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05/人生の分水嶺

 あぁ……疲れた……。


 ベッドへ倒れ込むように横になる。

 ふかふかしたお布団が癒されるなぁ……。


 あの後継母様は荒れた。

 ものすごーーーーく、荒れた。


 どれ位の荒れ具合だったか。


 それは、エリック様が午前中に来たというのに解放されたのが、夕暮れ時の今といえば分かって頂けるだろう。


 弟のご飯の時間すら気づかずに、ただひたすら同じような事を繰り返し。

 途中から聞き流し気味だったのが余計に気に障ったのだと思う。

 正直、継母様の喉が心配なくらいだ。


 おなかが減ったな……。


 体を動かしてなくてもお腹は減るんだなぁ……。

 重たいため息が、意図せずに出る。


 ため息をつくと幸せが逃げちゃうと聞くけど……。


 そんなの気にしてられない位疲れた。

 あぁ……ラフィークに癒されたい……。


 継母様が自分のこと好きじゃないからって一匹だけ逃げるのはずるいと思う。


 目を閉じ、仰向けになって天井を見上げる。


 ――貴女さえ居なければ。


 先程の荒ぶる継母様が何度も繰り返された言葉。

 普段なら、ここまでストレートに言ったりはしない。


 曲がりなりにも今は私に次期当主の権利があるから。

 将来、弟が領主として働きやすくする為、ローランド家との繋がりを強める役があったから。

 今まで何を言われても逆らう事なく従って来たから。

 継母様にとって、利があったから。


 ……もちろん、薄々そう思われているのは気づいてた。


 自分の愛した人には、それより前に愛する人がいて。

 その人との子供がいる。

 しかも、その子供を愛し可愛がっていた。


 そういう状況は貴族なら珍しくない。

 それでも癪に障るのだろう。


 あれで、継母様もそこまでひどい人じゃないと私は思ってる。

 ただ――ただ、愛というのはそれだけ心を波立たせる感情なだけで。


 家族愛であれば私もそれは理解ができた。


 お父様やお母様、弟が、ラフィークが、エリック様が。――継母様が。


 誰かに不当に悪口を言われたり、虐めを受けていれば私だって気に入らない。

 声を上げて怒るだろう。


 あぁ……だけど。


 ――あの人にとって私は家族じゃないんだ。


 弟が生まれるまでの一年ちょっとの間。

 あの人はとても優しかった。


 もしかしたら演技だったかもしれない。

 お父様の手前、優しくしてくれただけかもしれない。


 それでも。

 お母様を亡くしたばかりの私にとって新たな温もりだった。

 その優しさに、温もりに――安堵していたのだ。


 何度も脳裏に蘇る、「貴女さえ居なければ」という言葉。


 ――私はどうしたいのだろうか。


 このまま居続けても、苦しいだけだ。

 一度、言葉にされてしまった以上、今後何度も言われるかもしれない。


「それは……嫌だな」



 ぽつりと、言葉が自然に溢れる。


 うん。嫌だ。何度も言われるのは辛い。

 だけど改善を求めようにも、継母様にとって私が邪魔者である事実は変わらないだろう。


 ――状況を整理して私の今後を考えてみる。


 貴族としての考えからも、女当主より男が当主である方が望ましい。

 つまり、弟が領主になるのが自然。

 問題点といえば、未だ幼い弟では領主になれないこと。


 継母様としても前妻の子よりも、男子である我が子を当主にしたい。


 では――私は?


 閉じていた目をあけて手を天井に伸ばす。

 貴族子女としてはありえないほどに荒れた手。


 周囲はこれを見て、”可哀想に”と私に同情する。


 けど、本当にそうだろうか?


 自分の生い立ちというか、今までの人生を箇条書きで書き出していけば確かに不幸な子だろう。


 両親に先立たれ、異母弟に当主の座を奪われ、継母に苛めを受けている。


 まぁ、あまり苛めを受けていたという自覚はないけど……ともあれ、周囲から見ればこんな所だ。

 婚約者に逃げられた、というのも追加すると確かに不幸っぽい。


 だが実際、外からみた自分ではなく、私からみた自分自身はどうか?


 ――正直な所、両親に先立たれたことや、「要らない」と明言されたことはともかく、不幸だとは思ってない。


 だって、私はできることがある。


 勉強はまぁ、並程度かもしれない。


 けど、普通の貴族子女は、料理の仕方を殆ど知らない。

 お掃除の仕方なんて絶対に知らない。

 服の繕い方も知らない。


 それって凄いでしょう?


 それにそもそも、私に貴族の誇りなんてないし。

 あるとすれば、お父様の言っていた「領民と共に暮らし、手を取り合って、私たちはお互いに繁栄していくんだよ」という言葉くらいだ。


 けど、そのための知識を覚えるべき機会を奪われた。

 貴族としての義務を果たす必要はあると思うけど、今の私は貴族としてその義務すら果たす力のないただの娘でしかない。


 継母様みたいに「貴族だから偉い」とはどうしても思えないし。

 私としては、幼馴染との会話みたいに、もっと砕けた言葉遣いの方が気楽だもの。


 そう考えるようになった原因はお母様にあるのかもしれない。


 お母様はもともと貴族ではなかった。

 ただの旅人だ。

 もっと言えば、冒険者と呼ばれる職業の魔術を扱える人。


 それを知ったのはお母様の私物から日記が出てきたからだ。

 ちなみにその私物は、継母様がお母様の部屋を使う時に、お母様の私物を渡してくれた物。


 ――勝手に捨てることもできるのに、ちゃんと私にくれる分、優しいと思うんだ。

 ……思い出補正による美化かもしれないけど。


 さておいて、その日記でお母様は――今の生活に飽きていたらしい。


 そんな日常の中で、お母様は数ページに一回は「また旅に出たい」と書いていた。

 その末尾には、貴族の一員になってしまったからもう無理だとか、幼い私を置いて行くのも、旦那さん――お父様を置いて行くのも無理だから仕方ないよね、と毎回追加して。


 最初その言葉を見つけた時に、お母様は私たちのことが邪魔なのかと思って悲しくなったけど。

 ――旅に出たいけど、家族と共に居たいとも思ってくれていたのだと気づいて、胸が熱くなった。


 お母様に作ってもらったぬいぐるみは私の宝物。

 汚れて捨てられた時はすごく泣いたっけ。


 お母様は内緒よ、といいながらお菓子をくれた。

 あれはお母様秘伝のレシピだったらしく、マーサ達では再現できない。


 お母様は寝物語に色々なお話をしてくれた。

 もうおぼろげだけど、自分の冒険譚だと言ってた気がする。


 ――あんな風になれたなら。


 何度も思い描いては、捨てた夢。

 だって私は貴族で領主一族だ。


 この血肉は領民たちの血税で出来ている。


 贅沢な服を着て、暮らすのに困らないのは、領民に仕事を与えるため。

 美味しいごはんを食べられるのは、領民が食料を頑張って育てて税として納めてくれているから。


 だから、領主の子は領民のために勉強をする。

 いつか自分が成長した時に、領民達が暮らしていくのに困らないよう、領地を運営するために。


 ――少なくともお父様と家庭教師の二人はそう言って私に勉強するよう言い聞かせた。


 そして、私もそれは当然だなと思う。

 別に貴族だから偉いわけではない。


 教育を与えられ、相応の努力をして領民に尽くすから、領民に尊重してもらえるのだ。


 だけど――


 私はもう領主にはなれない。

 十五歳になったら、お嫁に行く予定も潰れてしまった。


 このまま家に居るのは辛くなるだけだろう。

 そして私を「いらない」と言ったのは継母様だ。


 なら――


「にゃぁ?」


 こちらを窺うようにいつの間にやら、ラフィークが近く居た。

 何やってるの? と言いたそうにこちらを見ている。


「ねぇ、ラフィーク」

「にゃ」

「私ね――と思うの」

「にゃぁ……?」

「貴方はどうする?」


 私の言葉にラフィークは、キョトンとした顔をして、にゃぁんと鳴いた。

 そしてスリスリと私の手に頭を撫で付ける。


 ――私の気持ちはこれで決まった。

 あとは準備するのみだ。


 多分私は愚かなのだろう。

 すぐ後悔するかもしれない。


 それでも――エリック様のように。

 私も自分自身で選んでみたいと思うのだ。




お読み頂きありがとうございます。

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 こちら『悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~』にて新連載を始めました。
 ゲームの悪役キャラ憑依物です。よろしければ、目を通してやって下さい。
 ……感想や、評価に飢えているので、何卒お願い致します。m(_ _)m
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