたのは礼を言う。
何度倒しても寄ってきよって……邪魔くさいったらありゃせんわ」
どうやらこの芋虫に被害を受けていたらしい。
「あの、もしかしてこの薬草を育ててたりします?」
『おうよ。ドライアードとの契約でな』
残念。育ててる人がいるなら、採取は出来ない。
諦めて帰るしかないか。
(――でも、芋虫退治したし、少しくらいならもらえるかな?)
少しくらいなら対価としてもらっても良いような気はする。
「あの、おじいさん。芋虫退治をするので、少しだけ薬草分けてもらえませんか?」
『なぬ?』
「たくさんじゃなくても良いです。頂けるなら、今見える範囲は虫退治手伝いますよ」
『ふむ……』
少し考えてから、おじいさんは「ちょっとだけなら」と許可をくれた。
これで憂いなく芋虫退治が出来る。
私はせっせと報酬のために、無心で駆除を続けることにした。
お読み頂き有難うございます。