29/呪いを解く
解呪道具が完成した次の日、早速解呪を試みることにした。
……本当は、彼の事が心配だったからすぐにでもって思ってたのだけど……。
街の外に出て結構歩いた後に、道具作りを始めたものだから大分疲れてたみたい。
気がつけば、入った覚えのない自分のベッドに私はいた。
多分、お師匠様が気付いて寝かせてくれたのだろう。……ご迷惑おかけします。
起きた直後に、解呪しようとしたらお師匠様にちゃんと朝食を食べろと怒られて……。
そうこうしてるうちに、オズちゃんがやって来たので、みんな揃った状態で解呪を始めることにした。
* * *
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
手にした指輪を右手の薬指に嵌めて、私は彼のベッド横で膝をつく。
背後には、お師匠様とオズちゃんが見守ってくれてる。
目の前には、横たわって苦しそうにしている彼と、ラフィークの姿。
――大丈夫……きっと大丈夫……。
何度目の深呼吸だろう。
その度に背後で、ため息をついてる音が聞こえる気はするけど、二人共急かしたりはしないでいてくれてる。
自分のタイミングで出来るよう、気を使ってくれてるのだ。
……いい加減覚悟を決めなくちゃ。
――うん。大丈夫、やろう。
指を組んで、自分の額に触れさせながら祈る。
どうか、彼の呪いが解けますように。
どうか、彼が元気になってくれますように。
そして――
一心不乱に願い続けているうちに、指輪の石――”浄化の雫”が淡く光りだす。
其れに驚いて顔を上げると、その光が彼を包み込むように移動していく。
すると、彼の首の辺りに何かが浮き出してきた。
首輪……だろうか。
半透明な黒いソレを、指輪の光が包み込んでじわじわと崩す。
……これが解呪中の現象? とすると、この黒い首輪みたいなのが呪い?
内心首を傾げながら見守っていると、ついに光は首輪を全て崩しきる。
それと同時に、苦しそうだった呻き声が消え、彼の寝顔は安らかになった。
時間にしてみればあっという間の出来事。
だけど、その結果は――成功したのだろうか。
「……お師匠、様……」
彼の顔をじっと見ながら、震える声で後ろのお師匠様に問いかける。
「えぇ。成功。よくやったわね」
「凄いじゃないシア!!」
お師匠様に頭をわしゃわしゃと撫でられ、オズちゃんに左手を取られて握られ。
自分の事のように喜んでくれる二人。
彼の呪いが無事に解けたことが、私は嬉しくて。
胸が震えるように嬉しいのに、声も出なければオズちゃんと一緒にはしゃげない。
――力が抜けてしまった。
ぺたんと床に座り込んでぼんやりと彼を見る。
呪われた時よりも、少し血色が良くなってるのは気のせいだろうか。
こんな短時間でそこまで改善するわけない。
頭では分かってるけど、ついそんな事を考えてしまう。
彼を見つめていると、ぴくりとまぶたが動いた。
目が覚めるのかな。
……彼が目を覚ましたら、まずは自己紹介をして……それから――。
「――っん……?」
ぱち、ぱちと瞬き。
起きたら、名前を教えてもらおう。
そう思ってたのに、口がうまく動かない。
伝えたい言葉がたくさんあるのに。
何度も思い描いていたのに。
胸が苦しくって、嬉しくって、息が詰まるような感覚。
……私どうしたんだろう?
それともこれが感極まるっていう状態なのかな。
「ほら、シア」
オズちゃんが私の手を取って無理やり、立たせてから私の背中を押す。
わ、分かってますよ?
ちゃんと名乗りますよ?
ちょ、ちょっとだけ待って欲しいだけで。
まだ意識がはっきりしてないのか、どこか焦点の合ってない目が私に向けられる。
――目が合った。
彼の方もだんだんと覚醒してきたのか、驚くように目を見開く。
あぅあぅあぅ……。
ど、どうすれば良いの?
いや、するべきことは分かってるけれど!
もう一度深く深呼吸をしてから、私は少しだけ彼の方へ身を乗り出すようにして顔を近づける。
「あ、あの……あの時はありがとうございました!」
……あれ。反応がない。
頑張ってうまく動かない口を動かしたのに。
彼は驚いたように目を丸くしてるだけで、全くの無反応だ。
「えと……その、あの時は黒髪でしたけど、本当は白でして……えぇと、その、私の名前、はっ! シアと申します!!」
無言。
……なんかめげそう。
オズちゃんも彼の顔の前で、手を振って起きてるか確認してるし。
もしかして呪いがちゃんと解けてなくて、何か不具合が!?
怖くなってお師匠様を振り向くけど、苦笑するだけ。
とりあえずちゃんと解呪が成功してるという、先程の宣言は間違いではないらしい。
……じゃあ、普通に現状把握出来てないだけ、かしら……?
状況がよく分ってないから少しパニック状態になってるのかも。
うん。それならもう一度挨拶する所から始めよう。
大丈夫。一度勢いでやったもの。今度は丁寧に落ち着いてできるはず。
もう一度深呼吸をしてから私は笑顔を彼に向けて、彼の手をそっと両手で握り込む。
私の体温で現実なんだよ、と教えるためだ。
それに、パニックになった時は人肌が一番安心出来ると思うの。
「私は、シアと申します。
あの日、貴方が私を助けてくれて本当に助かりました。
……貴方の名前を教えていただいても?」
人肌が効いたのか、彼の顔はどんどん赤みが差して健康的に……ってあれ。なんか赤くなりすぎなような。
熱でも出たのかしら……。
「……俺はジャスだ」
視線を逸しながら彼は言う。
……やっと”彼”なんて他人行儀じゃない呼び方が出来る。
私は嬉しくなって微笑んだ。
そしてほぼ同時に目を見開くように驚いた後、そっぽを向くジャスさん。
あの、そんな勢いで首を回すと痛くなりませんか……?
なぜか後ろからは二人分のくすくすとした笑い声。
ラフィークもなんだか呆れ顔でこちらを見ているし。
……何故?
「あの……私、貴方にお願いしたいことがあるんです」
私の言葉にそむけていた顔をこちらに向けてくれるジャスさん。
なんて事のないはずなのに、私はそれが嬉しくって笑ってしまう。
そしたら今度は首ごとじゃないけど、視線をそらされてしまった。
……私の笑顔ってそんなに見苦しいものなんですか……?
ちょっと傷つきつつも、私は彼に会えたら伝えようと思っていた事を言葉にする。
「私の――お友達になってください!!」
勇気がいる言葉を、勢い任せで言う。
こういうのは勢いが必要だから仕方ない。自分の事はよくわかってる。
けれど、私の精一杯の勇気は、彼には届かなかったらしい。
というか、むしろなんだかガッカリしてる気がする。何故ですか。
最近受付嬢をやって、他人の顔色を伺うのが上達したと思ったのだけど……。
「……嫌、ですか?」
泣きそうな気持ちで私が問いかけると、ジャスさんはこちらを見て――戸惑い、もう一度視線を逸して小さく「嫌じゃない」と呟く。
よかった……。つまりこれは照れて居るという事ね?
確かに、面と向かって「友達になって」なんて言葉は恥ずかしくて中々言えません。
勇気を出して本当に良かった……。
「ぷっ、よ……良かったわね」
肩を若干震わせながら、口元を抑えて言うオズちゃん。
私のこの感動に賛同してくれるらしい。
ちなみに師匠はと言うと、背後でなぜか崩れ落ちるように床に座って、やっぱり口元を抑えて肩が震えている気がする。
どうかしたのかしら?
お読み頂きありがとうございます。