少年06
因果応報とはこういうことだろうか。
ジャスは惨状を見ながらそんな事を思った。
木と木の間に張られている糸のような素材に、絡まり、動けなくなりながらも悲鳴を上げ続ける盗賊。
これがサージュの用意した罠だった。
同じような罠が他にもいくつも用意されており、落とし穴もあるらしい。
怖くて逃げ出した挙句、暗いせいで何に捕まってるか分からないという状況は恐怖でしかないだろう。
正直な所、ジャスから見ても可哀想と思える惨状だ。
(これ、何も知らないと魔物の巣にでも捕まったと思って怖いよな……)
ともあれ、悲鳴を上げられていると他の逃亡者が他の場所に行ってしまう。
なので彼は、サージュに手渡されている睡眠薬のスプレーを捕まえた盗賊団にしゅっと吹き付けた。
恐ろしいほどに強力なそれは、ただ一吹きだけで盗賊を眠りに誘う。
そうなったら、今度は糸剥がしの液を使いながら罠から引き剥がすだけだ。
これが結構な重労働で、サージュが手伝いを欲しがったのも頷けた。
「……この辺はこんなもん、か?」
罠を再度張り直しながら考え込む。
周囲を伺うと、特に悲鳴は聞こえてこないから、多分大丈夫だろう。
引き剥がした盗賊は、とりあえず縛って木に括り付ける。
すでに何人もやった行為なので手慣れたものだ。
作業が終わった後、ジャスはため息を付いてから村の方を見た。
騒ぎ声はまだ聞こえる。逃げて来る者もまだ多いだろう。
(あいつ、大丈夫かな……)
戦力になれると証明して同行したと聞いたが、ジャスにはそれが想像出来なかった。
だから、凄く不安になる。
悲鳴が聞こえる度に、一瞬彼女を連想して強張ってしまう。……まぁ、大抵は野太い男の声なので勘違いだとすぐ分かるのだが。
「どう? そっちの調子は」
そう言って声を掛けてきたのはサージュである。
ジャスは頷いて、視線で先程罠に嵌っていた盗賊を指す。
「うんうん。ちゃんと仕事してるわね。偉い偉い」
「……子供じゃねぇんだけど」
むすっとそっぽ向いて言うジャスを、何やら楽しげに見てるサージュ。
それがジャスにとっては少し腹立たしい。
「とにかく、ここらはもう居ないっぽいけど……この後どうすんだ?」
「終わったなら照明弾が上がると思うんだけど……」
そう言いながら二人して空を見上げた時だった。
村とは違う位置から、オレンジ色の光が夜空に輝く。
「今のか? なら、終わり……か?」
ジャスが尋ねると、サージュは深刻そうな顔をしていた。
そのまま、懐から手のひらサイズの木の板を取り出す。
それは木の板二枚をあわせた折りたたみ式の鏡だったらしい。
しかし、ここではないどこかが映っているようだった。
「……なんか燃えてねぇ?」
映り込む景色を見て眉をしかめるジャス。
ジャスは知りもしないが、この鏡はシアが持ってる物見鏡と連動している。
つまり、今シアが見ている景色と同じものが見えてるという事だ。
当然サージュはそれを知っているから、光の意味も、これから取るだろうシアの行動も予測出来た。
「拙いわね……。アロガンが逃げたみたい」
「なんだってっ!?」
「さっきのオレンジの光は、救難信号の色よ。
そして、この鏡に映ってるの――多分、アロガンの仕業でしょうね。
……となると、当然村の掃討が終わってない以上、シアと領主の息子がいる部隊が向かう事になるわ」
領主の息子と一緒にいる、という事に突っ込むべきか。
それとも、当然のようにアロガンのいる場所に向かうシアにツッコミを入れるべきか。
ジャスは驚きすぎてどっちに驚けばいいかわからなかった。
ただ、一つだけ分かるのはシアが危険かもしれないという事だ。
「な、なぁ……! 助けにいかないのか? お前、あいつの師匠なんだろ?」
「”お前”じゃないわ。サージュよ」
「呼び方なんか今はどうだって良いだろ?! あいつが心配じゃないのかよ!」
「心配じゃないと言えば嘘だけど、一応領主の息子はそれなりに強いらしいし……。
ただ、あの子怒ると何するかわからないから不安なのよねぇ……」
「なんでそんな呑気なんだよ!? 助けに行けよ!?」
さっき鏡を見た時のサージュは深刻そうな顔をしていた。
つまり、彼女の事が心配だというのは確かなのに。
どうして行動しないのか。
それが理解出来ない。
(俺が行けるなら俺が行くのに……!!)
盾でも囮でもする気はある。
だけど、監視役でもあるサージュに許可を得ずに行けば当然罪になるだろう。
いや――
(罪がなんだ。罰がなんだ。そのために来たんだ俺は……!)
例え彼女の願いを裏切る形になろうとも、彼女が辛い目に合う可能性が少しでも減らせるなら。
(――それでいいじゃないか)
光が上がった辺りがどこかはなんとなく分かる。
なんだかんだとこの辺りを縄張りに盗賊団は活動してたから。
「ちょっとお待ちなさいな」
早速ジャスが向かおうとしたら、襟首を掴まれて首が絞まって「ぐぇ」と変な声が出た。
咳き込むジャスに気にせずサージュは続ける。
「いーい?
場所はあの照明弾から多少ずれてるだろうから、周囲を確認しながら行くこと。
光源を持つと、居場所を教えてるようなものだしなくてもいいわよね?
貴方、武器は扱った事ある?」
「……ねぇよ……」
「それから、その睡眠スプレーは置いていきなさい。
アロガンって炎の魔剣使いなんでしょ?」
「あ、あぁ……」
「なら、気化して効果ないだろうし、下手に奪われたら詰むからね」
喉を抑えながら、矢継ぎ早に質問してくるサージュに苦しげに答えるジャス。
しかし、なんだろうか。
彼の言動はジャスがシアを助けに行って良いという前提で話をしてないだろうか。
それに気づいて、ジャスが口をぱくぱくしているとサージュは楽しげに笑う。
「私の代わりに行ってくれるんでしょう?
ここにはまだ盗賊が逃げてくるかもしれないから、離れるわけには行かないし。
心配といえば心配だもの。貴方が行ってくれるなら助かるわ」
「……良いのか?」
一応囚人という名目上、監視役が目を離すのは良くないだろう。
最悪逃げる可能性があるのだから。
「貴方、逃げるの? 逃げないでしょ?
じゃあ、問題ないじゃない?」
「……お前――いや、サージュさんって凄いこと言うな」
今の言葉を他の人間が聞けば、恐らく問題があると言うだろうに。
しかし、サージュはそんな事はお構いなしに、説明と共にいくつかの道具を渡してくる。
「いーい? 使い方は覚えた?」
「い、一応」
「それじゃ、気をつけていくのよ。
貴方の魔力なら大抵のことは出来るんだから」
(……そうなのか?)
魔力のせいで色々と面倒な事に巻き込まれ続けた。
だけど、辛い過去が今に繋がるように。
苦しみの原因であるこの魔力が、自分の”力”となるのだろうか。
(……重荷としか思ってなかったこの魔力が……役に立つ……?)
無属性だと魔術師に言われ、役に立たないと罵られたあの日。
魔術を覚えるのは絶望的だと知った。
魔力が魔物を引き寄せると知って、自分は疫病神だと思った。
魔物を呼ぶ位しか使い道なんてないと思っていたそれは、彼の力だと言う。
「さ。行ってらっしゃい。
――シアをよろしくね。ジャス」
柔らかく微笑むサージュに見送られ、ジャスは少し顔を赤めながらも走り出す。
照明弾の上がった所へ。
彼女が居るだろう場所へ。
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