09/冒険者ギルドでお伺い
比較的空いてる時間帯を狙って、冒険者ギルドへ向かう。
予想通り人はまばらで、受付嬢のみんなは暇そうにしていた。
私が近づくと、イーズさんが顔を上げる。
「あっれ。シアちゃん? どうしたの?
今日は仕事お休みでしょ? 依頼でも受けに来た?」
いつも明るい笑顔のイーズさん。
その隣で、優雅な微笑みを浮かびながらアンさんもこちらを見ていた。
(……少し心苦しいけど、言わないわけにはいかないよね)
少しだけ戸惑いながらも口を開く。
「あの……その、ちょっと自営業を始めるので、もう受付嬢のバイトが出来なくなりそうなのでその――」
「その話をしに来た」と言い切る前に二人は音を立てて椅子から立ち上がり、がんっと『離席中。しばしお待ち下さい』と書かれた看板を叩きつけるように置く。
そして素晴らしい動きで駆け寄ると、力強く私の両肩にそれぞれ手を置いて詰め寄ってきた。
二人共細身の女性なのだけど、掴む手はかなり強い。
逃すまいという気合が、普段よりも力を与えているのだろうか。
「ちょっとお話しましょうか」
「えぇ。大丈夫。時間はたっぷりあるわ」
「じっくり話し合ってみましょう?」
「私達友達ですものね?」
このにこやかながらも圧のある笑顔から逃げる術を、未だに知らない。
――やや強引に拉致されるがごとく、応接間の方へ連れて行かれた。
* * *
お師匠様にお店の事を相談し、クロード様の話を伝える。
レシピの売買は断られるかなと思いきや、思いの外問題なく許可をもらえた。
数日かけて、お師匠様のアドバイスをもらいながら、普通の魔術道具師向けのレシピに改良していく。
普通の魔術道具の作り方も、基本的な理論だけは以前の修行の一環として教えてもらっている。
なので改良自体はそこまで難しくはない……のだけど、コストを下げるために必要な材料というのが難しい。
「ウンディーネの力を借りる」のというのが、一般の魔術道具師に出来る事ではないらしいので他の代用品が必要なのだ。
だからレシピの改良をするついでに改善も加えた。
今の保冷石は基本的に使い捨て。
私が作るのであれば材料費がほとんど掛からないので、それで問題がなかったから。
でも普通の魔術道具師が作ると、一般に普及するには高すぎる。
なので使い捨てではなく充填式にした。
これなら、充填代金を支払えば何度でも使えるという形になるので、初期投資を安くしたり、もしくはその逆も出来る。
少し高くても「何度も使えるなら……」と購入してもらうのが目的の改良にしてみた。
ついでなので自分のレシピの方でもその改善を加えて――とりあえず完成。
それをクロード様に渡して、彼の伝で魔術道具師に実際に作れるかどうか精査してもらう。
その上で、コストや作業時間等を考慮した値段を設定してもらい、私もその値段で販売する予定になっている。
多分圧倒的に私の作る方がお金掛からないから、私だけが有利な気もするけど……こればっかりは技術がそもそも違うので難しい。
それに実家ではあまり感じなかったけれど、やはりお金というのはとても大切だ。
稼げる時に稼がないと、いざという時に困る。
(扶養家族とは違うけど、子供達にお給料も払えるようにしないといけないし)
そう割り切って待つこと数日。
クロード様から問題なく保冷石のレシピが作成可能だと連絡が来た。
(これでお店を開店する条件は整った……)
後は実際に営業に向けての、在庫作成と子供達に接客や道具の扱いの教育。
そして――冒険者ギルドへの退職願いだ。
正直最後が一番の難関だと思う。
精神的に一番来るというか……最初に勧誘された時の歓待具合を考慮すると、一筋縄ではいかない気がしてならない。
(……それに皆に負担をかけたいわけでもないのよね……)
億劫な気持ちになりながら、私は冒険者ギルドへ向かった。
* * *
応接間に通され、ここに来るまでの事をぼんやりと思い出しながら、私は萎縮していた。
ついでに今日こそ、ウォードさんに付いてきてもらうべきだったと後悔している。
(でもなんとなく、居ても私と同じような感じになりそうだな……)
現実逃避をしていると、紅茶がことんと私の前に置かれた。
「――さて。シアちゃんお話を伺おうかしら?」
アンさんが微笑みながら言う。
彼女はおっとりとした雰囲気に反して容赦ない。
冒険者の方にも、不備があれば容赦なく断罪するかのごとく切り捨てる。
そのせいか影で絶対に逆らってはいけない受付嬢のナンバーワンと言われてるとか。
(……初めて聞いた時は「そんな馬鹿な」と思ってたけど……。少し気持ちが分かる……)
「自営業と言っていたけれど……どんなお店を始めるのかしら?」
「そうそう。私達、商家の娘だしお手伝い出来るかもよ?」
「あ、あの……受付嬢が居ないと、ギルドの運営に問題が出るんじゃ……」
せめて一人でもこの圧を減らしたい。
そう願って言う。――しかし相手は私の予想より手強かった。
「大丈夫。さっきギルドマスターに押し付――頼んできたから」
今押し付けって言いかけましたよね……?
ギルドマスターは元冒険者の中年男性で、怖そうな外見の割に、おおらかで皆に親しまれる人柄だ。
だからといって威厳がない訳ではなく、むしろ一部からは恐れられているのだけど……。
(そんな人に業務を押し付けてきたんですか……)
だが、今の気迫の彼女達はお師匠様でさえ、押されかねない。
ギルドマスターもそうだったのだろう。
「さぁさ、話して頂戴? そもそもどんなお店を始めるつもりなの?」
「あの髪の美容液なら、卸してくれればうちで委託販売しても良いよ?」
「いえ……その、それだけじゃないので……なんて言えば良いんでしょう……魔術道具屋さん的な……?」
キランと二人の目が光る。
「そういえば魔術道具も作れるのよね、シアちゃん。
それならレシピを売って、他の人に作ってもらう量産体制というのもありじゃない?」
「うちの実家は美容系に強いし、髪の美容液以外にもあるならじゃんじゃん仕入れるよ?」
ぐいぐいと、商機を逃さんとばかりに微笑みながら迫る。
これが商売人に必要な資質ならば、多分私は商売人には向いていない。
「えぇと……その……順を追ってお話しますね」
クロード様に説明したように、孤児を預かり教育を始めていることを伝える。
その生活費を稼ぐため、そして子供達にも給金を払えるようにするために自営業をしたいのだと。
「――なので受付嬢のお仕事をしていると、子供達から目を離さないといけませんし……。
それにお店を始めたら、子供達だけで対応出来ない時もあると思うので、責任者としてやはり家にいないといけないかなと」
事情を説明すると、二人は黙り込む。
そしてお互いに視線を交わしつつ紅茶を飲んだ。
気配からして、恐らく打開策を考えているのだろう。
以前受付嬢の仕事を受ける前に、相談に乗ってもらった。
その結果が受付嬢のバイトではあったけど、私はあの時に相談に乗ってもらって良かったと思っている。
だから、今回も何か良い手段が残されているならばそれでも良いなと、少しだけ期待していた。
ややあって、考えが纏まったのかイーズさんが口を開く。
「――よし。これはどうかしら?
その店舗とは別に冒険者ギルドの受付に支店を用意するの。
貴女がこちらでバイトの時は、支店が開店。お休みの時は本店で開店するの」
「当然、従業員として子供達を受け入れる準備はこちらで用意するわ。
何より文字が読めて、まだまだではあるけど、計算ができる子達なのよね?
むしろ、うちでバイトしましょう。そうしましょう。
最初は手間が掛かるかもしれないけど、鍛えれば良い戦力になるはずよ。
そしたら、本店がお休みの時も子供達の面倒を見る必要がないから、シアちゃんも自由に行動出来るでしょう?」
イーズさんがにっこりと。
アンさんがとても良いアイディアだわと言いたそうに。
「「だから受付嬢のバイトは続けましょう?」」
――結局はそこに落ち着くんですね。
思わず苦笑してしまう。
しかし子供達のバイト先が出来るのと、お店をこちらでも開く事が出来るのはありがたいかもしれない。
「確かにそれなら良いと思います。一応みんなに確認は取らないといけませんけど……。
――でも、そういった事はギルドマスターの許可が必要なのでは……?」
「安心しなさい。いくらでも脅――許可をもぎ取れるから!」
「えぇ。弱み――誠心誠意お話すればギルドマスターも笑顔で頷いてくれますわ」
……なんだろう。聞いてはいけない言葉が聞こえたような。
そしてその後、二人は有言実行を果たし、私は支店を開く許可を頂いた。
ありがたいけど、ギルドマスターへの憐憫が止まらないのは気のせいだろうか。
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