39/そしてこれからの日々
盗賊団討伐から数日。
事後処理やグレゴリーの孫の件は、クロード様やセドリック様の計らいで私は静かな日々を過ごしてた。
ジャスさんに作る魔術道具のレシピの構想を考えたり。
冒険者ギルドで受付業務をしたり。
オズちゃんのお引っ越しのお手伝いをしたり。
充実した日々であると同時に、その間もジャスさんの事が気がかりだった。
……彼の罰はどうなったんだろうか。
結果的にはアロガンを討つ協力をしたし、他にも討伐の時お師匠様の手伝いもしていたそうだから、多分死刑は免れたと思う。
だけど、その後の罪はどうなるんだろう?
オズちゃんに聞いた所、開拓領では罪人が償いをする場としての開拓村がいくつかあるらしい。
罪の重さによって労働内容や、開拓村の位置(危険度が違うらしい)が変わると言う。
……そこに行くことになったら、当分面会することは出来ないと聞いた。
次に会えるのはいつだろう。
そんな事を考えながら、私が冒険者ギルドの書類を片付けているとイーズさんに声を掛けられた。
「シアちゃん。ちょっと呼び出しが来てるんだけど」
「はい? 呼び出し、ですか?」
「うん。騎士団の人でね、応接間にいるから向かってくれる?」
「分かりました」
騎士団、という事はクロード様だろうか。
……ジャスさんの話かな。
そう考えると、自然と足取りが軽くなる。
ノックをして部屋に入ると、オレンジの髪のクロード様がいた。
今日は騎士としての顔で来てるみたい。
扉を閉めてから、スカートをつまみ軽く頭を下げる。
「おまたせ致しました。ご用件は何でしょうか?」
「あぁ。えーっと、とりあえず座ってもらえるかな」
何故か歯切れ悪いクロード様。
……何か悪い知らせなのだろうか。
「えーあー……ジャスについてなんだが……」
「はいっ!」
つい身を乗り出して返事をする私に、彼は戸惑いの色を浮かべる。
……いけないいけない。流石にちょっとはしたなかったかしら。
「どうぞ、お続け下さい」
「あ、あぁ……えぇとだな。
まず第一に、彼の刑は本来盗賊であり、自身も悪事に手を出した以上、本来ならば縛り首だった」
それは知っている。
だからこそ、私はセドリック様に恩赦を願おうと突撃したのだし。
「その罰事態は、今回の討伐においての協力や、情状酌量の余地もあるとして軽減された。
しかし、盗賊としての活動をしていた為、完全なる無罪放免とはし難い。――そこまでは理解してもらえるだろうか」
「はい」
私が頷いたのを確認した上で、視線を逸したり、口を開こうとして躊躇う。
そんなに言いづらい事なのだろうかと、私が不安に見守っているとついに彼は言葉にする。
「……あいつの罰は奴隷落ちになった」
胸が締め付けられたような気がした。
奴隷とは、平民よりも更に下の人間の扱いだ。
街で親の居ない子供よりも、酷い目にあうことも少なくないと聞く。
……あれだけ、協力してたのに……。
それほど彼の罪は重かったのだろうか。
私に出来ることはなんだろう。
気がつけば私の手に、クロード様の手が乗っていた。
どうやら無意識のうちに指を組んでいたらしい。
今になって、指がじんじんと傷んでくる。指先も白くて血が通わないくらい力を込めていたようだ。
「あいつに選択肢を親父は与えたんだ。
罪人として開拓村での労働か、奴隷落ちか。
そしたらあいつは、約束があるから早く終わらせたいって言ったんだ」
約束。
罪を償ったら、改めて私と友達になってくれると交わした事だろう。
……彼に重荷を背負わせるくらいなら、そんな約束しなきゃよかった……。
後悔で涙が出そう。
なのに、同時にその約束を守ろうと、大事にしてくれてるのだと思うと、とても嬉しい。
……私はなんて我儘なんだろう。
――でも、奴隷になったなら買い手が必要なはずよね?
だったら私が彼を買えば……!!
そう思って顔を上げたけど、クロード様は苦笑して言葉を続ける。
「多分、自分が買えばって思ったんだろうけど、もうあいつの奴隷落ちの手続きも、その主人の決定も終わってる。
あいつの希望で、絶対に君にだけは知らせないでくれって言われててね。
……今日その手続きが全部終わったから連絡しに来たんだ」
「そう……ですか」
その後の事はよく覚えてない。
クロード様とは別れ、業務の残りを終わらせて。
私は重い足取りで自宅へと帰っていった。
* * *
「ただいま帰りました……」
誰に言うでもない挨拶をしながら、自宅の扉を開けて中に入る。
今日はオズちゃんも魔術師ギルドの都合で、帰ってこない
だから、誰も居ないから泣くのには丁度いいと思った。
階段を上がって自室へ戻ろうとして、違和感に気づく。
部屋の明かり、消し忘れたかな。
油ではなく、魔力で明るくする照明だから油よりはお金がかからないけど、それでも私みたいな魔力の低い人間には貴重だ。
オズちゃんに怒られるな、なんて思っていると階段の上からひょこっとウサギ――お師匠様が顔を出す。
「あら、遅かったじゃない」
「お師匠様、森に帰ったんじゃ……?」
なんだか”野生に帰った”みたいな響きだけど、ウサギの姿に戻ってしまったから、引きこもると言ってたのに。
ちなみに、ウサギの姿をオズちゃんは「魔術の実験じゃ仕方ないわね」と納得していたので、そこまで気にする必要ないのでは、とも思うのだけど……。
……でも魔術師と一般人の感性はまた違う気がするから、騒がれたくないから森にいるというのは理にかなってるのだろうな。
「ちょっと買い物しなきゃいけなくてね」
「え。その姿で、ですか?」
それはそれで騒ぎになるようなと思っていると、どうやら商人にここまで運んでもらって商談したらしい。
ウサギの姿は魔術道具でごまかしたとの事。確かに誰に触れられるかわからない街中と違って、家の中なら見た目だけ誤魔化せば良いのかな。
「それにしてもお師匠様がお買い物しなくても、私が代わりに買ってきましたのに」
そう言いながら階段を上がって行く。
「んー。まぁ、モノがモノだったからね。
ちょうどいいわ。私の部屋に来なさい」
そう言って、お師匠様に招かれるまま部屋に向かうと、そこにその人は居た。
「面白い買い物をしてみたの」
年の頃なら、私と同じくらいの十五歳前後。
私より、少しだけ高い身長で、黒髪黒目の男の子。
「それでせっかくだから、森で鍛えてみようと思ってね」
約束を交わして、別れてしまった人。
今、私の目の前に居るはずのなかった人。
「ジャス……さん……?」
かすれた声が出る。
ジャスさんにしか見えないその人は、バツの悪そうな顔で頬を掻いてそっぽを向く。
「魔力が高くて、やる気があって、真面目で働き盛りの若者。
いい買い物したでしょ?」
そう言ってウィンクするウサギなお師匠様。
分かってて言ってますよね!?
だけど口から言葉が出てこない。
ぱくぱくと打ち上げられた魚みたいにしてると、ジャスさんが口を開いた。
「あー……えー……。
まぁ、そういうわけで、だな。
サージュ様の奴隷兼弟子のジャス、です。
で、あー……その、よろしく、な?」
歯切れ悪く言葉を紡いで、笑ってくれる人はやっぱりジャスさんだった。
「待てっ!? なんで泣くんだよ!?」
「――泣いてなんかないです」
ぽろぽろと涙を零しながら、ついそんな強がりが出る。
だって、しょうがないじゃない。
さっきまで奴隷落ちしてしまったジャスさんが心配だったのに。
それで落ち込んで、家で一人泣こうって思ってたのに。
目の前に、ジャスさんがいて。
主がお師匠様で。
それで私の心はもう許容量一杯で破裂しちゃったんだから。
凄く凄く嬉しいけど、騙されたとかお師匠様の馬鹿とか、そういう腹ただしい気持ちも一杯で。
泣いた私をジャスさんが困ったように右往左往する。
お師匠様は肩をすくめて見守ってる。
ひとしきり泣いた後、私は涙を指で拭って立ち上がった。
「――私は、お師匠様の弟子のシアです。
どうぞ、これからもよろしくお願いしますね」
笑って手を差し出した。
* * *
婚約破棄を言い渡された日。
私は選んだ。
自分の意思で選ぶことを。
選び続けた結果、怖い事もあったし、辛い事もあったけど。
友達が出来て、今までたくさんの人に助けられてる自分を知った。
だから、今度は私も返していきたい。
私に自由を選ばせてくれた人達に。
私と共に歩んでくれる人達に。
――私は大好きな人達と”シア”として今日も生きていこうと思う。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
区切りの良いところまで投稿ができたので、感想欄を開放しました。
宜しければ声を聞かせて頂ければ、大変嬉しいです。
ストックが尽きたので暫く書き溜めにまわります。




