31/軽い騎士と私の秘密
ジャスさんの両手にロープを結び、それを手綱のように引く私。
街の中央までの道のりを、じろじろと見られながら歩く。
騎士団はこの街の中央にあるのだ。
先日のおんぶの件といい、何やら変な噂が広まりそうだけど、もうどうでもいい。
私にはジャスさんの恩赦をもぎ取るという使命があるのだから。
騎士団の入り口で、騎士に賞金首を捕まえたと伝えるとジャスさんは連れて行かれた。
少し乱暴に扱われたのが気に食わないけど、彼は犯罪者として出頭したのだから仕方ない。
……でも後で抗議出来そうなタイミングがあったら、言おう。
その後、報酬を支払うという場面で私は恩赦を掛け合う事にした。
――結果は私の考えが甘かったという事だけ。
あの時は頭が沸騰したように怒りに染まってたからよく考えてなかった。
でも、冷静になって考えてみれば無茶な話だろう。
せめて連れてくる前に、ジャスさんからもう少し盗賊団の情報を聞き出しておくべきだった。
それに恩赦を決めるのは騎士団のトップ――つまりは領主になる。
ただの小娘が「賞金要らないから、恩赦をくれ。せめて話だけでも聞いてくれ」と嘆願しても、会えるわけがない。
――私が貴族令嬢のままだったなら……。
イングリッド領は隣の領地。
しかも食料を輸入しているから、メレピアンティナ領としても仲良くしたい相手のはず。
恩赦をもぎ取れるかはともかくとして、話をするために会うだけならきっと難しくはないだろう。
……でもそれは狡い。
私は、一切の責任を投げ出してここに居る。
だと言うのに、権利だけを要求するのはいけない事だ。
どうしたら……ジャスさんを助けられる?
完全無罪が難しいなら、せめて軽減だけでもしたい。
――死刑だけは絶対に阻止しなきゃいけないのに。
私が悩んでいると、一人の男性騎士が近づいてきた。
オレンジみたいな色の髪に綺麗な青い目をした騎士さんで、なんだかとてもご機嫌に見える。
なんの用だろう?
「君さ、領主様に会いたいんだよね?」
「えぇ……そうですけど……」
「じゃあ、俺が会わせてあげるよ」
なんだろう、この軽薄な感じは……?
普通、領主は簡単に会えるものじゃない。
うちみたいな田舎貴族だって、緊急時以外はちゃんと事前に連絡を入れた上での面会となる。
それを一介の騎士が一存で結論を出せるはずがない。
周囲の騎士を見てみても、苦笑いをしている。
……つまり、これはからかわれてるということだろうか。
――こっちは真剣に悩んでるのに!!
むっとした顔で騎士を見上げていると、少しだけ顔を近づけて彼は小さく呟いた。
「イングリッド領の事でお話があるんだ」
聞き取れたのは私だけだろう。
それくらい小さな声で彼は言ったのだから。
……どうして彼がその事を知ってるの?
訝しげに睨んでみても、彼はその飄々とした態度を変えない。
周囲の騎士達は「ただのナンパだよ」「いつもの冗談だから気にするな」なんて事を口々にいうけれど。
――この人は私の秘密を知ってる?
どうするべきだろう。
進むべきか、下がるべきか。
脳裏に浮かぶのはジャスさんの顔。
このまま下がってしまったら、きっと領主との面会等絶対に出来ないだろう。
だけど、この騎士が本当に面会予約をつけてくれるかは分からない。
信用に値するかどうかが問題だ。
騎士の目をじっと見る。
……この人私を面白がってるなぁ。
でも、少なくともそこに悪意は感じなかった。
ならば、騎士である彼の身分を信用しよう。
例え面会が嘘だったとしても、私に対して害になる事はしないと。
それくらい、今の私には手段がないんだ。
可能性が少しでもあるなら、藁だって掴んでみせよう。
「――まぁ、本当ですか?
それは嬉しいですわ。騎士様」
睨んでいたのを止めて、営業スマイルを浮かべて言う。
突然の笑みに虚を突かれたのか、騎士は一瞬だけ目を丸くした。
その後、やたらと大爆笑。
……目の前で待たされてるこっちの事も考えて下さい。
思わず再び睨みつけてしまうと、それに気づいたのか涙さえ浮かべながら彼は言う。
「おーけーおーけー。
良いよ、連れて行ってあげる。
という訳で、ちと早目の昼休憩するんで!」
騎士がそれで良いんですか!
「ったく。戻ってくるのも早くしろよ!!」
「へーい」
言葉遣いもだけど、こんなゆるい規則で良いんだろうか。
……まぁ、私としては領主との面会に一歩近づけたかもしれないんだから、良いんだけど。
* * *
「んじゃ、俺に付いてきてね」
そう言って私の手を引いていく騎士。
騎士が片手を塞いで良いのだろうか? それとも不審者を逃がさない為?
内心疑問に思いながらも、彼に付いていくと騎士団内部を通り抜けて領主の館部分へと進んでいった。
……本当に領主との面会に力になってくれるんだ。
今までの態度が態度だったから、少し感心してしまう。
それが彼にも伝わったらしく、苦笑しながら話しかけてきた。
「まぁ、怪しいのは分かるよ。
でもちゃんと連れて行ってあげるから、大人しくしててね」
「……貴方は領主様にツテでもあるんですか?」
「あるある。だいじょーぶだよ。アリシアちゃん」
身体が少しだけ強張る。
手を握ってる彼はその事に気づいただろう。
だが、言及はしてこない。
「……私はシアです。どちら様と勘違いしているか分かりませんが、違う方の事では?」
「ん? そーう?
あ、ちなみに俺はクロードね」
クロード……何処かで聞いた覚えがある気がする……。
「ここの領主様の息子と同じ名前なんだぜ?」
「……それが領主様のツテとか言いませんよね?」
だとしたら、ガッカリだ。
どう考えても、私が面会出来るとは思えない。
「あっはっは。どうだろうね?」
思わせぶりは止めて欲しい。
「――所で、先程の彼の扱いなのですけど」
「彼って、あの賞金首?」
「……そうです。あまり乱暴に扱わないで下さい」
「へぇ。やけに肩を持つんだね」
「当たり前です。大事なお友達で、命の恩人なのですから」
私が自信満々に答えると、何故か目頭を押さえる騎士。
何故こうも皆さん、私が彼の事を「お友達」と言うと変な態度を取るんだろう……。
「どうかしました?」
「いやちょっと、可哀想になって……」
私のお友達になるのは、そんな可哀想な事だと?
初対面から他の騎士達と違って紳士的ではないし、人はからかうし……この人嫌いです!
自分でも子供っぽいと思うけれど、こればっかりは印象に影響するんだから仕方ない。
「まぁ、ともあれ一応伝えておく。
反抗的じゃなきゃ、乱暴には扱わないさ。こっちだって」
そういって笑う。
からかうようなのではなく、安心させるための騎士らしい笑みだった。
……今頃ジャスさんは事情聴取の最中だろうか。
きっと素直に話してくれてるだろうけど……盗賊だからと酷い対応をされていないと信じるしか無い。
てくてくと歩き続けていると、彼は一つの扉の前で立ち止まった。
ここに領主様がいるのかしら? でも執務室にしてはちょっと飾り気があるような。
「じゃ、この中で待っててもらえる?
メイドに声を掛けておくからそのまま待機で」
「貴方はどこへ行くんですか?」
「ん? そりゃ領主様に君の事を話にだよ?」
きょとんとした様子で当たり前のように言う。
……本当にツテがあるんだ。
言動が言動だけに、正直嘘なんじゃないかと疑っていたけど……。
「……分かりました。
ではこちらで大人しく待ってます」
「会えそうになったら、メイドが案内してくれるはずだから。
じゃ、また後でね」
そう言って去っていく騎士――いえ、クロードさん。
――メレピアンティナの領主との対面まで後ちょっと。
絶対に助けるから、待っててね。ジャスさん。
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