01/変わらない日常、変わらなすぎる
春の半ば頃。
開拓領の地域では、雨季が来ていた。
イングリッド領では夏直前頃なので気持ち早い雨季だと言える。
私は雨季が嫌いなので早まらずに例年通りで欲しかった。
髪がとにかく爆発するのだ。
ただでさえ、私の髪は量が多い上にでひどいくせっ毛。
この時期になると、もう本当……髪が広がって広がって仕方がない。
雨は農家にとっても死活問題で、とても大事な物だから嫌いではないし、雨が降る風景は綺麗だと思う。
でも――嫌いじゃないけど、毎朝髪の毛と格闘に時間を費やしてる身としては「雨季が嫌いだ」と結論するのは当然のこと。
今日も鏡台の前に座って、ずっと髪を梳かしているのだけど――あぁ、もぅ!!
全然まとまらないっ!!
「なぅー?」
ラフィークが鏡台に乗って私を見上げてくる。
「大丈夫?」と言いたそうな目で見てきたので、私は彼の頭を軽く撫でて「大丈夫よ」と言った。
毎日のことだし、落ち着こう。
一度目を閉じ、大きく深呼吸をして気を静める。
……うん、よし。少し落ち着いてきた。
それにしても、今回のも失敗だなんて……。
鏡台の前においてある霧吹きに入った液体を見る。
中身はここ毎日作っている、髪の爆発を押させるための美容液だ。
お師匠様にアドバイスを頂いて作ったは良いものの、自分の髪には不適合だった。
だから、配合を少しづつ変えたりして何度も挑戦しているけど――一向に改善されない。
それでも一応、最初の配合よりは良くなってきたみたいだけど……。
「シアー。どうー? 昨日作ったのはいい感じになった?」
そう言いながら、扉を開けてくるオズちゃん。
私が扉の方を振り返ると「あちゃー……」と小さく呟いてバツの悪そうな顔をする。
――ごらんの有様です。
言葉をかわさずとも、私の状況、表情を見れば伝わったようで、すぐに苦笑してこちらへ歩み寄ってきた。
「じゃ、今日も髪結いてあげるから、ほら、鏡の方を向いて」
「はぃ……」
ため息を付いて大人しく椅子に座り直す。
ここの所、毎日髪の毛が大変になっているので、こうしてオズちゃんが髪を結いてくれる。
優しい手付きで梳いて二つに分けると、片方を私に掴んでくるように手渡してきた。
「今日も三つ編みでいいわよね?」
返事の代わりに頷くと、ご機嫌な様子で編み始めるオズちゃん。
「毎朝ごめんね」
「んー? 別に問題ないわよ。自分の髪の毛短くなっちゃったから手間ほとんどないしー。
あんたのくれた髪の美容液のおかげであたしの髪は楽になったし」
……羨ましい。
逆に言うと、髪の美容液は成分としては問題がないという事でもある。
問題なのは個々人の髪の質なだけで……。うぅん。何をいじれば良いのか……。
「それにあんたの髪って、クセは強いかもしれないけど、すごくやわっこくて触り心地良いから結ぶの楽しいし」
ストレートでさらさらのオズちゃんの髪のが私はよほど羨ましい。
ほどなく、オズちゃんは両側の三つ編みを終わらせてくれた。
半分に分けても、一本の太さが自分の手首より太い三つ編み。……やはり、縄にしか見えない。
(悲しくなってくる……)
その後、朝食を取ってからお互いに今日の予定を話し合ったり、必要な物を確認し合う。
今日はお互い特に仕事が無いようなので、外に出て採取を行うことにした。
幸い今日は雨季だけど、雨は降っていない。
遅い時間になるとちょっと不安だがら、昼頃までに終わられば問題ないだろう。
二人と一匹だけで向かう採取は気楽で好き。
お互いに必要な物だけを探せばいいんだもの。
まずは基本となる回復薬用の薬草。
春という時期柄、かなり生えているので探すのに苦労しないのがありがたい。
それから、オズちゃんのために魔力を回復させてくれる素材。
こちらはあまりたくさん採取出来る品ではないので、少し探さないといけなかった。
それなりに手に入ったので今日の成果は上々だ。
後は髪の美容液に必要な素材が欲しいのだけど……。
「うーん。髪の美容液、改良するには何が必要なんだろう……」
「そうねぇ……。触った感じ、もう少し潤いを追加したら良いんじゃない?」
潤い、か。
お師匠様が言うには、髪が広がるのは湿気を吸ってしまうから。
それに水分がなさ過ぎると、ぱさぱさになって広がってしまうらしい。
適度な潤いが髪には必要なのだという。
もう少し油分を増やすというのが無難だろうか。
問題は、多すぎると今度は髪がまとまってもベタベタになってしまう所だ。
出来れば簡単に手に入って、試作に使っても懐が傷まないのが良いな。
(――あ、ハチ蜜とかどうだろう?)
お酒やハチ蜜はお肉に塗り込む事でジューシーに仕上がると、お師匠様やマーサは言っていた。
ならば、混ぜたら効果があるかもしれない。
ハチ蜜もお酒も高い方だけど、お師匠様にハチ蜜は分けてもらってるので余裕はある。
――よし。そうと決まれば家に帰ってやってみよう。
オズちゃんと共に家に帰宅してからは、お互いに自由時間。
彼女は自室で魔術書を読んだりしてお勉強。
私は錬金術で髪の美容液の改善を目標として試作。
配分量の違う品をいくつか作って、数日かけて試して見る予定。
オズちゃんが今使ってる品も、もう少し経過を見たら、販売しても良いかもしれない。
とはいえ、どこで売れば良いのか……冒険者ギルドで聞いてみようか。
そんなことを考えながら作っていく。
特に問題なく作れたし、後は実際に使ってみるしかない。
配合はメモしてあるので、成功したら自分用として量産しよう。
錬金術を繰り返していると、気がつけば夕方だ。
そろそろ夕食の準備をしないと。
調合部屋から出て台所へ向かう途中で階段から足音が聞こえてくる。
「あ、シア。今日は夕飯外で食べない?」
「外食?」
タイミング良くまだ夕食の準備はしてない。
なら、たまには外食も悪くはないだろう。
私が「たまにはいいね」と言うと、オズちゃんは嬉しそうに笑った。
「やったっ。今日はなんか麺類食べたくてさっ。
パスタの美味しいお店知ってるからいこっ!」
案内されて向かったお店で夕食。
カルボナーラ、とっても濃厚で滑らかで美味しかった。
そして自宅に帰り、軽く体を拭いてそれぞれ自室へ。
机について本を取り出す。
本と言っても中身は日記帳だ。
お師匠様に渡されて日々の出来事や、錬金術で作ったもの、使った物などの経過を書き記すように言われてる。
すでに日課になっている作業を、今日の出来事を思い出しながら書き記す。
書き上がったのを読み直して、小さくため息をつく。
ぱらぱらと過去のページをめくれば、目当ての日付を見つけ、改めてページを開き直した。
自分の筆跡を指でなぞり、その日の出来事を思い出す。
この日は久しぶりにジャスさんに会えた日だった。
……この日から今日までだいたい一ヶ月。
その間、私は彼に会えていない。
確かに奴隷という身分になってしまった以上、自分を買い戻すためにも仕事が忙しいだろう。
そのためにお師匠様が、彼に修行をつけて仕事をするための技術を身に付けさせようとするのも分かる。
だけど、せっかく見知らぬ人に買われないで済んだのに、ほとんど会えないのではそれと変わらない。
――もちろん、彼が不当な扱いをされないと分かっているのは有り難いことだけど。
雨季は嫌いだ。
髪は爆発するし、ただでさえ彼に会えなくて寂しいし、憂鬱になってイライラする。
自分を買い戻して、罪を清算出来たら彼は友達になってくれると言っていた。
……それは何時になるのだろうか。
ため息をついて、私は部屋の明かりを落とす。
軽快な足取りで寝台に向かうラフィークの後ろを、のそのそとした足取りで私も向かう。
まだまだ夜は寒い。
布団の暖かさにまどろみながら、明日も晴れると良いなと願い、眠りについた。
お読みいただきあり、ありがとう御座います。




