10/孤児の安全を確保しよう
クロード様や冒険者ギルドから、営業許可を得てから日々は過ぎていく。
子供達の教育は順調だ。
接客に関する事、計算に関すること、文字に関すること。
皆で考えたカリキュラムが良かったのか、それとも勉強への意欲の賜物か。
何はともあれ、予想よりも順調に進んでいると思う。
そんな忙しいながらも穏やかな日々だったが、世間では大騒動があったらしい。
魔力の籠もった石――魔石を積んだ馬車が、運んでいる最中に転倒してばら撒かれてしまったという。
当然魔石は、魔物を呼び寄せる。
護衛の人達は必死に頑張ったらしいのだが、結構な被害が出たと後々聞いた。
そのせいで一時期、一定ランク以下の冒険者に依頼が出せなくなったというのだから、被害の大きさも相当だ。
高ランクの冒険者や、騎士団がせっせと魔物退治を重ねて行って、ようやく事態が収拾したのがつい先日。
そして季節は初夏から本格的な夏になる。
* * *
「やー。ここは涼しくて天国だね」
そう言って笑うオレンジの髪のクロード様。
今日は視察をさせて欲しいというので、子供達の住んでいる家にやってきた。
真夏に暑いままだと体調を崩す子が出てくる可能性を考えて、ある程度は保冷石を置いているから建物の中は涼しい。
この間ヴィオレさんが、桶に水と保冷石を置いて高い所に置くと、とても涼しいと発見した。
こういう風に実際に使ってみて、使い道を考えてくれる人がいると今後の新作開発や改良・改善に助かりそう。
「いらっしゃいませ」
そう言って、ヴィオレさんがお茶をもってやってくる。
姿勢も笑顔も申し分ない。
(うんうん。流石ヴィオレさん)
思わず感心してしまう。
……最近、オズちゃんに「親バカ」と呼ばれるけど、実際頑張ってるのだから褒めて問題はないはず。
「あぁ、どうもありがとう」
「失礼致します」
そう言って去っていく。
少し前まで孤児だとは思えないほどに、堂に入った動きだった。
「……ずいぶんとまぁ、しっかりしてるね」
「はい。基本的に礼儀作法はウォードさんが教えてくれてるので」
私が答えると「なるほど」と言ってクロード様は頷く。
グレゴリー仕込みの従者教育は、しっかりとウォードさんの中で根付いているようだ。
厳しすぎて、一部の子供からかなり嫌われてはいるようだが、彼の成果がこうして出てる以上頑張ってもらいたい。
「そういえばこの間の魔石事件がようやく落ち着いたそうで、お疲れ様でした」
「あぁ……あれね。ほんっと疲れたよ……。
ぬかるんだ地面のせいで、馬車が横転したらしくてな。
ちゃんと雨季が終わって地面が乾くまでは、馬車で魔石なんかの魔力がこもった品の搬送は禁止してるってのに……。
馬鹿な商人が早く納品しろって、急かしたらしいんだよ」
「そういえば、今年の雨季は少し長かった、って言ってましたものね」
「天候はどうしようもねぇってのになぁ……。
まぁ、納品日を契約できっちり決めてあったのが原因なんだろうけど。
少量なら問題ないとか考えるのはほんっとう止めて欲しいよ」
盛大にため息を付いて、お茶を飲むクロード様。
「――それで、えーっと孤児たちへ教育をしてるってのは聞いたけど、具体的に今はどんな感じなんだい?」
「そうですね……進捗としては、今一番小さい子が五歳なのですが、その子以外は皆二桁の計算ができるようになってきました。
文字に関しても基本文字に関しては、皆読めるようになっています。多少書くのが苦手な子がいるんですけど……」
「簡単に言うけど、そこまで出来るようになったのにそこまで期間経ってないよね? 何やってるんだい?」
「もともと計算に関しては、ジャスさんがある程度教えていたみたいなのでそこまでは……」
言われてここ数ヶ月を思い出す。
最初のうちは手探りだったし、ウォードさんの礼儀作法以外はあまり成果も上がらなかった。
ジャスさんの場合は教えるのが上手であること、信頼されていること、そして明確なメリットが提示されたのが大きいのだろう。
そう考えて、オズちゃんに相談をしたところ、「ご褒美を用意したら?」という話が出た。
ご褒美と言っても、そこまで立派な物じゃない。
夕飯に好きなご飯を作ってあげる権利とか、ちょっとしたオヤツをあげるとか、そんな些細なことだ。
「――なるほどね。まぁ、確かにただ”覚えろ”と言われても覚えるのは辛いよな。
教育の意味や褒美で釣るわけね」
「……もうちょっと言い方を」
間違ってはないけれど。
なんだか悪いことをしているみたい。
むっとしてジト目で見ると、クロード様は「悪い悪い」と言いながら笑って流す。
それに対してため息を付いてから話を続ける。
「それから、文字に関しては本の代わりに木の板に絵と文字を描いて、それを読み上げながら見せるという形で小さい子達には馴染んでもらってます。
便宜上名前は”木本”と呼んでますね」
「へぇ。面白い試みだね。実物見せてもらえる?」
「構いませんよ。――ヴィオレさん。木本を持ってきてもらえる?」
「分かりました」
廊下の辺りで待機してるだろう彼女に声を掛けると、直ぐに返事が帰ってくる。
そして目的の物を持って帰ってきた。
「こちらになります」
「ありがとう」
そう言って見始めるクロード様。
……ってちょっとまって。
「あの、ヴィオレさん。なぜ試作品まで持ってきたの……?」
「必要かなと思って」
あれは私が最初に描いた試作品。
私に絵心は無いとはっきり自覚させられた、悪夢の一品とも言う。
こっそり隠して置いたのに何故……!?
「ん? これがどうかした?」
そう言って試作品の木本を片手に言うクロード様。
「え、あの……その、それは試作品なので拙い点が多くて……人様に見せれる品ではないというか……」
「味があっていいと思うけれど……。子供が描いたんだろ?」
違います。それは大人の私が描きました。
そうですか。子供の絵と勘違いされるレベルですか。……分かってましたとも。
「でもこっちの木本は絵柄が違うな。どうしたんだい?」
「それは、その……余りに試作品の絵が……」
もにょもにょと口ごもる。
私の描いた絵は子供に呆れられてしまい「じゃあ、自分が描く」と言い出した子に任せた結果、二作目からはその子の絵になっているのだ。。
「こ、子供の中に絵心がある子がいまして、その子が描いてくれてるんですよ」
「へー。そりゃ稀有な才能だから伸ばして上げたいね」
描いたのが誰かよりも、子供の才能の方に関心が移ったらしい。……良かった。
私個人としては絵以外にも、音楽の才能がある子がいるかもしれないし、楽器もやらせてあげたい。
ただ、楽器は高いので、中々手が出せないのよね。
「他にも文字の覚える方法は工夫してるんですよ」
とりあえずこれ以上木本の絵に関して注目されないように、そのまま他の話題へと移す。
「へえ。例えば?」
「絵合わせですね。遊び感覚で文字に触れ合ってもらおうかと」
「? 何だいそれ」
絵あわせというのは、文字の頭文字に合わせた絵を木札に描いて、読み手が描かれている絵を読み上げた所で、該当する木札を取る遊びだ。
文字を探すことで文字の形。それから絵と連動させることで、物の名前を覚えてもらう事も出来る一石二鳥の一品。
何枚か文字だけのを用意して、文字の組み合わせで言葉を作ったりする遊びもできる。
これを作るに辺り、最大の的は誰が絵を描くかだった。
木本の試作品という、悲しい犠牲を乗り越えなければ完成しなかったとも言う。
「そんな物があるんだ」
「はい。――といっても私が考えたのではなくて、私の教育係だった人が私にくれた品なんですけどね」
「なるほどねぇ……。所で、木本なんだけどこのアイディア借りてみて良いかな。
領で経営してる孤児院でも出来そうなら、子供の仕事の幅も広がるし」
「御自分で用意する分には構いませんよ。
ただ――特にその試作品を持ち出すことは許可は出せませんね」
私の絵心の無さが広がってしまう。
「あはは。分かったよ。こっちで適当に描けそうな奴に声を掛けてみる。
基本的には内容が分かれば良いんだし、そんな立派なもんじゃなくても良さそうだしな」
「えぇ。子供が見るものなので分かりやすさが大事かと」
その後もお茶をしながら、子供達についての話を続けた。
私としても子供達は凄いのだと言うことを、人様に話せるまたとない機会だったものだから、ついつい話が弾んでしまう。
結構な時間が経った頃――流石にそろそろ帰らないといけないとクロード様が席を立った時だった。
「あー……そういえば、彼ら外に出る時に何か不満を言ってなかった?」
「不満、ですか?」
「ちょっとこの間、巡回の途中で見たんだけど子供だけで固まって行動してるのが周囲から浮いててさ。
……なんて言えばいいかな……。こう、不審がられてるというか……」
その事については以前、ウォードさんやオズちゃんからもやんわりと言われた事がある。
外に出てると比較的良く目にする光景なのだろうか。
私が子供たちと一緒に外に出る時は、冒険者ギルドに行く時くらいなので実感がなかったけど……。
「やっぱりそうなんですね……。
最近は子供達も気になってるのか、外に出たいけどあんまり出たくないみたいなことを良く聞きます」
多分大人――保護者が傍にいれば問題ないのだろうけれど。
彼らの保護者であるジャスさんは奴隷の身分になっているし、そもそも傍にはほとんど居られない。
「それとこの家は、子供達だけで暮らしているみたいだし、少し気をつけたほうが良いと思う。
子供だけなら脅せば簡単に家に居座れると考える奴も出るかも知れない。
そうでなくても、今後この家で店を開くつもりなら、何か対策をしたほうが良いよ」
それから、その原因として服も上げられた。
一応古着だが、比較的良いものを選んだせいで余計に悪目立ちしてるとか。
最近は姿勢等が改善されたから良いものの、盗んだものではないかと当初は騎士の中で噂になっていたらしい。
「――色々とご忠告ありがとうございます」
「いや、頑張って欲しいからさ。それじゃまたね」
そう言ってクロード様は帰っていった。
* * *
その後、クロード様からの忠告や現状周囲からの視線を考慮して、保護者件護衛を置くことになった。
私としてはジャスさんが一番理想的なのだが、流石にそういうわけにもいかない。
かといって、私やオズちゃんでは女性なので心もとない。
最悪誰かを雇う形に――と言う所でウォードさんが挙手してくれた。
食事と寝床があるなら低賃金で構わないと言ってくれたが、さらに彼は追加で条件を出した。
条件は唯一つ、雇う形になるのなら私からの「さん付け、丁寧な言葉づかい」の廃止。
……そこまでして、従者という形に拘る彼の気持ちが良く分からない。
ただ、子供達の事を考えると断るという選択肢はなかった。
こうしてなし崩しに、やっぱり私はウォードの主人になることになってしまった。
お読み頂き有難うございました。