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04/私の答え

「かしこまりました。エリック様。

 前当主との約定でしたもの。状況が移れば約定もまた移ると言うもの。

 婚約破棄の件、たしかに承りました」


 継母様が何か行動を起こさぬように、牽制するように言う。

 実際問題、我が家は現在当主不在。


 新しく誰かが当主になって新たに約束を取り付けたならばともかく、そうではない。

 それに――


「そもそも、ローランド家の方が我が家よりも格上なのです。

 エリック様が気に病むことはありません」


 そう。

 ローランド家は没落したと言っても、未だ我が家よりは上の伯爵。

 階級社会な貴族にとって、ローランド家から書面だけで破棄を申し付けてもこちらは文句が言えない。

 むしろ、罵られたりする可能性を考慮するなら、誠実さに溢れた行動だ。


 何より――私の中で、エリック様は”お兄様”だった。

 同時に彼にとって私は”妹”だったのだろう。


 ――ただ、それだけだ。


 エリック様はぽかんとして私の事を見つめている。

 後ろで立ち上がったらしいグレゴリーが、もう一度尻もちをついたのか、どすんと音がした。


 ……立ち上がる音が聞こえないけど大丈夫?


 継母様は……あぁ、うん。


 ちらりと見た継母様は放心している。

 まぁ、私が御家騒動の元になるから他所に出そうと言ってたのに、これだものね。

 

 ……とりあえず、継母様の頭がしゃんとする前に手早くエリック様に帰ってもらおう。


「エリック様」

「な、なんだい、アリシア」


 何故そんなビクビクとした顔で見るんですか。

 代償に何か要求されるとでも思ってるんですか?


 だとしたらちょっと失礼な。

 こんなに私は祝福したい気持ちでいっぱいだと言うのに。


「もし御用がお済みであれば、日の高いうちにお帰りになった方がいいのでは?」

「あ、あぁ……そう、だね」


 ちらり、と継母様を見るエリック様。


 大丈夫ですよ。今は固まってますから。

 動き出すとやっかいになるので、早目に帰って欲しいだけで。


 ことさらニコニコとして無言の圧力をかける私。

 それに気圧されたのか、ようやくエリック様が立ち上がる。


「じゃ、じゃあ、ご好意に甘えて帰らせてもうとするよ」


 では見送りにグレゴリーを……大変。口から泡吹いている。

 だ、大丈夫かな……。


 エリック様も気づいたようで、こちらに視線を投げかけてきた。


 こ、こんな状況は想定してなかったんですが!

 えぇとえぇと、そうだ。メイドを呼べばいいわね!!


 慌てて使用人を呼ぶベルでメイドを呼び、グレゴリーの事を任せる。

 彼女たちもぎょっとしたものの、お客様の手前できるだけうろたえる事なく彼を連れて行く。

 さすが我が家のメイド達。優秀だ。


 そして私はエリック様を玄関まで見送った。

 最後まで「大丈夫?」と言いたそうに私に視線を送っていたけれど。

 私は眉を少しだけ寄せて親が子供を諭すように言う。


「エリック様。

 お兄様のような貴方に、運命の人との出会いがあったこと……本当に私は喜ばしいと思います。

 ですから、私のことよりも、その方のことを考えて上げてくださいませ。

 他の女性のことを気にかけていると、嫌われてしまいますよ?」


 最初は真面目に。……だんだんとクスクスと楽しげに、からかうように。

 それがエリック様にもわかったのだろう。 

 顔を耳まで真っ赤にして、口を一文字にして……そして諦めたように肩を落として、彼はため息を吐いた。


「……君が少し恐ろしいよ、アリシア」

「そうですか?」


 こちらとしては、貴方の一世一代の大恋愛を祝福してるつもりなのに。

 私なんかを心配しすぎて恋人との仲が悪くなるとか夢見が悪いんですよ?


「……本当に大丈夫なのかい?」

「それは我が家の問題ですから」


 にこりと微笑むと、エリック様はそっと私の頭に手を置いて撫でた。

 ……子供じゃないんですが。いや、未成年だけども。


「君がお兄様みたいと言ってくれるならば、私にとっても君は妹のような存在なんだ。

 辛い時は頼って欲しい。

 その……その原因が私である可能性は否めないが……」


 困ったように、申し訳なさそうに。

 エリック様は微笑みながらそう言って去っていった。


 門が締り、馬車の音が遠くに行く音が聞こえる。


 ――置いていかないで。


 そんな気持ちがまた、少しだけ蘇った。

 何度か感じたことがある感覚。


 最初に感じたのは――お母様が棺に入った時。

 幼い私は死を理解しておらず……けれど、もう会えないのだと認識していただけ。

 ただただ、泣きじゃくるだけの子供だった。


 二回目は――お父様が棺に入った時。

 もう、命の終わる事の意味を知っていた頃。

 それでもお母様の時と同じように、私は泣きじゃくりながら見送った。


 そしてこれが三度目。


 これが生涯最後というわけじゃない。

 きっと、会おうと思えば会える相手だろう。


 それでも――やはり寂しいものだ。


「にゃぁ」


 目を伏せてため息をついていると、足元から小さな鳴き声が聞こえた。

 すり、すりと甘えるように私の足にじゃれつく小さな黒い猫――ラフィークだ。


「お前……いつ帰ってきたの?」


 しゃがみながら、ラフィークの頭を撫でてやると気持ちよさそうにもっともっと、とねだって私に擦り寄ってくる。


 まるで、どうして寂しがってるの?

 寂しいなら私を構えばいいじゃない?


 そう言ってるようだ。


「……そうね。私にはお前がいるものね」


 なでなで、としていると本当に寂しさが薄れていく。

 アニマルテラピーって偉大。

 大事な家族だから余計に愛しさが溢れてくるのだろう。


 ――気がつけば私の胸にあった寂しさはなくなっていた。


「ふふふ。本当にもう……可愛い子ね、ラフィーク。

 それともご飯のおねだりかしら?」

「にゃあ」


 こんな時だけお返事しっかりするんだから。

 まったく。


 けれど、そろそろ太陽が真上に近づいている。

 後一時間もすれば、昼食の時間だろう。


「ちょっと早いけどラフィークのご飯を用意してあげようか」

「にゃぁ!」


 さっきよりも元気な声。

 ううん。人間の言葉を理解しているのかもしれない。

 それなら悪戯した時に叱ったのをちゃんと覚えていて欲しいなぁ。


 そんな事を思いながら、クスクスと笑ってラフィークを抱っこしていると――


「きぃぃぃぃぃぃいいい!!!!」


 絹を裂くような力強い声が屋敷から響く。


 ……忘れてた。継母様のこと。

 さて――これからどうしよう?

お読み頂きありがとうございます。


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 こちら『悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~』にて新連載を始めました。
 ゲームの悪役キャラ憑依物です。よろしければ、目を通してやって下さい。
 ……感想や、評価に飢えているので、何卒お願い致します。m(_ _)m
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