02/騒々しい人がきた
朝からの大雨で、冒険者ギルドは閑古鳥が鳴いていた。
事前に天候が酷い日は無理に来なくても良いと言われてある。
でも、家でじっとしてるよりは、多分人も少ないだろうし、ギルドの掃除でもしようかなと、仕事に向かう。
ギルドの掃除は人が居ない分捗った。
他の人も手伝ってくれたし、思っていた以上にお掃除が進んだのはとても良かったと思う。
しかし人が少なかったせいで、出来ることなら会わずにいたかった人物に見つかってしまった。
* * *
「アリシアお嬢様!!」
突然名前を呼ばれ、思わず顔を上げてしまう。
声のする方を振り向けば、そこにどこかで見覚えのある青年が立っている。
幸か不幸か突然の大声に反応したのは私だけではなかった。
全員で十名にも満たないが、全員がそちらを見ている。
当然だろう。いきなり声をあげられたら誰だってびっくりするものだ。
しかし、皆が見ているにもかかわらず、彼の濃い緑色の目はまっすぐ私を見ていた。
こちらへ向かって、笑顔を向けて近寄ってくる。
榛色の髪は少しハネていて、服装は騎士と執事を足して割ったような……何とも言えないがそんな印象の服装。
(……何処で会ったんだろう?)
頭の中で首を傾げていると、彼の腰に下げられている二本の剣が目に付いた。
同時に、脳裏に夜の廃村で鬼気迫る勢いで盗賊をなぎ倒していたとある人物が浮かぶ。
もしかして、彼がグレゴリーの孫の……?
ちゃんと顔を見たことはないが、服装といい、二本の剣といい、何より「アリシア」という名前を知っている。当人と見て良いだろう。
「お嬢様! ご無事で何よりです!!」
考え込んで居ると、気がつけば彼が片膝をついて私を見上げていた。
この状況は大変困る。
このまま”アリシア”だと認めるわけにはいかない。
「いえ、人違いです」
取りあえず否定してみた。
「いいえ、そんなはずはありません!!
その美しい白い髪、碧い目はまごうことなく、アリシアお嬢様です!」
納得してはくれないと思っていたが、こんな力強く断言されては反論し難い。
何より、私のような真っ白い髪はご老人でしか普通は見ない。この髪色は本当に珍しいから。
周囲の視線が突き刺さる。
正直逃げ出してどうにかなるなら、逃げたい。
しかし、彼は追いかけてくるだろうし、追い掛けながら先程のように名前を連呼されては大変困る。
「あぁ、本当にご無事のようで何よりです。
手紙を頂くまで、生きた心地が致しませんでした。
本当に、本当に良かったです」
心底心配をしてくれていたのだろう。
その言葉にも眼差しにも嘘は感じない。
「さぁ、お嬢様帰りましょう。このような雑事などお嬢様がするべきではありません」
そう言って立ち上がり、私の手から雑巾を奪い、連れて行こうとエスコートし始めたので、流石に拒否した。
「あの、手を離して下さい」
そう言って手をそっと彼の手から抜こうとすると、彼は手をそのままに不思議そうに首を傾げる。
言葉を選ばないと面倒な事になりそう。
「一つ、これは雑事ではありません。
私がみなさんに提案して始めた掃除です。雑事扱いしないでください。掃除は立派なお仕事です。
二つ、私は貴方の探しているお嬢様ではありません。お引き取りください」
言外に「グレゴリーに私が家を出たことを聴いてるでしょう?」と含みを持たせて言う。
もう貴族のアリシアではないのだから、お嬢様と呼ばれるのは困るし、周囲に知られたくはない。
だが、そんな私の気持ちは全く気づいて貰えなかった。
それどころか、熱弁するように「間違いない」「アリシアお嬢様」と連呼する。
「お嬢様は正しくイング――」
彼が言いかけた時だった。
ぐらり、と彼が少し低くなったかと思うとすぐに後ろに倒れ込む。
そして視界を黒い何かが飛んでいくように、通り過ぎる。
同時に響く鈍い音と共に、彼は仰向けになって倒れた。
「ぁ……」
間の抜けた声が口から溢れる。
倒れた彼の腹の上には、ラフィークの姿。
「今の、猫が……?」
「え、猫? やったの受付令嬢の猫?」
……どうやらラフィークがやったようです。
助かったけどやりすぎだよ、ラフィーク……。
じとりとした目で見ると、彼は悪びれもなく「にゃぁん」と鳴いた。
* * *
周囲にいた冒険者の方にお願いして、グレゴリーのお孫さんを休憩室に運んでもらい、一時的に貸し切りにさせてもらう。
ベッドに寝かせた彼は脳震盪を起こしてるようだけど……大丈夫かな。
呼吸を確認して、脈を測る。
……うん。大丈夫そう。
でも念の為、水薬を飲ませておこうかな。
休憩所は怪我をした冒険者を寝かせる場所でもある。
だから、この辺りに――あったあった。
薬棚から吸い飲みを取り出し、水薬を入れて彼に飲ませていく。
……よし。これで一安心。
ややあって、彼のまぶたがぴくぴくと反応して目を覚ます。
「よかった。目が覚め――」
「申し訳ありませんお嬢様!!!」
起きるなりベッドに手をついて、頭を下げての謝罪。
うん。どうしようこの人。
「あのね、とりあえず頭を上げて頂戴。
後、気絶したのはうちの猫がやったせいみたいだから、私が謝るべきね。ごめんなさい」
「いえ、お嬢様に落ち度など……!!」
ああもぅ。面倒くさい。人様にこう感じるのは生まれて初めてかもしれない。
仕方がないので、順番にこちらの状況を説明していく。
グレゴリーに聞いてるはずだろうけど、念の為言わないといけない気がしたからだ。
――結果、これは正しかったらしい。
説明をしていくと、どんどん彼の顔色は悪くなっていき、頭を抱え始めた。
「……グレゴリーに聞いてなかったの?」
「そ、その……お祖父様の手紙には、最初の部分でお嬢様が盗賊に誘拐されたと書かれていたので……」
視線を逸しながら言う。
「その手紙、渡して下さい」
差し出された手紙を読むと、彼の言葉通り最初の部分に私が誘拐された事が書かれている。
続けて先を読めば、私が出奔した理由。そして最後の部分に――私の婿候補にするから親交を深めよという文章が。
……むしろ最後まで読まなくて良かった。先走りありがとう。
「この手紙はこちらで処分させてもらいます。良いですね?」
「はい……大変申し訳ありません……お嬢様」
とりあえず、最悪は免れた。
最後の婿候補なんて文章を読まれた日には、お互い気まずい思いしかしない。……後で燃やそう。
それからの彼は、冒険者ギルドでの大騒ぎとは打って変わって冷静に自分の事情と名前を名乗り始めた。
彼の名前はウォード。
グレゴリーの孫で、つい最近見習いの身分から騎士へと昇格し、我が家――私に仕えるつもりだったらしい。
しかし、グレゴリーに騎士になった報告の手紙を出すと、戻ってきたのは私が盗賊に誘拐されたという手紙だった。
居ても立ってもいられず、馬を駆けて我が家に向かうとグレゴリーに事の真相を詳しく問いに向かう。
そうして、雪がちらつく中、例の依頼状という名の脅迫状を持ってメレピアンティナ領へ。
雪が深くなり、思うように進まぬ捜査の中、それでも可能な限り街の外に出向いては、私の手がかりを探してくれていたらしい。
この間の盗賊掃討作戦の直前、私からの手紙を受け取り心の底から安堵したという。
そして私が無事だと分かっても、盗賊を放置はできないと掃討作戦には参加したらしい。
……あの時だいぶ鬼気迫った感じで怖かったけれど、戦闘になると人格が変わる人なんだろうか。
少なくとも思い込みで少々突っ走ってしまう部分がある気がする。
なんにせよ、彼にはかなり心配をかけてしまっていたらしい。
大変申し訳ありませんでした。
お読みいただきあり、ありがとう御座います。