閑話/クロード・彼女に対してのスタンス
彼女に初めて会ったのは、彼女の父親――イングリッド領主の葬式の時だった。
特徴的な真っ白な髪の泣きじゃくる少女。
それが――アリシア・イングリッドという女の子。
俺も母親を幼い頃に亡くしていたけれど、彼女は母親に続いて父親まで亡くしたのだ。
そう考えると自然と同情したし、少しだけ共感したし、可哀想だとも思ったけれど――弱々しい存在だなと感じた。
彼女みたいな弱い人が領主一族で、大丈夫だろうか。
幸い領主には幼いながらも息子が居るらしいので、領地は問題ないだろうけれど。
当時は他人事のようにそう考えていた。
それから数年後。
存在すらころっと忘れていた頃に、彼女と再会した。
――あぁ、この子は昔会ったことがあるなんて事、覚えてないだろうな。
そんな事を考えながら、彼女が会いたいという親父の下へ連れて行くと――意外にもすぐに俺が案内していた騎士だと気づいた。
――うん。あれには驚いた。
罪人を連れて来たのにも驚いたけれど。
魔術道具で認識阻害してるのに、俺だと見抜くとは……。
でも彼女が俺を驚かしたのは、それだけじゃない。
模擬戦での結果も、盗賊の親玉との戦いでの彼女も、とても強く――格好良かった。
かつて、父親の死を嘆き悲しむだけだった弱い彼女はもう居ない。
* * *
あれ以来、気がつけば彼女を見かけるたびに、目で追ってる自分が居る。
(まぁ……そりゃね、認めるよ?)
確かに彼女は条件という意味では理想的だ。
うちの領の食料庫を担ってるイングリッド領の領主息女であること。
頭の回転も悪くなく、度胸もあること。
――何より、成すべき事を成そうとする意志の強さがある。
人として称賛出来るし、尊敬もできる――が、それが恋かと問われると良く分からない。
そもそも条件で相手を選ぶこと自体何様か。
(まぁ、領主子息様っちゃーそうだわな……)
身分が高い人間であるのは確かだが、だからといって他者を条件で値踏みできる立場でもないだろう。
冒険者ギルドへ向かう道のりを歩きながら、ぼんやりと考える。
彼女と話したり、過ごす時間はとても居心地が良い。
お互いの正体を知っているからというのもある。
だが、胸が熱くなるような、焦がれるような感覚は特にない。
(……うーん。初恋もまだだしなぁ……)
騎士としての顔で、”軽い男”を演じてはいるけれど、別にそういうのが得意なわけじゃないし。
表面上の演技として、上手に見えるだけ。
(――まぁ、女性の友人が多いのは確かだけれど)
だが、それも友人以上の立ち位置には踏み込まれないように、気をつけてる。
ついでに、一番多い層は主婦だ。
情報収集してると、自然とおばちゃん年代の人と仲良くなるのだから仕方ない。
しいて問題を上げるのならば、ああいう人たちはどうにも人の嫁探しに口に出してくる事くらいか。
通りすがりに知り合いのおばちゃんに、軽く笑顔で手を振って心の中で苦笑する。
(仮に、俺が彼女に淡い恋心なんてものを抱いているとしよう)
しかし素直にそうだと肯定するのにはやや抵抗感がある。
それもこれも全ては親父のせい。
遠回しに彼女との仲を進めろという空気があるのだ。
そんな風にされたら、こっちだって多少は反発したくもなる。
だいたい、自分は自分は恋愛結婚だったくせに、息子の俺には政略結婚を進めるなよ。
(それにまぁ……俺だって理想くらいはあるっての)
例えば、お互いに愛し合っての婚姻だとか。
(存外俺ってばロマンチストだな……)
貴族の――しかも領主子息がそんなモノを求めるなんて。
最低限開拓領という特殊な環境で、やっていけるだけの度胸があるだけ御の字。
そうでなくとも、利権や繋がりの都合で婚姻なんて決まる。
愛など、結婚してから育めば良い。
少なくとも王都から流れるゴシップや醜聞から、そういうものだと考える事にしたし、そう学んだ。
気がつけば、目前に冒険者ギルド。
ここに来たのも、騎士団の仕事――今日は指名手配犯の資料配達の為。
三日に一度はこうやって、冒険者ギルドへと足を運んでいる。
それ自体は別に良い。
彼女に会うことも出来るし、指名手配犯の資料だとかの連絡通知は大事な役目だ。
問題なのは、これが親父からの命令であるという事。
それにわざわざ彼女を騎士団関連の仕事担当にしたとも聞いている。
(本気で俺とシアちゃんをくっつけさせようという、親父の思惑を感じる……)
正直気に食わない。
言いなりになるのも、押し付けられるのも。
そこまで考えて――ため息を吐く。
なんて子供っぽい思考か。
まるで反抗期みたいだ。
(……カッコ悪)
内心でため息を吐きながら、目的のカウンターへと向かうと先客がいた。
駆け出しの冒険者といった風体の、装備も真新しい若い男だ。
他のカウンターも開いてるのに、わざわざ彼女を選んでいる辺り――彼女に気でもあるのか。
(まぁ、彼女は物腰柔らかいし、親切だし、いっつも笑顔だから声を掛けやすいってのはあるだろうな)
他の受付嬢の面々は、どうにも眼の奥に狩人のような鋭さがある。
それに気づいて、彼女を選んでいるというのなら、なかなか見る目があるかもしれない。
しばらく待つ。
他意なく聞こえてくる会話は、他愛もない世間話だが、それなりに二人共楽しそうだ。
(……それにしても話が長くないか?)
だいたい、彼女にちょっかいを出すなとサージュ殿が釘を刺しているはずなのに。
怖いもの知らずなのか、それともそれすら忘れるほど色ボケしているのか。
(――いや、待て。別に無理矢理ではないから問題はないな)
無理強いではなく、相手もガラの悪い人間には見えない。
彼女自身が望むのなら、保護者の彼も静観するだろう。
(……こっちは仕事なんだ)
どこか言い訳じみた思考で、彼の肩をとんとんと叩き徽章を見せる。
「すまない。仕事で彼女に用があるのだが、もう要件は済んでるかな?」
「は、はいっ。すみませんっ。今どきますっ!」
にこやかに問うと、彼は慌てて逃げ出すように去っていった。
少々大人気なかったかもしれない。
「こんにちは、シアちゃん」
「はい、こんにちは、クロード様」
彼女の微笑みに胸が暖かくなるのを感じる。
――まぁ、嫌いなわけじゃないけれど。
端的に言って好ましいとは思うし、性格や気性を含め、もともと貴族なのもあって、婚姻条件は整っている。
でもこれが恋かと問われたらやっぱり分からない。
(まぁ……良いか)
親父の思惑があるにせよ、好ましいと感じてる相手であるのは確かだ。
性格も合わない相手と結婚させられるより、よほど良い。
(ただ、彼女は貴族であることを捨てたと聞いているし、”イングリッド領主子女”としての婚姻は無理だろうな)
それくらいの分別はある。
こっちの都合だけで、進めたら完全に政略結婚だし、なにより、サージュ殿を怒らせるなんて愚行も良いところだ。
(結局のところ、今の彼女との距離はこんなもんなんだよな)
良い友人だと思うし、可愛い人だけれど、ただそれだけ。
彼女が気にかけてる彼と恋仲になったのなら、それはそれで良いだろう。
彼も色々あったようだけれど、悪い奴じゃ無いみたいだし。
(まぁ、親父が推すからこれからも仲良くはするつもりだけれど)
たわいない話をしていると、彼女がきょとんとした顔で小首を傾げた。
「クロード様、なんだか楽しそうですね?」
「あぁ、楽しいよ」
彼女とのこの時間は楽しい。
何度も繰り返していく内にもしかしたら、それが愛になるのだろうか。
(まぁ、恋とか愛とか良く分からないが……)
カウンターを隔てて会話するこの距離が、今の俺達には丁度良いんだろう。
――少なくとも、今はまだ。
お読み頂き有難うございます。




