38/長い夜の終わり
怒りというのは不思議なもので。
限度を超えると、笑うしかない気分になるみたい。
それがアロガンの癪に触るらしく、ますます顔を赤くして、それがいっそう笑いを誘うから困る。
多分、何が起きたか分かってないんだろう。
正しくは、自爆覚悟で私が爆弾を使うとは思ってもなかったんだろうけど。
私は氷の爆弾の水を、特殊な水で作った。
水の原料はウンディーネの泉の水だ。
許可を得てから貰ったそれは、いわばウンディーネの身体の一部。
さっきの氷の壁を見て思ったのだ。
爆弾の中身もウンディーネの一部ならば、指輪をつけてる私に悪影響はないのでは、と。
一種の賭けではあったけど、ラフィークの事で怒ってる私には躊躇いなんてなかった。
どちらにせよ、相手の予想を上回らなければ不意打ちなんて効くはずないし。
畳み掛けるなら今だ。
というか、勝機は今しかないだろう。
だけど、残った爆弾はさっき全部使ってしまった。
それに私に武器はない。
ラフィーク頼みでいたから、武器らしい武器は道具しかないのだ。
その道具も残りは薬とかんしゃく玉数個。
アロガンの魔剣から氷が溶け始めて、ちょっとした水たまりが出来つつある。
凍傷そのものがすぐ治るとは思えないけど、行動可能になるのは時間の問題だろう。
冷えた身体で動きが鈍い今が攻め時なのに……!
――早く、早くしなきゃ。
武器になりそうなものを探していると、物音がした。
――増援が来た!?
藁にもすがる思いでそちらを見れば、そこに居たのはいるはずのない人物だった。
黒髪を首筋に張り付かせ、周囲を観察する黒い目。
肩で息をして、状況を確認するその人は――ジャスさん。
思わず声をかけようとしたけど、彼は私なんて見ないまま、アロガンへと駆け寄った。
……どうして?
「ボス!? どうしたんですか!?」
「ジャス? なんでお前こんな所にいるんだ?」
「俺は、捕まってから、頑張って街で潜伏してて……ようやく抜け出たら、アジトに誰もいなくて……。
そんで、探してたらなんか空に光が打ち上がったし、なんだろうって思って来たんです」
片膝をついてアロガンを気遣わしげにするジャスさんを見て、疑問が次々浮かぶ。
どうして貴方を苦しめた相手を気遣うの?
どうして私を無視するの?
どうして牢屋にいるはずの貴方がこんな所にいるの?
どうして――と、混乱していると彼の様子が少しおかしいことに気づいた。
「――まぁいい。あの女を捕まえろ!
俺がたっぷりと可愛がった後はお前にも楽しませてやるから安心しろ」
「……えぇ」
あの、なんだかジャスさんの声が凄く怖いんですけど。
彼は無表情なまま私を見いてる。
感情を殺し、必死で怒りを抑えているような……そんな顔だ。
思わず一歩後ずさる。
それを喜ぶアロガンだったけど、すぐにその笑顔は掻き消える。
ジャスさんが不意打ちで切りかかったからだ。
炎と光が閃く。
彼の手にあるのは、柄だけの剣と言った方がいいだろうか。
恐らく魔術道具であるだろう、その剣の刃は光で出来ているようだった。
「てめぇ……っ!!」
憎々しげにジャスさんを睨むアロガン。
あの状況からの不意打ちで、魔剣で受け止めた辺りは流石だとは思う。
――さっきのは全部お芝居だったんだ。
だとすればさっきの疑問は綺麗に解ける。
なら、私は彼の手伝いをすればいい。
周囲を見回して出来ることを探す。
氷の壁に、木に……水たまりに、倒れた盗賊達。
それと、使える物はかんしゃく玉と、錬金瓶の魔力の液体。
――あれを利用できれば何とかなるかも。
やることを心に決めて、ラフィークをそっと地面に下ろす。
それから大回りして、アロガンの背後へと近づいていく。
「お前なんかにあいつを穢させるかっ!!」
「このっ。くそっ! このポンコツ魔剣! もっときばれっ!!」
普通魔剣はそう簡単には壊れない。
だけど、ジャスさんの手にした魔術道具の剣は、ゆっくりと魔剣に食い込んでいく。
悪態をついた所で、状況なんて変わらないのになんて無様だろうか。
ぎりぎりと食い込んで――ついに限界を迎える魔剣。
折れた魔剣をどんな顔で見てるかは、背後にいる私にはわからない。
だけど、その隙をジャスさんは逃さなかった。
「喰らいやがれっ!!」
剣の柄だけを持った腕を、ジャスさんの剣が切り落とす。
私も同時に動く。
狙いはアロガンが溶かした氷で作られた水たまり。
「ウンディーネ! あの男を氷漬けにしてしまって!!」
『えぇ。良いですよ』
氷の壁から出る前に用意しておいた、魔力の液体で呼び出し済みのウンディーネに声をかけた。
私の願いに応じたウンディーネが、氷の爆弾に使った泉の水をまるで蔦のように操り、アロガンへ絡めていく。
――そして。
アロガンはウンディーネの氷に閉じ込められて氷像と化した。
* * *
アロガンを氷に閉じ込めた後、ウンディーネにお礼を言ってラフィークの治療をして。
……まずは目先の出来ることをやってしまってから。
森が火事にならないよう、すでに火は消えている。
少しヒンヤリとした空気と、うっすらとした月明かりが私達を照らしていた。
私はジャスさんと向かい合っていた。
聞きたい事がたくさんある。
だけど、面と面を向かって話そうとすると言葉が喉から出てこない。
いつもなら、ラフィークが、オズちゃんが、お師匠様が背中を押してくれるけど、今は居ない。
だから、私が言わなきゃならないのに。
「えと、その……」
気まずいと感じてるのはジャスさんもらしい。
戸惑いながら、視線を逸しては合わせてを繰り返す。
どうしてだろう。
なんで私も目を合わすのが恥ずかしいんだろう。
なんかこぅ、そわそわするし……。
「あー……あの、さ」
「は、はぃ」
少し声が裏返った。
「その……友達、撤回したの……ごめん、な」
そう言ってから、ジャスさんは撤回したのは自分が犯罪者だからだと続けた。
……そっか。
私の事をそんなに考えてくれてたんだ。
確かに犯罪者の身内や友人は肩身が狭い思いをするだろう。
それが嬉しいような、そんな事で、と憤慨するような。
真逆の気持ちがないまぜになって胸を巡る。
「だから……その、ちゃんと償ったら……」
「分かりました。……待ってますね」
私が嫌いだから拒絶したのじゃないなら、彼が償いを終えるまで待とう。
素直にそう思える。
「……」
「……」
お互いに顔を見合わせて笑って――また沈黙。
居たたまれなくて、私は先程浮かんだ疑問を聞いてみることにした。
「そ、そういえばどうしてこんな所に?」
「あぁ……えっとお前の師匠の――サージュさんがちょっと口利きしてくれてな。
最初はアジト近くで罠を張ってて、引っかかった奴を捕まえる手伝いしてたんだけど……オレンジの光が上がっただろ?
そしたら、アロガンの野郎が逃げてるだろうって話てて……。
……お前が向かうだろうってサージュさんが言ってたから、心配に……なったんだ」
後半はかなり小さい声になっている。
多分恥ずかしいんだと思う。私も大変恥ずかしい。
お師匠様に全て見透かされている……!
「じゃあ、さっきのあの光の剣も?」
「ん? あぁ。武器なんて持ってなかったから、貸してくれてな。
えっと……これが、暗い所でも見やすくなるっていう眼鏡で、こっちが持つと魔力を吸って盾になるっていう魔術道具。
それから、回復用の水薬と……さっきの魔力を吸って剣になる魔術道具かな」
流石お師匠様。そんなに色々持ってるなんて。
でもなんだろう……。
「どうした? なんか顔が怖くなってるぞ? ……なんか怒らせたか?」
「いえ……その……私が作りたかったな、と思って」
ジャスさんが不安そうに尋ねるからつい言ったけど……恥ずかしい。
どう考えてもお師匠様が作る道具の方が、品質も性能も良いんだから、私なんかよりお師匠様の方が良いに決まってるのに。
私が羞恥で固まってると、彼は優しく笑ってくれた。
「そっか。……じゃあ、いつか作ってくれよ。
俺も作ってもらえたら嬉しいし……」
「――はい。喜んで」
そっぽを向きながら、頬を掻いていうジャスさん。
任せてもらえるのはとても嬉しい。
そのためにも、色々と勉強して最高の物を作ってあげたいと思う。
二人で笑いあっていると、遠くでコンコンとノックのような音が聞こえた。
なんだろうとそちらを見れば、氷の壁。
……忘れてた。
「そろそろ出してもらえないか?」
氷でくぐもったクロード様の呆れた声。
慌てて指輪で穴を開けて、中の人達を救出していると、増援の兵士達もやって来る。
――こうして、私の長い夜は終わった。
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