04/ピクニックへいこう
朝から天気はよく、絶好のピクニック日和。
私達はウンディーネの泉へと向かいながら森の中を歩く。
向かっているのは、私、ラフィーク、オズちゃん、ジャスさん。――そしてウォードさんの四人と一匹。
人数が増えた原因は、ピクニックの準備をしていた時にうっかり私がその事を話してしまったからだ。
まぁ、ピクニックなのだから大人数で楽しめればいいかなと思い、彼も同行することになったのだけど――道中の現在、少々空気がギスギスとしていた。
原因は分かっている。
ジャスさんが奴隷と気づいてウォードさんが失礼な態度を取ったからだ。
原因はジャスさんの手の甲にあった奴隷印(奴隷になった時に施される魔術の紋章らしい)を見つけたせい。
罪人奴隷の場合、見える場所に施すのが規定として決まっていて、隠してはいけないと定められている。
だから見つかる可能性は高かったけど……そんなに毛嫌いしなくても。
そりゃまぁ、彼はジャスさんの人となりを知らないし、奴隷印が見える所にある以上罪人奴隷ではあるけど……。
一応、揉めた時に奴隷になった経緯とかを伝えたし、命の恩人であることも伝えたお陰か、表面上は態度を改めてくれた。
……彼がいなければ、私が盗賊に誘拐されかけたりもしなかったかもというのは、たられば話だ。
例え過去が変えられたとしても、私は今の道を選んでここに居るだろう。
だから誘拐されたことも、彼が盗賊だったことも気にしないで欲しい。
とはいえ、それは結果論で私の主観。
ウォードさんにはそんな風に簡単に割り切れないのだろう。
そういうわけで、せっかくのピクニックだと言うのにギスギスした空気で道中を進む。
やがて開けた場所が見えて来た。
相変わらず泉は綺麗で、小さな光の妖精達が飛び回っている。
「? なんだあのちっさいの」
初めて見たのかジャスさんが首を傾げて言った。
ウォードさんも不思議そうに見ていたので、彼も初見なのだろう。
「あぁ、光の妖精らしいです」
近寄ってくる小さな光を見つつ答える。
そっと触れようと指を伸ばすと、ふわっと避けられるのがなんだか楽しい。
「この間は貴重な品をありがとうございました」
妖精たちのお陰で、解呪用の道具が出来た。あの時は本当に助かったのだ。
そう思って呟くと明滅しながら、楽しそうに私の周囲を飛び回る。……喜んでるのかしら?
「妖精……初めて見た」
「……害はないのですよね?」
感心するように呟くジャスさんに、眉をひそめながら尋ねるウォードさん。
『無体な事をしなければ、彼らは何もしませんよ』
そう答えたのは、いつの間にか泉に現れたウンディーネだ。
突然現れた彼女(?)に、警戒する二人に苦笑しながら、私はウンディーネに近づいて二人に紹介をする。
「こちら、この泉に住んでる水の精霊のウンディーネです。
私の指輪で呼び出すのも彼女ですよ。私のお友達です」
『こんにちは。彼女と契約しているウンディーネです』
優雅に微笑むウンディーネの姿は、半透明な水でなければ淑女のよう。
二人共慌てて軽く頭を下げて挨拶をして、各々名乗りだす。
「えっと……俺はジャスっていうんだ。その、よろしく」
「私はウォードと申します。以後お見知りおきを」
これでとりあえず自己紹介が終わった。
「ではピクニックを始めましょうか」
きょろきょろと周囲を気にする二人をよそに、私とオズちゃんは軽食を食べるにあたって布を取り出す。
さして高い布ではないので、少々見た目はよろしくないが、逆に言えばこんな布だからこそ地面に直に敷いても心は咎めない。
そのまま座ると服が汚れるものね。
「――あっ。私がやります」
「大丈夫」
慌てたように声を掛けるウォードさんに必要ないと断る。
どうやら彼は、仕える側の人間として教育がしっかりされてしまっているようだ。
それ自体は無駄なものではないし、立派だと思うのだけど、その奉仕精神を私以外に向けて欲しい。
一応”お嬢様”呼びをしてないので、これくらいなら構わないといえば構わないけど。
「それにしても、ジャスにはあんまり妖精が近づいてこないのね?」
布に座りながらオズちゃんが不思議そうに首を傾げる。
言われてみれば、私の周囲にはかなりの数の妖精がいるのに対し、ジャスさんには一切いない。
ちなみにオズちゃんは、私の次に妖精が多く周囲を飛んでいて、ウォードさんにも少しだけ飛んでいる。
『それは魔力の量と属性の問題ですね』
(なるほど。私は全属性でジャスさんは無属性。
オズちゃんは確か……四属性を持ってると言っていたから、そういうことかな?)
だけど、お師匠様によるとジャスさんの魔力はかなり多いと聞いたのに不思議なものだ。
魔力量だけなら私より余程多いのに、属性の有無はそんなにも重要なのだろうか。
妖精や精霊の価値観という新情報を知って、少し感心しながらみんなにサンドイッチを配っていく。
今日のサンドイッチはベーコンにレタスとトマト、さらにはチーズを挟んだちょっと豪勢な品だ。
普段なら雨季の時期に、生物を持ち歩くのは気が引けるけど今回は問題ない。
お師匠様にアドバイスを頂いて作った、保冷石入っている。
文字通り冷気を貯め込む石で、これがあれば少しの間なら食材の痛みを心配しなくて良いという品物だ。
(いつかこれの大きくて保冷時間が長いものを作りたいなぁ。
それで食材をしまっておけるようにすれば、大量買いや作りおきが出来るものね)
そんな事を考えながら、一口食べてみる。
うん。しゃきしゃきとした野菜も美味しいし、思い切っていれたチーズがそれらをまろやかにして美味しい。
ちらりと周囲の反応を見てみたけど、食べるスピードは割と早い。三人とも美味しかったようだ。
――良かった。
「外に持ってくるのに生物で大丈夫かなって思ったけど、新鮮な状態とほぼ変わらないわね。すごいじゃない、シア」
「ありがとうオズちゃん。お師匠様に教えていただいた魔術道具使ってるの」
「へぇ。便利な物があるのねー。うちの魔術師ギルドじゃこういう生活に密着した道具ってあんまり作ってないみたいだからねぇ。売れるんじゃない?」
「そうなの?」
首を傾げていうと、どうやら魔術師ギルドでは一般人向けよりも冒険者向けの道具を熱心に開発しているらしい。
理由は簡単に言えば、購入層の問題だという。
確かに、魔術道具は一般人には敷居が高い。
物によっては魔力を込めなければ使えなかったりするし、日常使いに購入出来るのは富裕層だけになるのだろう。
(一般人にも使える道具があれば便利になるのに)
しかし、作れるからといって安易に作って売るのはお師匠様に止められている。
そんな事をすれば、物価相場を荒らしてしまうからだ。
一般人の生活を便利にしたいのに、普及させるには順序がいるのだから、世の中は難しい。
「そういえば、ウォードは剣二本差してるけど二刀流なの?」
「はい。片腕が折れても戦えるようにと思いまして」
至極真面目にそう答えるウォードさん。
……戦闘続行のために二刀流にする人もいるんだね……普通は手数とかだと思うのだけど……。
折れたら下がって欲しいと思うのは私だけだろうか。
「なんでまた」
「主を守るためには、折れただけで引き下がれませんからね」
……彼なりの忠誠心によるものだったらしい。
でもやっぱり自分が主だったならとりあえず下がって欲しいと思う。
私の感覚がおかしいのかなと思い、オズちゃんとジャスさんも見たけど、二人共呆れたように見ているので、多分普通の反応なのだろう。
「何かおかしいですか?」
「……お前……変な方向に仕事に真面目だな」
「それくらいしか取り柄がないので」
呆れて言うジャスさんに、至極真面目に答えるウォードさん。
「いや……凄いと思うわ」
苦笑して笑う彼に、ウォードさんも不思議そうに首を傾げる。
それがきっかけかは分からないが、なんとなく場の空気が和んだ気がした。
その後は、楽しくピクニックを楽しむことが出来たのだから、多分そうなのだろう。
やっぱり友人同士が仲が良いのは嬉しいことだ。
ピクニックをやってよかった。
お読みいただきありがとう御座います。