33/私に出来る事
気合を入れて口を開く。
目的はたった一つ。
ジャスさんの恩赦願いだ。最低でも罪状を軽減したい。
「お願いします。今日私が連れてきた盗賊の恩赦をお願いしたいのです」
「恩赦……か。何故かね。理由もなく無罪放免というわけにはいかない」
問いかける声音はとても低い。
威厳に満ちていて、威圧感さえある。
だけど、負けちゃダメだ。
「彼は、罪を犯していますし、その事を自覚しております。
ですが、恩赦が無理ならばせめてその罪状の軽減をお願いしたいのです。
あの人は、私を誘拐した盗賊団の一員ではありますが、私を逃がしてくれたのも彼なのです」
私の言葉を聞いて、小さく「ほぅ」と言いつつ先を促す。
ここからは私が聞いた彼の身の上話とあの日の出来事についてだ。
情に訴えても無駄だと知りつつも、私は熱のこもった声音で言葉を続ける。
「――ですので、どうか。どうか、彼の罰の軽減だけでもお願い致します」
深く頭を下げて、心を込めてお願いする。
……私に出来るのはこれだけだから。
「顔を上げなさい。シア嬢。
――君にとって彼はどんな存在かね?」
問われて顔を上げてから、私は微笑んで言う。
「命の恩人で、大切な人で――とっても大事な友人です」
私が自信満々に答えると、爆笑されてしまった。
クロードさんも「親父がこんなに笑うの初めて見たわ」と言ってた位の大爆笑です。
「済まない、少し昔の事を思い出してしまってね。
――よし分かった。
良いだろう。行った罪としての処罰は行うが、盗賊団についての情報提供や、協力次第によっては情状酌量の余地もある事だし、司法取引を認めよう。
どちらにせよ、最近の『魔物呼び』の行動は目に余る。早急な対処が必要だったからな」
そう言って、セドリック様は約束をしてくれたのだった。
* * *
それからはトントン拍子で事態が動いていく。
やはりトップが決断すると早い早い。
まずはまだやってなかったらしいジャスさんの事情聴取や、盗賊団についての情報聞き取り。
立ち会わせてもらったけれど、大人しく話してくれてたからか特に乱暴されることもなく終わった。
その後、地下の牢へとジャスさんは連れて行かれる。
……前もって牢を見せてもらったけど、最低限は清潔だったし毛布もつけてくれるらしい。
ジャスさんの情報のおかげで、盗賊団の拠点は判明した。
しかし、残念ながらすでにもぬけの殻で誰も居なかったらしい。
ジャスさんも新しい拠点については分からないという。
とはいえ物資は多く残っており、足跡も比較的新しいものが頻繁にあることから、徐々に引っ越している状態ではないかと結論を出した。
現在は回収に来た盗賊を見張って、新しい拠点の位置を割り出しているらしい。
その情報が出てから三日程たった頃だったか。
ついに盗賊団の新拠点が判明した。
* * *
「どうしてオズちゃんは一緒に向かうのに、私は駄目なんですか!?」
拠点が判明した時に、私は同行を希望した。
なのに、私は駄目でオズちゃんは良いという。
――納得いかない!!
「あのねぇ……。オズはともかく、貴女は騎士団の行う討伐で、なんの役に立てると思うの?」
呆れ混じりに言うお師匠様。
魔術は使えない。
スライム戦は戦闘とも呼べなかったから、魔物相手でのまともな戦闘経験もない。
確かに私は足手まといだろうと思う。
けど、だからって私はあの盗賊団の頭に対してとても怒っているのに!
そもそもオズちゃんだって、私が同行を希望したから心配だしついていく、って言ってくれたのに!
私が行かないのに、彼女だけ行くとかおかしいじゃないですか!!
……でも、確かに戦場で足手まといは困る。
だけど、私はそうならないために、冬の間みっちりとお師匠様に修行してもらってたのに……!
「話がそれだけなら、頭を冷やしてちゃんと考えておくのね」
そう言って私は自室に戻されてしまった。
* * *
私は部屋で一人考え続けた。
どうしたいのか。
それはもちろん決まってる。
私は盗賊団の頭に冒険者達風にいうと「落とし前」をつけさせたいのだ。
大した理由もなく暴力を振るった事も、他者や弱者から財産を奪う事も到底許せることじゃないもの。
自ら暴力を振るいたいという訳じゃないけど、少なくともちゃんと捕まった瞬間を見ないと気がすまない。
こういう思考を持つのは良くないと思う。
でも、それくらい私はあの男に対して怒りを抱いているのだ。
だったらどうするべきなのか。
要するに、足手まといである事が問題なのだと思う。
逃げ足だけは鍛えてもらったので、それだけならばそこまで邪魔にはならないはず。
だけど、採取ならばそれでも良いけど、討伐となれば話は別。
逃げるのは得意だからとか、怪我をしても自分の責任だからと言っても、弱者がいれば騎士や兵士なら気にかけるだろうし、守ろうとするだろう。
そうなると、自然と私は彼らの弱点になる。
お師匠様が気にかけてるのはその事なんだろう。
……つまり、弱点になったとしてもそれ以上の利点を持てば良いのかしら?
お師匠様は言った。
私がなんの役に立てるのかと。
――ならば役に立てば良い?
……きっとあの言葉はそういう事だったのでは?
けれど、ただ「私役に立ちます」と言うだけでお師匠様が納得してくれるわけがない。
つまりは、根拠が必要だろう。
お師匠様に渡されている植物紙を取り出し、ペンを手に取る。
私は見習いとは言え錬金術師だ。
ならば、私が役に立つ方法はたった一つ。
――魔術道具を作り出す事。
まずは何を必要か書き出していく。
治療薬の水薬や軟膏は必須でしょ……?
それから……確か盗賊団についての情報が……あったあった。この木札だ。
盗賊団の規模は大体三十人程。
ただし、これは戦闘も行う事が出来る団員の人数。
実際にはこの人数に、強制的に下働きをさせられて奴隷のような扱いの人達がいるらしい。
当然だが、今回の討伐対象は盗賊団員として活動してる面々になる。
その他の構成員達は、罪によって多少なりと罰を受けるかもしれないが、大半はジャス君と同じく情状酌量の余地ありとして軽度の罪になるという。
その中で名前が分かっているのはアロガンという盗賊団の頭だけ。
ジャス君はそれ以上を知らなかった。
しかし、その名前と風体だけで騎士団の方から新たに出た情報がある。
それはアロガンの経歴だった。
アロガンは元々、二十年ほど前までは名のしれた冒険者だったらしい。
当時手に入れた魔剣は炎を操る物で、かなりの業物だ。
その技量も相まって、アロガンと対立する者はほとんどいなかったという。
ただ、アロガンが何故冒険者を止めて盗賊団に落ちぶれたかはよく分かっていない。
黒い噂が元々多かった人間らしいので、それが表沙汰になったのでは、という見解だ。
――まぁ、アロガンなんて人がどういう過去を辿って、悪い事をするようになったかはどうだって良い。
とりあえず炎を使うなら、水とか氷系が欲しいよね。
それから……。
私は鞄の中から小瓶を取り出した。
見た目はただの瓶だけど、実際にはお師匠様謹製の小型錬金釜。
普通の錬金釜と違って作れる物は限られているけど外でも使えるのが利点だ。
ウンディーネ探しの時に、お師匠様に渡された品でもある。
あの時は使わなかったし……出来れば使いたくはないけど……。
私に戦闘能力がなくとも、自衛能力があると証明されれば多少は同行の許可ももぎ取りやすいはず。
私は膝で丸くなっているラフィークを撫でる。
「ねぇ、ラフィーク。私に協力してくれるかな?」
耳をぴこっと立てながら、声を聞く。
撫で続けていると、やがてゴロゴロと喉を鳴らしてぐぃーっと腕を伸ばした。
そして顔を上げ、私を見ながら彼は言う。
「にゃぁ」
――「良いよ」という返事に聞こえた。
「ありがとう。ラフィーク」
* * *
私は書き上げたレシピをお師匠様に見せて許可を得た後、道具を作った。
その後、騎士団に同行するために自衛能力がある事、戦闘に直接ではなくとも役に立てる事をアピールしての模擬試合。
――結果、私は同行許可をもぎ取ったのだ。
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