37/私の決意
指輪から出た光。
これはジャスさんの呪いを解いた時に似てる。
あの時は首輪みたいな何かが出てきて、それを崩していったけど、今回は違った。
クロード様の身体を包み込むように光が広がり、水滴が落ちる時の逆みたいに小さな丸い液体みたいのが少しづつ、彼の身体から出てきては消えていく。
……毒を吸い取って消してるって事だろうか。
解呪道具を作ったつもりだったから、こんな効果が有あるなんて……。
もしかして、ウンディーネがくれた”浄化の雫”の効果?
光が消え終わり少しすると、クロード様のまぶたが少し動いて目を覚ます。
「……ここ、は……?」
「先ほど私が作った氷の壁の中です」
「そう……か。アロ、ガン……は……?」
「壁の外でラフィークが今足止めをしてくれています」
「……あの、猫か……」
模擬戦の時に、あの子の強さは皆が認めてくれていた。
だからそう簡単には負けないとは思う。
……問題なのは時間制限だ。
そのためにも早く行かないと……!
意識が戻ったクロード様はとりあえず大丈夫。
私は立ち上がって、ラフィークのもとへと行こうとしたけど、クロード様が私の手首を掴んだ。
だけど、それは少し力を入れれば振りほどけるほど、弱々しい力。
きっとまだ麻痺の影響が残ってるのだと思う。
命に別状がないなら、これ以上の投薬はしない方が良い。
変に投薬すると、身体に悪影響が出る可能性があるとお師匠様に注意されているし。
「あの、クロード様。手を離して下さい」
振りほどこうと思えば振りほどける。
それでもしないのは彼の目が私を心配しているからだ。
「逃げ、ろ。応援、を、呼ぶんだ」
苦しげに言葉を紡ぐクロード様。
心配してくれているのは痛いほど分かる。
私だって、クロード様達に逃げて欲しいもの。
だけど、現実には気絶してる兵士も、麻痺毒の影響が少し残ってるクロード様も逃げれない。
ここで私が逃げればアロガンはどうするだろうか。
――当然、兵士達は殺され、クロード様は領主への人質か、もしくは当てつけに殺される。
そんなの絶対ダメだ。
ならどうするかなんて決まってる。
私は自分で全部決めたいと願ってあの家を出た。
だから、この大事な局面を人に決められる訳にはいかない。
それに勝算だってある。
伝令は救難信号の事も知ってるし、村での戦闘が終了したらこちらへ増援を送れという命令を受けているんだ。
――その時間稼ぎさえ出来れば良いんだもの。
倒す必要なんてない。
それだけなら――お師匠様との修行の日々を経た私にならきっと出来るっ!
「申し訳ありません。命令違反しますね。
私は皆さんを見捨てたくありませんから。大丈夫。時間稼ぎをすれば良いだけです」
笑ってそう言いながら、掴まれていない方の手でそっと彼の手を離す。
そして、髪を数本抜いて錬金瓶に準備をした後、指輪をかざして氷の壁に穴を開けて外へと出た。
* * *
「お。なんだ出てきたのか?
それとも俺に可愛がられに来たのか?」
下品な笑みを浮かべて私を見るアロガン。
”可愛がる”の意味はよく分らないけど侮辱しているのだけは分かる。
周囲を見ると結構火の手が上がっており、ラフィークも所々毛皮がチリチリと焦げ付いているみたい。
……水薬と私の魔力をあげたいけど……。
果たしてその余裕があるだろうか。
どうしてもあげる時、ラフィークと私が止まる。
その隙きを見逃してくれるほど、アロガンは優しくないだろうし、未熟でもないはず。
すでに周囲で立ってるのはアロガンだけだ。他の伏兵はさっきクロード様を襲おうとした人だけだと思う。
そうでなかったら、とっくに氷の壁に攻撃をしかけたり、ラフィークが負けてるだろうし。
そもそもラフィークを仕留めきれてない時点で、伏兵を呼ばない理由なんてない。
つまりは、アロガンさえ倒せばこちらの勝ちという事だ。
「何睨んでんだ? お前さんが睨んだ所で可愛いだけだぜ?
しかしまぁ……あの様子だと引き時も見極められねぇバカどもは終わりだろうな。
最後に戦利品だけ頂いてとっととずらかるとするか」
戦利品ってなんだろう……?
やっぱり領主の息子であるクロード様だろうか。
「にゃあ!!」
ラフィークの鳴き声と、私が動いたのはほぼ同時。
さっきまでいた私の位置に、炎の魔剣が振り下ろされていた。
「ちっ。隙きだらけのクセしていい勘してんじゃねぇか」
「それはどうも」
……人がちょっと考え込んでる時に不意打ちとか……!!
確かに戦闘中に考え事した私が悪いけども!!
試合じゃない。
修行でもない。
――そうだ。これが実戦だ。
ごくりと息を飲んで、呼吸を整える。
「ふぅん。いい顔するじゃねぇか。売り渡すよりは俺の手元において俺の女にしてもいいな」
「意味は分かりませんが、お断りします」
きっぱりすっぱり言ったけど、笑い飛ばしてからアロガンはなんだか粘着質な視線を向けながら言う。
「そうかそうか。気位が高いのは嫌いじゃねぇぜ。
そういう奴の心を折って屈服させるのが楽しいからな」
……気持ち悪い!
背筋をぞくりとした悪寒が走る。
あの夜感じたのと、同じ生理的嫌悪。
ラフィークは身を低くしながら、先程よりも警戒を強めてる。
私もこの人に負けたら、かなり拙い事になると今更ながらに実感した。
アロガンはラフィークを警戒してか、それとも私が怖じ気つかない理由に警戒してか、今度は攻撃を仕掛けてこない。
相手を睨むように観察しながら、爆弾を一つ取り出し手の平で握り込んだ。
これは普通の炸裂する爆弾と違い、周囲に冷気を起こす。
さらに中には、特殊な水が入っていて、爆発した瞬間液体をばらまいてその水ごと凍りつかせてくれる。
いわば、氷属性の爆弾。
アロガンの魔剣に対抗して、私がレシピを考案してお師匠様に手直しを頂いた品だ。
――問題なのは使い所。
どんな効果か分からない今は、不用意に相手も攻撃はしてこれない。
けれど、一度使ってしまえば効果が分かるから、対処の仕方も分かってしまうだろう。
少なくとも私より実戦経験豊富な相手だし、それくらいは出来ると思った方が良い。
じり、とアロガンが足を動かす。
――来るっ!
炎を纏った剣が迫る。
ラフィークが腕に噛み付こうとするけど、噛み付く直前に足蹴にされた。
あの子の悲鳴を聞きながら、私は攻撃に転じるタイミングを図る。
避けるだけなら、攻撃はそこまで怖くない。
持久力だって、さっきからずっと戦ってるアロガンよりはあるはずだ。
だけど――致命的に私には実戦経験が足らない。
悔しいほどにそれを感じる。
氷の爆弾はいくつかあるけど、最初の一手を失敗すればきっと勝てないだろう。
そう考えてしまえばしまうほど、余計に投げれない。
ラフィークが走り、アロガンが切りかかってくる。
それを何度も繰り返し、その度にお互い避け続けた。
「――ちぃっ! これを喰らいなぁ!!」
追いかけっこのような状態にしびれを切らしたのか、アロガンは魔剣の炎を溜め込んでから私に振り下ろす。
振り下ろされた魔剣から、炎が意識を持った生き物のように迫って来た。
私の背後には、氷の壁がある。
一撃で溶けてしまうかは分からない。
だけど、溶けてしまったらクロード様達が危険になるし、こちらの勝ち目もなくなってしまう。
迷う暇なんてない。
私は避ける事を放棄して、自分のほんの少し前に爆弾を放り投げる。
爆弾が炸裂したのと、炎が私に触れそうになったのは同時だったと思う。
鼻先を炎が舐める。
だけど、大部分の炎は爆弾が生み出した氷の柱が防いでくれた。
効力は五分五分といった所だったみたい。
氷の柱が在ったのはほんの一瞬。
すでに炎に溶かされ、水たまりが生まれていた。
「へぇ……そりゃ、氷の爆弾かぁ?
珍しい魔術道具を持ってるじゃねぇか」
にやりと笑うアロガン。
選択肢はなかった。
……でも、どうしよう。
お師匠様に口を酸っぱく言われ続けていた、戦闘中に”迷いを見せない”というのも忘れて、私は悔しげに睨む。
元々私一人で戦う予定なんてなかった。
だから、攻撃手段と呼べるのは氷の爆弾だけで、後はかんしゃく玉と回復用の薬しか持っていない。
……時間がなかったとは言え、もう少し他のも用意するべきだった。
ぎり、と奥歯を噛みしめる。
私の焦りがラフィークに伝わったのか、あの子は猛攻撃を始めた。
自分が傷つくのも厭わず、何度も爪を振りかぶり、牙を突き立てようとする。
なんとか手助けをしたいけど、接近戦を繰り返すラフィークがいる以上、私には手が出せない。
やがて――ラフィークにも疲れが見え始めたのか動きが鈍る。
そこを見逃すアロガンではない。
「ラフィーク!!」
駆け寄ろうとした瞬間、剣がラフィークを切り裂く。
血は余り出ない。
多分、炎を纏った剣だから傷口が焼かれて止血されるんだろう。
地面に倒れたラフィークを呆然と見る。
その体は、ついに魔力が切れてしまったのか、しゅるしゅると縮んでいく。
「なんだこいつ。縮みやがった」
そう言いながら、アロガンは子猫になったラフィークを私の足元へ蹴り飛ばした。
慌てて抱き上げて、水薬を飲ませた。……なんとか命は無事だと思う。
「これでお前を守ってくれる奴はいなくなったな」
一歩一歩近づいてくる。
その顔に浮かんでいるのは勝利だろう。
私はふつふつと滾る心を抑えながらその時を待つ。
「大人しく俺についてくれば、魔剣で調教なんてしなくて済むんだぜ?
安心しろ。たーっぷりと可愛がってやるからよぉ」
俯く私の顎に手をやり、無理やり顔を上げさせるアロガン。
しかし、先程まで浮かんでいただろう、余裕と嫌らしい笑みは、一瞬にして怒りに染まった。
「なんだその目は……!!」
私は絶望なんかしない。諦めてなんかやらない。
近づいてくるのを待っていた。
至近距離で、私の顔しか見ない今ならば。
私の手が何してるかなんてわからないでしょう?
アロガンの死角から、氷の爆弾を一気に五つ投げ放つ。
さっきは溜めた炎で互角程度の火力と冷気だった。
けど、今は至近距離でかつ、魔剣の力を溜めてる時間なんてない。
左腕でラフィークをしっかりと抱きかかえ、右腕で顔を庇うようにかざす。
冷気が爆発して頬を打つ。
地を蹴り、後ろへ下がると冷気の靄が晴れていく。
そこに居たのは、全身霜だらけで辛そうに顔を歪めているアロガン。
「この小娘が……っ!!」
顔を真っ赤にして私を睨みつける姿はいっそ滑稽だった。
だから、私はお師匠様を見習って笑顔で言う。
「その小娘に油断するから痛い目に合うんですよ?」
お読み頂きありがとうございます。




