閑話/ヴィオレ・新しい居場所
部屋の掃除をしながらあたしはイライラしていた。
その原因は分かってる。
掃除の手を止めずに、ちらりと振り返れば他の子たちの中心にいる、白い髪の女。
にこにこと、皆と一緒に掃除をしている。
皆も皆で、あの女につられたようににこにこして……。
(あぁ、もう皆ちょろすぎる!!)
苛立ち紛れに、ごしごしと床を力任せにみがく。
(皆、分かってるの?!)
お兄ちゃんがドレイなんてのになったのは、あの女のせいなのに。
ちゃんと皆知ってるはずなのに。
(確かに、お兄ちゃんはあの女のせいじゃなくて、自分のケジメだって言ってたけどさぁっ!!)
なおも力任せにみがいて――疲れて息を吐く。
雨も風も気にしなくて良い寝床。
暖かくて、他の奴らに緊張したり、警戒しなくていい環境。
誰も――死なないで居られる”居場所”。
(……そりゃ感謝はしてるわよ)
頭では分かってる。
それら全てはあの女が用意してくれたのだと。
(――でも、だからって、あんな簡単に懐くなんてっ!!)
***
具合を悪そうにしてる子がいる。
昨日からずっとそう。
目もどこ見てるか分かんない。
(……あぁ、もうあの子もダメなんだろうな……)
きっとそのうち死んじゃうんだろう。
(……きもちわるい)
胸がきゅっとする。
こわい。
(……いままでと同じ)
こうやって路地裏で、身を寄せ合うように生きてるあたし達にとって、よくある光景。
変なものでも食べたのかな。
それとも病気なのかな。
でもあの子のために、できる事なんてない。
元気にする方法なんてしらない。
今までだって何度もあった。
次はあたしかも。同い年くらいのあいつかも。
(助けて……)
嫌だった。
こんな風に誰かが死ぬのを見るのは。
――でも、助けを求めようとしても、誰にそれを願えばいいの?
(大人なんて信用できない……)
親に売られた。
理由は知らないし、知りたくもない。
(……でも、あたしは見た)
お父さんは片手であたしの手を持って、反対の手でお金を受け取っていた。
多分、そういうことなんだろう。
だからあたしは逃げた。
何処に連れて行かれるか分からないままに、馬車から逃げ落ちて。
お父さんに――あんな奴にめいわくがかかったって、構わない。
(だって、先にあたしを捨てたのはあっちだったもん)
あてもなくさまよって。
大きな街にどうにか忍びこんで。
そして――気がつけば、似たような過去を持った皆と、身を寄せ合って生きてきた。
そうやって二年ちょっと。
日々を精一杯生きていたある日の事だった。
ぼろぼろで、疲れ切っていたあたし達よりも大きな男の子。
名前はジャスと言って、やっぱりどこからか逃げてきたらしい。
ジャスは――お兄ちゃんは、あたし達と似ていたけど、あたし達と違っていろんな事を知っていた。
治療という手段を知った。
全うにお金を稼ぐ手段を知った。
皆で笑顔になれるということを知った。
あの人は、あたし達の希望だった。
――あたし達は家族だと知った。
***
そんなお兄ちゃんが、あたし達のせいで盗賊団の仲間にさせられて、悪い事させられて。
ぼろぼろになって帰ってきたと思ったら、あの白い髪の女がお兄ちゃんを探しに来た。
(もちろん、教えてなんてやんなかったけど)
なのに、少しした後お兄ちゃんはドレイになっちゃった。
……それを教えてくれたのはお兄ちゃん本人で、主だって人も悪い人じゃないらしいけれど。
(それにしたって、ドレイなんて……)
確かに、盗賊団にいたけれど。
ほとんどおどされてやったも同然なのに。
(ドレイなんてふとーよ!)
しかも数日前に、今度はお兄ちゃんはあの白い女(と他の奴ら)と一緒にやってきて、教育だとか言い出した。
(勉強なら、お兄ちゃんに教えてもらえるし、それで十分だもんっ!)
掃除の手を止めて、雑巾を洗う。
ちらりと見れば、さっきと変わらず楽しそうに掃除をしている、あの女と皆。
新しい”家”での生活は、とても快適だ。
そしてあの女に、日増しに懐いていく皆の姿。
(ほんとムカつく)
確かにご飯は美味しいけれど。
確かに綺麗な服が着れるけれど。
どう考えても前の生活より、断然良い生活ができるけれど。
(……うぅ。気に入らないけど、不満が見当たらない……)
もうあの女――シアを受け入れるべきなんだろうか。
(……感謝はしてるけど……でも……)
なんとなく、気に入らない。
だから、多分受け入れたくないのだろう。
「お前って本当、外面だけは良く出来てるよなー」
ふいに声をかけれて振り返ると、そこにいたのはグレイ。
あたしと同い年でお兄ちゃんが来るまでは、一緒に皆をまとめてた男の子だ。
「外面って何よ」
「だって今も、不満いっぱいじゃん。付き合い長くないとわかんないけどさ」
「……」
心の内を見透かされてる。
流石に付き合いが長い。
シアなんて、あたしが笑顔で言えば気付きゃしないのに。
(気に入らないけど、この環境を整えてくれた恩人だし、表面上くらいはつくろうわよ)
つんとグレイをムシして掃除を再開するけど、グレイは移動しない。
それどころか、にやにやとした顔でこっちを見て言う。
「兄ちゃん取られて寂しいのか?」
「とられてないわよ! だいたい忙しくて全然お兄ちゃん来てくれないし!」
小声でグレイに怒鳴っていると、ブラウが近寄ってあたしの服をくいくいと引っ張る。
「どうしたの?」
「ねぇねぇ、きょーね、ごはんハンバーグだって」
キラキラとした笑顔でいうブラウを撫でて「良かったね、じゃあお掃除頑張ろうね」と言って皆のもとへと戻す。
ハンバーグとは、最近食べた料理でなんと肉料理。
路地裏に居る時はお肉なんてめったに食べれなかったのに、今じゃちょくちょく食べられる。
それにあの料理はすごく美味しい。
実家で食べたこともなかったし。
「皆で一緒に安全にいられるっていいよなー」
「そうね」
「寝る時に見張りなんていらないし」
「家の中だものね」
「毎日ご飯も食べれるし」
「前はいつもお腹すかせてたものね」
「――何より、皆が笑顔だ」
「……」
「ここならきっと、誰も死なないな」
「……そうね」
分かってるわよ。
ちらりと視線をグレイへと向ければ、やっぱりさっきと同じ面白そうににやにやと笑っていた。
他の皆もグレイもシアに懐いてる。
どう考えたって、あたしが拗ねてるだけみたいなものだ。
でも――それでも。
(――ほ、ほだされたりなんかしないんだからねっ!!)
お読み頂き有難うございます。