08/まずは営業許可について
「やぁ、シアちゃん。
俺に会いに来てくれるなんて珍しい……ね?」
意気揚々と現れ、だんだん語尾が小さくなっていき、最後には首をかしげるクロード様。
そして盛大にため息をついてから、視線を私の後ろへと向ける。
「見つかっちゃったんだ?」
「えぇ。残念ながら」
「私にとっては幸運でした」
クロード様の言葉に同意する私と、嬉しそうに言うウォードさん。
今日クロード様にお店を開くことについての相談をしようと話したら、付いてくると言って聞かなかったのだ。
なんだかなし崩しに主人にされそうで嫌だったけれど、契約関連となると私だけでは少々心許ないのも事実。
その辺りを突いて説得され、折れるしかなかった。……別に今日の今日相談する訳じゃないのに。
「あの、夕方とか、そもそも今日でなくても良いのですけど、少々相談したいことがありまして……。お時間を頂けませんか?」
まずは前もっての面会予約。
いきなりこちらの話を聞いてもらうのは失礼だし、目上に対する態度ではないもの。
「夕方……食事しながらでもいいのかな?」
「はい。構いません。
ただ……その、余り人は居ない方が助かるかもしれません」
こちらとしては出店に関して、その権利取得と必要な書類などが聞ければ問題ない。
でも、もしかしたら領主一族としての視点で彼が話をしてしまうかもしれないし……。
身分を隠してるクロード様がそんなミスを犯すとは思えないけれど、念の為に可能性を排除しておく方が良いと思う。
「……」
「……」
何故か照れるクロード様と、無言の圧力を感じる笑顔のウォードさん。
「何か問題でもありました?」
「いや、そうじゃなくて……」
言いながら彼は、ちらりとウォードさんの方を見る。
「安心してください。当然私も同席致します」
「デスヨネー。ウンワカッテタ」
妙に片言で言いつつ、ため息を一つ。
「はー……。うん。大丈夫。問題ない。
それじゃ、夕方の鐘が鳴ったらここで待ち合わせでも良いかな?
早い方が良いんだろう?」
「はいっ。ありがとうございますっ」
* * *
思いの外早く予定が組まれたので、慌てて手土産を用意し、約束の時間に騎士団の詰め所に向かった。
騎士団前まで行くとすでにクロード様が待っており、付き添ってもらう形でまた領主邸を歩く。
(……一般人がこんな簡単に入っていいのかしら?)
とはいえ「人は居ない方が助かる」と言った手前、とりあえず従うしかない。
もともと人払いがされているのか、あまり人とすれ違うこともなく客間へと通される。
以前通された部屋と同じく、この部屋もとても品が良い。
「所でシアさん。以前お話した件はどうでしょうか」
二人でクロード様を待っていると、おもむろにウォードさんが声を掛けてきた。
一瞬何のことだろうかと考え――
「――えっと……パーティを組みましょうという話?」
「はい。オズさんとご一緒なのは理解していますが、お二人ともどちらかといえば後衛ですよね?
ならば、私が前衛としてお二人の壁となりたいと思うのです」
「それは助かるけど……私達はそこまで積極的に依頼を受けてないし……」
冒険者の身分自体、どちらかと言えば街の出入りをスムーズにする手段に近い。
当然、指名依頼なんてものもないから、受ける依頼なんて薬草採取くらいなものだ。
「護衛として雇っては頂けないのでしょう?
従者にして下さいとまでは言いません。
しかし、危険が絶対にないと言い切れない街の外に出るのであれば、同行したいのです。
もちろん、陰ながらお守りして良いというならそれでも構いませんが……」
陰ながらって……貴方は仕事をどうするつもりなんだろう。
どこから給金を得て生活するのか……。グレゴリー辺りが出しそうでなんだか怖い。
「ちなみにすでにオズさんには許可を得ております。
やはり彼女も前衛が不足してることを気にしていたようです」
すでに先手を取られてる。
仕事が早いのは素晴らしいけど、こういう時に発揮しないでくれませんか。
「……分かりました。では今後はパーティの一員という事で」
「では、その丁寧な口調を改めて頂きたいです。他人行儀ですし、さん付けもいりませんとも」
「貴方が口調を改めて、私を呼び捨てにしたら考えます」
「……」
ものすごく熟考している。
なし崩しに主人にさせられる予感が消えないのは、気のせいではないだろう。
そうこうしていると、ノックが響きクロード様が入ってきた。
今は青い髪なので”貴族”としての扱いなのだろう。
挨拶するべく、席を立とうとしたけど、軽く手をあげてそのままでいいと制される。
「さて、まずは世間話でもしながら食事をしようか。
そっちの彼も一緒にどうぞ」
クロード様がそう言うと、扉が開いてワゴンを押した給仕が入ってくる。
立っていたままのウォードさんが席につくと、前菜から運ばれてきて食事が始まった。
とりあえず話題として上がったのは、ウォードさんについて。
それなりに迷惑をかけた自覚はあるそうで、クロード様に謝ったり、どこか自慢気にパーティを組んだことを報告している。
私の方もこの辺りの雨季と初夏の気候について聞いてみたりと、中々楽しい食事を過ごした。
「――とても美味しいお食事でした。
クロード様。ありがとうございます」
食後の紅茶とデザートを頂きながら、お礼を言う。
「いやいや。こっちも親父と二人だけの時や、一人で食事することのが多いから誰かと一緒に食べるのは楽しかったよ。
それに食事を楽しんでもらえたなら良かった」
「さすが辺境伯のお屋敷です。素晴らしい水準の食事でした」
「褒められて悪い気はしないが、もう少し堅苦しいのを止めてくれないか? 正直面倒くさいんだが」
「そういえば、今日は青い髪ですのに、口調が砕けていますね」
「知ってる人しか居ないからね。堅苦しいのは苦手なんだよ」
苦笑して肩をすくめながら言う。
それでも、領主一族として盗賊討伐の時に指揮をしていたのを見る限り、彼は苦手なだけで出来ない訳じゃないのだろう。
(クロード様は偉いな)
素直にそう思う。
――と、そこで当初の予定を思い出して、慌てて手土産のカゴを手にとった。
「あの、クロード様。こちら急なお願いでしたので……手土産というか、お礼というか……」
「うん? 別に良いのに。――でもありがとう」
お礼を言ってから、受け取ったカゴの中身に彼は視線を落とす。
「これって……食べ物かい?」
「はい。お師匠様に教えていただいたプリンです」
カラメルソースに砂糖を使うので少々高いが、貴族であるクロード様に渡すのだ。「少しくらいは……」と奮発してみた。
「……ところで、これどうして冷えてるんだい?」
「あぁ、それは魔術具ですね。保冷石と言って周囲に冷気を留めてくれる道具です」
「へぇ……面白いな。所で頂いても?」
「えぇ、どうぞどうぞ。お口に合うと良いのですけど……」
「では遠慮なく――と、済まない。そちらの話を聞こうか」
「あ、そうですね。どうぞ食べたまま聞いて下さい」
そう断わってから、私は相談内容を話し始めた。
まず、ジャスさんのお願いについて。
それから子供達に教育を与えることにした事。
そして仕事を与えるためにも、自分の作った魔術道具でお店を始めてみたい事だ。
「――なのでお店を開くのに必要な書類とか、営業許可を取るために条件とかあるのかなと思いまして」
「……なるほど。
じゃあ、まずいくつか質問するけど……」
最初に聞かれたのは具体的に何を売るのか。
次にどの程度の規模、店舗の場所。
「――という感じなのですけど」
「分かった。ちょっと独断は出来ないけど力になれると思う。
……それで、だ。その便宜を図る代わりに、こちらからのお願いと、やって欲しい事があるんだが……」
「私に出来ることでしたら……」
クロード様が最初に出した条件は「保冷石」のレシピ。
そのレシピが普通の魔術道具師にも作れるようなものであり、素材をできるだけ安く仕上げられれば、これからの季節重宝するだろうと言う。
これに関しては、私も二つ返事は出来ない。
なのでお師匠様に相談してから、という形になった。
もし、レシピの売却が出来るようなら、営業許可証の発行と保冷石を自身の店舗での販売を認めてくれるという。
少なくともそれくらいの価値があるので、領主様に許可は得られるだろうと言っていた。
先程のが「やって欲しい事」で次は「お願い」を話し始める。
そちらは騎士団への水薬供給を、割引価格で定期的に続けて欲しいという事と、商品の売買には個数制限を付けるという事。
「それ自体は構いませんけど……騎士団の方でも薬の購入先があるのでは?」
「あるにはあるんだが、以前の討伐時に供給してもらった水薬はかなり効果が高かった。
だから、普段使いとまではいかないが、いざという時に奥の手としてある程度数を確保したい。
それと個数制限に関しては、他の店との競合を防ぐためだね。
性能が良くて同じ値段ならば、皆君の店で買ってしまう。そのための個数制限だと思って欲しい。
――同じ品でも他店舗より高くする気はないんだろう?」
「品物が同じなら、出来る限り同じくらいの値段にしたいです」
でないと冒険者の方々が買えなかったり、一般人も購入できなくなってしまう。
「だろ? だから、そのためのお願いだな」
「分かりました。レシピの件はお師匠様と相談してからになりますが、個数制限と水薬の件は了承致します。
それに定期購入してくれるお得意様がいるのは、私としても助かりますし」
「あぁ、任せてくれ」
「騎士団御用達なら、後ろ盾としても申し分ありませんね」
うんうんと頷くウォードさんに思わず苦笑する。
――次は冒険者ギルドにお話に行かなくちゃ。
お読み頂き有難うございました。




