少年05
小さな窓から差し込む光。
最低限のトイレと寝床。
所々金属で補強された木製の扉。
春先ではあるが、石造りと地下のせいで寒い部屋。
一応情状酌量の余地があるという事で他の牢屋に比べれば、比較的快適な独房。
そこで少年――ジャスはずっと悩んでいた。
『悪い、さっきのセリフは撤回する。
やっぱり友達にはなれない……だから、もう、俺に関わるな』
そういった直後、彼女――シアは仮面のような笑みを貼り付けて怒り出した。
もちろん、冷たい言い回しだったから、それに怒ったのならば分かる。
だが、彼女はそこに怒っていない気がした。
ならば、友人撤回発言だろうか。
(――でも、俺は犯罪者だぞ?)
犯罪者と縁が繋がっていたら彼女の評判も下がるだろう。
だから自分に関わらせるわけにはいかない。
(……仕方ないよな。
あれが――ああやって拒絶するのが正しいはずだ。
あいつの為に俺が出来る事だろう?)
彼女の事だ。
きっと周囲に止められたって、自分と関わろうとするだろう。
ならば、当人である自分が拒絶するしかない。
――では、それが正しいはずなのに、何故自分はこんなに悩んでいるのだろうか。
(……あいつの怒り方が尋常じゃなかったから……かな)
正直な所、あそこまで怒るとは思ってなかったのだ。
恩赦をもぎ取ると言って騎士に引き渡された後、彼女が何をやったのかは知らない。
素直に話したからかもしれないが、事情聴取も普通に終わったし、他の犯罪者がいるかもしれない雑居房ではなく、比較的軽度の罪人が入る独房に入れられたというのも、盗賊団の一味だという素性を考えれば破格の待遇だと思う。
彼女はこちらが”友人”を撤回しようと、まるで自分を”大事な人”のように扱う。
それがくすぐったいし嬉しい。
しかし――それでは彼女に迷惑がかかる。
(……じゃあ、あの時俺はなんて言えば良かったんだよ)
撤回したって聞き入れないし、かといってそのまま受け入れれば絶対に面倒事になる。
正解が分からないまま、ぐるぐると悩み続けていると、ふいに足音が聞こえてきた。
点呼か食事の時間だろうか。
顔を上げて扉を見る。
足音の主は、鍵をがちゃりと開けて中に入ってきた。
「……なんであんたが……?」
入ってきたのは絵画のごとく美しい人――サージュだったのだ。
(あいつに様子を見てきてくれとでも言われたのか?)
そう考えた所で気づく。
彼女が一度も面会に来ていない事を。
拒絶しておいてなんだが、それが何故だか苦しくて悲しい。
どうせ来るなら、彼女の師匠ではなくて、彼女自身が来てくれればいいのにと思う。
「こんにちは」
「……何しに来たんだ? あいつの頼みか何かか?」
思わず言葉が滑る。
良くしてもらった相手なのだから「挨拶位はした方が良かったか」と、ジャスが悩んでいるとサージュはなんだか楽しそうに笑った。
「違うわよ? あの子は今とっても忙しいもの」
その一言で胸に何か重い物が伸し掛かったような気持ちになる。
「……じゃあ、何だよ」
拗ねるようにそっぽを向きながらジャスは言う。
サージュは扉を閉めて、塞ぐように寄りかかりながら話を始めた。
「今シアは騎士団の盗賊団討伐に向けて準備中で忙しいの。当然討伐本番もついて行くわよ」
「は?」
何故それを自分に言うのか。
何故彼女が盗賊団討伐の準備などするのか。
理解出来ない。
そのジャスの様子が面白いのだろう。サージュはことさら楽しげに話を続ける。
「それだけ貴方が大事なんでしょう?
お友達撤回されちゃったのに、健気よねぇ」
「おかしいだろ!? なんでお前ら止めないんだよ!?」
「止めたわよ? 一応、程度にはね。
でもあの子が自分で考え、足手まといにならない手段を得て、それでも討伐隊に参加しようっていうんなら、私が止めるのは筋違いでしょう?
私は師匠であっても、親ではないし、成人している子を束縛する権利はないもの」
「だからって……」
ありえない。
頭がその言葉で埋め尽くされる。
何に対して、そう感じているのか分からない。
彼女がそこまで自分に執着している事だろうか。
盗賊団相手に喧嘩をふっかけようとしている事だろうか。
止めようともしない周囲の人間に対してだろうか。
彼に取って、アロガンは暴力の象徴だ。
ただの少女が敵う相手ではないし、騎士団と一緒とはいえ戦闘に参加するなんて考えられない。
「まー。もう決定事項だから、勢い任せだろうと行動力の勝利ね。
今更止めた所で無駄よ? 貴方が止めた所で一切聞かないでしょうし」
「……」
「ねぇ――貴方、これでいいの?」
「良い訳ないだろ! 早く止めろよ!」
「そっちじゃないわよ」
額に手の甲を当て、ため息を付いてからサージュは言う。
「いーい? あの子が自分で手にした権利を、第三者が今更止めるなんて無理なのよ。
それこそ決定を下した領主が前言撤回しない限りはね」
(あいつ領主に直談判しに行ったのかよ……!?)
一般人が会える相手じゃない。
以前、彼を捕まえた相手が言っていた「お嬢様」というのと関わりがあるのだろうか。
「――で、私が聞きたいのはね?
貴方、ここでシアに騎士役やらせて、囚われのお姫様役でいたいのかって事よ?」
「……?」
「だってそうでしょ? 貴方を助けるために、シアが頑張ってるんだから」
その言い分に絶句するジャス。
確かに冷静に考えてみると図式としてはそうだ。
(けど、今の俺に何が出来るんだよ)
奥歯を噛み締めて、こぶしを指が白くなるほど握る。
投獄中の人間が勝手に出ていけば、当然罪になるだろう。
それでは、自分のために減刑を掛け合った彼女を裏切ることになる。
「あー……何が出来るか、を聞いてるんじゃないわよ?
今聞いてるのは、そこで大人しくお姫様をやっていたいかどうか、よ」
「やっていたいわけ無いだろ!」
反論に声を上げるが「でも……」と口ごもる。
罰が怖いわけじゃないが、これ以上彼女を裏切るのは嫌なのだ。
「ん。その気概があるなら良いわ」
(何言ってるんだこいつ。それじゃまるで――)
「貴方が仕事する気あるなら、連れて行ってあげる」
「――っ!」
「私もまぁ、お願いする代わりにちょっと仕事を押し付けられちゃったのよ。
その手伝いをする気があるなら、討伐隊に加われはしないけど、現場まで連れて行ってあげるわ」
別に討伐に加わりたいわけじゃない。
ただ、自分も何かしたかった。
彼女の傍にいたかった。
せめて何かあった時に彼女の盾でも囮でも出来るように。
ジャスはサージュの提案に乗ることにした。
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