06/出した答え
路地裏を抜けた先にある、ちょっとした広場に集まる子供達。
各々服装も姿も、痛ましいほどに見すぼらしい。
しかし、それでもその目は己の境遇を絶望するのではなく、むしろ誇っているかのように見えた。
(この子達がジャスさんの家族……)
そう思うと、少し緊張する。
皆でジャスさんのお願いを叶える手段を考えてから数日。
お師匠様や、ジャスさん本人にも案を伝えた。
その結果、さらに基本はそのままに修正を加えて――本日がその決行日。
子供達に素直に集まってもらえるように、お師匠様から許可を得た上でジャスさんに同行してもらった。
その結果がこの広場の状態である。
……正直思ったより人数多い。以前彼を探した時に見た顔も数人いるし。
「ジャス兄ちゃん、戻ってこれるの?」
不安げに年少の少年が言う。
そんな彼の心配を拭うように、ジャスさんは視線を合わせるようにしゃがんで頭を撫でた。
「ごめんな。まだ当分戻れないんだ」
「そうなんだ……」
年少の少年と同じ様に、ほとんどの子供達が同じ様に表情を曇らせる。
やはり彼等にとってもジャスさんはとても大事な人なのだろう。
(ならばこそ、彼の願いを叶えなければ……っ!)
決意も新たに一歩踏み出すと、スカートの裾を掴んで頭を下げた。
「始めまして。何人かはお久しぶりです。
私はジャスさんの友人予定のシアと申します」
以前彼を捜索した時に、幾人かの子供とは顔をあわせた記憶があるのでそういって挨拶をした。
ただ、周囲の反応は微妙。
(やはり友人予定がダメだったんですかね。友人(仮)のが良かったのかしら……?
一応ジャスさんの意志を尊重しての自己紹介だったんだけど……)
戸惑う子供達の視線にどうしたものかと悩んでいると、ジャスさんが苦笑しながら「こういう人だから気にするな」と言う。
それで一応納得したらしいので、とりあえずはそのまま、一緒にいるオズちゃんやウォードさんも流れで自己紹介をした。
こちら側の紹介が一段落したら声を掛ける。
「ジャスさんの希望で、貴方達が生きていけるための手段を手にするお手伝いをすることになりました。
……ただ、これはあくまで私達の考えなので、貴方達が絶対に従う必要はありません。
とりあえず食事を出しますので、従う必要はありませんが、まずはお話を聞くためにも付いてきてもらえませんか?」
一人ひとりに視線を合わすのは難しいが、出来るだけ合わせながら私は言う。
反応としてはそれぞれだった。
懐疑的な子、嬉しそうな子、警戒する子、不安そうな子……。
その全員はジャスさんの方をちらちらと覗き見る。
「大丈夫だ。俺も一緒に行く。
飯の材料を獲ってきたのは俺なんだぜ?」
そう言いながら彼は笑って、子供達を安心させた。
* * *
ジャスさんのお陰か、まずは全員連れてくることに成功した。
改めて自己紹介という事で子供達をジャスさんが紹介してくれる。
「こいつが、俺の次の年長でグレイ。こっちはヴィオレ」
最初に紹介されたのは、こちらをじっと観察する灰色の目の少年と、懐疑的にこちらを見る紫色の目の少女。
その後も次々に紹介していってくれたけど、ほとんどの子が名前に由来する身体的特徴を持っていた。
「――で、こいつが最年少のブラウ……って大丈夫か? 顔青いぞ?」
最後に紹介されたのは、青い髪の男の子。
ジャスさんの言う通り顔色が大分悪い。
「ちょっと治療しましょう。
他の人達はその間にお風呂に入ってきて下さい。先に女の子から。オズちゃん、お願い出来る?」
「ん。良いわよ。こっちについてきて。女の子だけね」
オズちゃんがそう言うと、一斉にジャスさんの方を見る女の子達。
彼が「大丈夫」と安心させると、オズちゃんに付いて行った。
(ジャスさんを一番頼りにしてるのね)
なんだか嬉しいと思う半面、羨ましいと感じる。
友人になれたらお互いに彼等みたいな関係になれるだろうか。
(って今はそんな場合じゃない)
横道にそれた思考を目の前の少年に向け直す。
「ちょっと失礼」
断りを入れてから、首の当たりの脈拍を測る。
それから熱があるかどうか、喉が腫れていないかどうか。
(……これは疲れで身体が弱くなって体調を崩してる感じかな)
ならば、体力回復系の水薬をとりあえず摂取すれば持ち直すだろう。
その上で薬草を症状に合わせた薬を用意すれば良い。
「飲めますか?
少し苦いかもしれないけど、頑張って飲んで下さい」
吸い飲みに水薬を入れて、口元にやると匂いが嫌だったのか、涙目でブラウ君は拒否をする。
(子供向けの甘い薬なんて作ってない……)
自分の備えの悪さに歯がゆい思いをするものの、ジャスさんの手助けもあり、どうにか飲んでもらえた。
子供達の年齢層は低い。
ジャスさんを除けば、最年長に十歳が二人。これがグレイ君とヴィオレちゃん。
それから九歳の子が一人に、残りは七歳が六名と一番下のブラウ君が……大体五歳くらいだろうか。
(こんなに小さい子供達が保護者もなしに生きていくなんて……)
路地裏での生活はどれくらい過酷なのだろう。
私が知る最低限の知識も、技術も持っていない子供達。
保護者がいなければ、食べるのにも困るだろうし、そもそも生きていくことが毎日命がけ。
体調を崩しても薬は与えられずに、ただ弱くなっていく。
そんな想像をする。
それはとても怖いことだった。
ぬくぬくと生きてきた自分が同じ立場になったらすぐに死んでいただろう。
(……それに、私の想像よりも多分きっと、辛い……)
それでも彼等の目に絶望が浮かんでいないのは何故だろうか。
ふとそんな事を思う。
(……あぁ、そっか)
だからジャスさんを頼るのだろう。
彼等にとっての保護者は彼で、守ってくれる――そして互いに守りたい家族。
羨ましい。
それは、かつて持っていたけど、お継母様とは築けなかった関係性。
(……弟は元気かな)
お湯で濡らしたタオルでブラウ君の身体を拭くのを手伝いながらそんな事をぼんやりと考えた。
* * *
全員が身体を清め終わり、予め用意した古着を着込んだ後、今後の説明をする。
まずは孤児院に向かうという選択肢。
それからこのまま頑張るという選択肢。
そして、最後に私達の提示するプランに乗るという選択肢。
やはりジャスさんと会えなくなるのは辛いようで、孤児院行きの選択肢は全員が拒否した。
意外にこのまま頑張るという選択肢を選ぶ子は多い。
「……俺はな、皆にはもうちょっといい暮らしをして欲しいんだ。
それには、やっぱり教育がいると思う。堅苦しいのは嫌かもしれないし、多分自由は減る。
……だけど、代わりに手に入る物も多い」
その最たる物が衣食住。
ジャスさんが説得をし続けていると、だんだん子供達も彼の心配を理解したのか、私達のプランに乗ることを選択してくれた。
――と、そこでいい匂いが漂ってくる。
話を聞いてもらいながらパンを食べてもらっていたが、温かいスープが人数分用意出来ていなかった。
それをオズちゃんとウォードさんが作ってきてくれたのだ。
「とりあえず、食事にしましょうか」
匂いに釣られてか、お腹の音をぐーぐーと鳴らす子供達に苦笑しながら言う。
「どうぞ召し上がれ」と勧めると、子供達は我先にとテーブルに付いた。
食事をする子供達を見て強く思う。
(うん。教育って大事)
マナー等知らない子供達。
そして、常にお腹を減らしている。
とくれば――こうなるのは必然なのだろう。
礼儀作法も何もなく、若干奪い合うように食べる姿は……こう言っては失礼だけど犬に似ている。
食べ散らかすような食べ方に、苦笑するオズちゃんと、頬をひきつっているウォードさん。
ジャスさんは「そうなるよなー」と呟きながら、こちらの様子を伺っていた。
(うん。何はともあれ教育は大事ね)
決意も新たに彼等の未来を切り開くため、作戦を決行する事を決めた。
私達が考えたのは彼等が自立出来るように教育すること。
そして教育を踏み台に、職に手をする。
――最終目標を目指してまずは、一段づつ頑張っていこう。
お読み頂き、有難うございます。