03/修行について
「なんかご機嫌ね」
鼻歌交じりに夕食の準備をしているとふいに背後から声がかけられる。
びっくりして振り返ると、どこか呆れた声音のお師匠様が台所の戸口に立っていた。
「あっ! お帰りなさいませお師匠様!」
そう。今日はお師匠様とジャスさんがこちらに帰ってくる日なのだ。
久しぶりに会ったお師匠様は、ウサギの姿ながらも毛並みはキレイなので元気みたい。
それにほっとしつつ、視線でいるであろうもう一人を探す。
「あぁ、ジャスなら採った薬草とかを居間で仕分けしてる所よ。行ってきたら?」
「はいっ!」
大きめの家ではあるけど、居間までさした距離はない。
すぐに黒髪の少年が座り込んでる姿が見えてきた。
「お帰りなさい。ジャスさんっ!」
「――うわっ!?」
気が早ったせいで、いきなり声をかけてしまい、彼を少し驚かせてしまったらしい。
しかし彼は私の姿を見ると、少し照れくさそうにそっぽを向いてから「ただいま」と言ってくれた。
* * *
今夜の夕食はトマトスープで作ったロールキャベツ。
せっせと昼間から下準備と煮込みまで行っていたので、くったりとしている分味が染みていた。
つまりは自信作。
自分の分を食べつつ、ドキドキと二人の反応を見る。
「ん。よく味が染みてて美味しいわね」
「本当ですか?」
お師匠様は基本お世辞は言わない。
だから本当に美味しいと感じてくれたのだろう。
嬉しいなと思いつつ、ジャスさんの方も見る。
彼は無言で食べ続けてるけど、そのペースは早い。……美味しかったのかな?
私の視線に気づいたのか、お師匠様が彼の脇腹を肘で突くと、彼は顔を上げて「あ、あぁ、美味いよ」と言ってくれる。
良かった。
自分の味覚が”美味しい”と感じても、他の人が同じとは限らない。
だから「不味かったら……」と不安はある。それに褒められればやっぱり嬉しいし。
一安心して、自分も食事を続ける。
食事の合間に話すのは、互いに最近起きたことだ。
まず聞いたのはジャスさんの修行内容について。
ジャスさんは私が受けた修行内容とは違う内容をやっているらしい。
「貴女と違って、ジャスは修羅場を結構くぐってるし、戦闘経験もあるみたいだからね。
下地がある分次のステップに進めるわけよ」
確かに私はもともと戦闘経験も、そういう状況への耐性もなかったので言いたいことは分かる。
才能があるとかならともかく、完全なる素人に高度な技術なんて無謀も良い所だろう。
お師匠様の判断によると、森中での行動や罠を張ったりするレンジャーなる職業の適正が高いらしい。
なので、私の時と同じくまずは、座学で森に関する知識を教え込み、午後は武器の扱いや筋肉トレーニングに当てているとのこと。
(――懐かしいなぁ)
ほんの少し前までは、私も同じように日々暮らしていたっけ……。
厳しかったけど、そのお陰で今ちゃんと日々の糧を得られるようになったのだから、ジャスさんも頑張って欲しい。
(……後どれくらい掛かるんだろう?)
お師匠様としては、まずはジャスさんに冒険者になってもらうという。
その上で、仕事を受けながら自分を買い戻すための資金を貯めてもらうつもりらしい。
そのためには、冒険者として生きていけるように、きっちり技術を仕込む期間が必要なのだとか。
(……うん。言い分は分かる。仕方ない)
「――で、貴女の方はどう? 最近何か変わったこととかあった?
髪の美容液は完成したのかしら?」
「あぁ、はい。ある程度完成の目処は立ちましたけど……やっぱり私の髪に効果的なのはまだ難しくて……」
「そうねぇ。貴女の髪ってふわふわして触り心地が良いけど、クセが強いものねぇ」
「……なんか必要なのか?」
不思議そうにするジャスさん。
どうやら彼の髪は、雨季であろうとも広がったりはほとんどしないらしい。なんて羨ましい。
とりあえず詳しく話すと悲しくなるので苦笑でごまかす。
それから変わったこと……あぁ、そうだ。
「そういえば、私の知り合いが誘拐されたままだと勘違いした件をお話してましたよね?
それで、こちらの領主様へ依頼状を出しに来た人が居まして。
この間の盗賊討伐の際にも参加してたそうなんです」
そこまで話すと、二人も思い出したのか「あぁ」と小さく肯定する。
「それで、今日冒険者ギルドに来てちょっとした騒動というか……まぁ、騒ぎというほどじゃないんですけど、あったんです。
とりあえず、ちゃんとお話して勘違いは解消したんですけど……今度はお仕えしたいとか言われまして」
「仕える……?」
私の言葉に眉をひそめるジャスさん。
まぁ、そうですよね。
普通お金を持っている人や商人、貴族でないと人を個人で雇ったりしない。
いきなり「仕えたい」と言われても困るだろう。事実私も困った。
だけど、私の出自はできるだけ伏せておきたいので、細かい説明はせずに話を続ける。
「――まぁ、私も金銭的余裕はありませんし、お断りしたんですけどね。
どちらにせよ、オズちゃんとの二人暮らし状態なので彼女の了承も必要だし、男の人が一人入るのはちょっと……」
苦笑しながらそう伝える。
お師匠様とジャスさんがこちらに住むなら、それもいいかもしれないが、どちらにせよ彼にしてもらうべき仕事がない。
その上、お師匠様の姿の問題がある。どちらにせよ、雇うという選択肢はないのだ。
……ただ、ものすごく残念そうに言われて大変心苦しかった。
「ジャスさんの方はどうですか? 修行の内容は聞きましたけど、進捗というか……」
「あぁ、結構順調よ。飲み込み早いわ。ジャスは」
お師匠様に褒められて、少しそっぽを向くジャスさん。どうやら照れているらしい。
その様子が微笑ましいような、羨ましいような……。
――あ、そうだ。
「お師匠様。ジャスさんの修行が順調でしたら、一つ提案があるのですけど……」
「ん?」
「中休みというか、一日くらい休日としてジャスさんの修行をお休み出来ませんか?
せっかくなので皆でピクニックに行きたいなぁと……」
後半はジャスさんへの提案だ。
ちらりと彼を見つつお師匠様の反応を待つ。
「どこに行くつもりなの?」
「以前お話した水の精霊がいる泉です。
街を出るので、休日がダメなら護衛依頼としてでも良いです。お金も支払います。……ダメでしょうか?」
「駄目っていうか……そんなにこの子と一緒に行きたいの?」
「はいっ! お友達ですから!」
例え彼が認めなくとも私の中では、とても大切な友達だ。
だから彼とオズちゃんと一緒に出かけてみたい。
しかし望みを告げると、お師匠様は深々としたため息を付いた。
どうやら呆れられているらしい。
やはり修行の邪魔をするのは良くなかっただろうか……。
でも、私の時も修行中休日が合ったのだし、たまには良いと思うのけど……。
「……どうする? 貴方は行きたい?」
「えっ!?」
お師匠様にちらりと視線を向けられ、ジャスさんは狼狽える。
確かに突然のお誘いだから、困るよね。
それに、奴隷の身分を早く買い戻したいなら、一日でも早く修行を終えたいかもしれない。
(……迷惑だっただろうかな)
心配になってジャスさんを見る。
彼はさらに狼狽えてそっぽを向いて――小さく「行く」と呟いた。
「――じゃ、決まりね。予定は決まってるの?」
お師匠様はくすくすと笑いながら訪ねてくる。
「はいっ! じゃあ、すぐにオズちゃんと相談しますねっ!
ジャスさんとお師匠様もそれでいいですか?」
そう尋ねると、二人は苦笑しながら頷いた。
やった。オズちゃんとジャスさんと一緒にピクニックだっ!
お読みいただきあり、ありがとう御座います。