11/孤児についての報告と修行の具合
(森歩きは久しぶりだね)
そんな感想を懐きながら、森の中をずんずんと進んでいく。
夏の日差しは木の葉が防いでくれるので、比較的涼しい。
さらに念の為と保冷石を包んだスカーフもあるので、暑さ対策は万全だ。
最近は魔石事件もあったし、子供達の教育やギルドの仕事ばかりしていて、街の外に出ていなかった。
素材も底をついてきたし、そろそろ採取に出かけたほうが良いかもしれない。
今後の予定を考えながら歩いていると、目的地が見えて来る。
少しだけ開けた森の中、組み手を行うお師匠様とジャスさんの姿が見えた。
今のお師匠様は人間の姿なので、そろそろ街に来るかもしれない。
そんな事を考えながら邪魔にならないよう、修行が一段落着くまで見守ることしばし――
「――じゃ、そろそろ休憩にしましょ」
そう言って金髪をなびかせながら、お師匠様が私の方へ振り返った。
予想はしてたけど、やはり居るのに気づかれていたらしい。
「お師匠様、ジャスさん。こんにちは」
「こんにちはシア」
「……こんにちは」
挨拶を交わしてから、私は手にしたバスケットを見えるように持ち上げ二人に微笑む。
「軽食にサンドイッチを用意したので、いかがですか?」
* * *
適当な木陰に、以前使った布を敷いて三人で座る。
二人にバスケットからサンドイッチを取り出し、それぞれに渡す。
「ありがとう」
「んじゃ早速……」
美味しそうに食べてくれる様子に満足しつつ、木筒からお茶を取り出して二人へ手渡す。
「あら、気が利くわね。しかも冷えてるし。例の保冷石?」
「そうなんです。木筒の底に取り付けてみたんですよ。飲み物冷やせて良いかなと思いまして」
「なるほどね。いいアイディアだと思うわよ」
――褒められた。
それだけで胸が弾む。
……顔がにやけてる気がする。
「そ、そういえば子供達なんですけど――」
褒められたことは嬉しいけど、その事に注目されるのは恥ずかしい。
慌てて新しい話題を持ち出して話を変える。
最近の子供たちの様子。
クロード様が視察に来たこと。
木本や絵合わせ。それからウォードが保護者として住み着くことになったこと。
「あいつらは元気なんだな」
「はい、大丈夫ですよ」
一番気にしてるだろう事に笑顔で答える。
それに合わせて、バスケットから布にくるまれた板を取り出す。
「こちら文字が書けるようになった子供達からの手紙です。
時間がある時にでも読んで上げてください。お返事はいつでも大丈夫です」
そう言って渡す。
はにかむように微笑むジャスさんを見て、私も嬉しくなった。
そして出来れば子供達のためにも、お返事は早く書いてあげて欲しい。
微笑ましい気持ちで見ていると、ジャスさんが恥ずかしそうにそっぽを向いたので、苦笑しながらお師匠様に話しかける。
「そういえば、以前はレンジャーっていう職種の修行をしてると言ってましたけど……今は違うんですか?」
「あぁ、そっちの方は一段落ついたから、今は戦闘訓練がメインね。
さっきのは無手での近接戦。他にも武器を扱った戦い方とかもやってるわね」
「なるほど……」
話を詳しく聞くと、今は弓の修行をしているらしい。
最近の夕食は彼の狩りの成果になっているとか。
言われて指さされた先を見ると、血抜きのために鳥が数羽吊るされている。
「狩りができるのは凄いですね。
……でもさっきまで接近戦の組手してませんでした?」
「当然でしょう? 弓持ってる場合はスペアの武器なんてせいぜいナイフくらいだし。近寄られた時の対策は必須。
何よりジャスも貴女も、外で絶対に血を流しちゃいけないのちゃんと分かってる?」
「だ、大丈夫です」
魔力の属性が多かったり、魔力容量が大きいと魔物に襲われやすくなる。
普段は羅喉石で隠せるけど、怪我をしたりして血を流すとそれに誘われて寄って来てしまうのだ。
そうなると、魔物によっては自分達だけの問題ではなくなってしまう。
「そのための遠距離攻撃と、近寄られた時の対策よ。
万が一はいつでも起こるけど、出来うる限りの工夫と対策を練るのが大事なの。
何度も言うけど、絶対に森の中で血を流すんじゃないわよ?」
目を三角にして忠告――というより警告をするように。
顔が綺麗な分険しい顔をすると、迫力がある。
(怖いですよ、お師匠様。せっかくの美貌が台無しです。
心配なのはよく分かりましたから)
ジャスさんの方も、よく言われているのか少々うんざりした顔をしている。
そろそろ話をそらしても良いよね……?
「えぇと、それではジャスさんの基本武器は弓になるんでしょうか、お師匠様」
「――まぁ、そういう事になるわね。もともと適正もあるみたいだし」
「なるほど……」
以前ジャスさんと約束した時を思い出す。
――彼の使う武器を作る。
そう約束したのだ。
(……武器は弓で作れば良いのかな)
どんなのが良いだろう。
彼の扱いやすい大きさも確認しないといけない。
(ジャスさんは魔力容量が大きいんだし、せっかくだからそれも活用出来るものが良いよね)
そんな事を考えると、思わず頬が緩んでしまう。
どうせならこっそり内緒で作りたい。
お師匠様に相談してみようか。
そんな事を考えていると、ジャスさんがいつの間にやら居なかった。
「あれ? お師匠様ジャスさんは?」
きょろきょろと周囲を見てから尋ねると、お師匠様は呆れ顔で私に言う。
「……貴女また人の話聞かないで考え事してたの?」
何度かお師匠様に注意された私の癖だ。
……しかし、無意識に考え事に没頭してしまうらしいので、どうにも改善が難しい。
今回も確かに考え事をしていた。
そのせいで何か聞き逃しをしていたのだろう。
「も、申し訳ありません」
「ぼんやりしすぎよ。特にここは街の外なんだから気をつけなさい」
「はい……」
項垂れる私を見てもう一度ため息をついてから、お師匠様は血抜きしている鳥を指さした。
「あの鳥は子供達に持っていって欲しいって。
代わりに今日の夕飯の獲物を、もう一度狩ってくるって言って、あの子は行っちゃったわよ」
「あぁ、なるほど……」
子供達はきっと喜ぶだろう。
お肉がたくさんある事もだが、ジャスさんからの贈り物と聞けばそれ以上の意味がある。
と、そこでふと思い出した。
最近ジャスさんの借金はどうなっているのだろうか。
子供の事で大分初期よりも増えたはずだけど……。
「そういえばお師匠様。その、言えないなら良いですし、細かい数字で答えてくれなくても良いんですけど……。
ジャスさんの借金ってどれくらいなんでしょう?」
そもそも聞いていなかったため、どれくらいなのかが分からない。
ふとそんな事を思い出して、お師匠様に聞いてみる。
――彼の借金は三十万Gだった。
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