00/プロローグ
木札を内容ごとに仕分けし、まとめてからトントンと机に叩いて揃える。
インクの残量を確認してから、指を組んで上半身を伸ばした。
「ん~~っ! あともうちょっとで休憩時間だぁー!」
隣で同じようなポーズをして、体を伸ばす同僚が楽しげに言う。
「はい。あともうちょっとですね。イーズさん」
冒険者ギルドは基本的に、朝夕はとても忙しいが昼はそこまで忙しくはない。
なので朝の書き入れ時を過ぎてしまえば、ほとんど暇になる。
とはいえ、依頼者が来るので完全に暇ではないけど。
「そういえば今日は来るかな?」
そう言って、どこかニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべるイーズさん。
なんの事だろうかと思い、彼女の視線を追うようにギルドの入り口を見ると、まるで見計らったかのように扉が開いた。
「おっ。きたきたっ。仕事とはいえこう頻繁に来るのは絶対他にお目当てあるよねっ!」
目を輝かして言う彼女に、私は苦笑を浮かべる。
入り口へ視線を戻せば、オレンジの髪色をした青年はまっすぐこちらへ向かって来ていた。
鎧は着てないけれど、騎士の制服をまとった彼は知り合いでここの領主の息子さんだったりする。
しかし、それは周囲に秘密らしい。
事情は知らないが、彼は領主一族であることを隠して騎士として振る舞っている。
髪がオレンジ色なので、今日は”騎士”として仕事に来たのだろう。
イーズさんが言うように、確かに彼は頻繁に来るけど、それは私が作った水薬を買いに来てるからだ。
最近ギルドでも置かせてもらっているけど、一日に販売できる個数制限を設けているので、量が欲しければ頻繁に買い足しする必要がある。
私の困惑など気にせずに、イーズさんは楽しげに私を見ては「いいなー」と羨ましがっている。
……こういう時の彼女には何を言っても通じない。
それでも一応念の為「違うと思いますよ」とだけ言っておく。
今まで私はあまりたくさんの人と関わらずに生きてきた。
だから、人付き合いとか”暗黙の了解”とかがよく分からない。
――分からないが、こんな風に人の様子を見て対処法を覚えた辺り、成長してきてるのだろう。
(うん。私ちょっとだけ成長してる)
内心でうんうんと頷いていると、彼はすぐ目の前に立っていた。
「こんにちは、シアちゃん」
「はい、こんにちはクロード様」
微笑むクロード様に、私も笑顔でそう返す。
「今日もよろしく頼むよ」
そう言って、差し出された木札はいつもと同じ内容。
以前、配達しますよと言ったけれど「一応値段の張る品だから」と断られている。
確かに道中で割れたら困るから仕方ないけど……もっと頑丈な入れ物を用意するべきだろうか。
「はい。では少々お待ち下さいね」
一言断りを入れてから、私は木札に書かれた品を用意するために席を離れた。
クロード様が買いにくるものは基本的に同じ内容だ。なので前もって別の箱に分けてある。
念の為中身を確認してから、箱を抱えてカウンターへ戻ると、クロード様はイーズさんと話しているようだった。
「お待たせしました。クロード様」
「いつも重いのに悪いね」
「いえ、慣れたものですから」
正直なところ、重さよりも割らないかの不安のが勝つ。
……やっぱり新しい入れ物を開発してみよう。
「じゃあ、これが代金ね。
――それとこれからお昼一緒にどう?」
彼はいつもお昼直前の頃に来ては、昼休憩がてら一緒に食事に誘ってくれる。
こちらとしても、一人で食事を取るのは寂しいのでありがたいといえばありがたい事なのだけど――
「では自分もご一緒させて頂いても?」
「俺も当然いいよな?」
クロード様の背後から、聞こえてくる二人の声。
「げっ。なんでお前らいるんだよ」
「シアさんのいる所、僕がいるのは当然です」
「……たまたまだよ」
執事風の服を着た青年――ウォードが当たり前という顔で。
冒険者風の少年――ジャスさんは少し視線を反らせながら言う。
「なんで野郎とまで一緒に食わなきゃいけないんだよ。お前らはお前らで食べてればいいだろうが」
「食事は大人数で食べれば食べるほど良い、とシアさんは以前言っていましたから」
そんな事言ったっけ?
大人数で食べる食事は楽しい的な事は言ったかもしれないけど……。
そして始まる口喧嘩。
本気で怒ってる訳ではないし、喧嘩するほど仲が良いとは言うけれど、目の前でじゃれ合うのは止めて欲しい。
――けど、こんな風にみんなで揃って食事を食べられるようになって本当に良かった。
一ヶ月前の事件は本当に大変だったもの。
三人を見守りながら、私は一ヶ月前の事件を思い出し始めた。
お読みいただきあり、ありがとう御座います。