28/水の精霊と解呪道具作成
はぁ……それにしても魔術ってすごい。
お母様もあんな風に格好良く魔術を使ってたのかな。
なんとなくそんな事を考えながら、念のためスライムの動きを見る。
……うん。一応大丈夫そうだね。でもこのままだと溶けた時にまた動き出すかも。
「これってどうしたらいいのかな?」
「んー。核を壊しておけば確実に倒せると思うけど……。今なら何か衝撃を与えれば簡単に壊れると思うわよ」
と言いながら、思いっきりスライムの氷像を蹴っ飛ばす。
硬いものを蹴っても壊れないと止めようとしたけど、思いの外壊れやすかったらしく、粉雪のように砕け散っていった。
……綺麗ね。
綺麗といえば……なんだろう。
さっきから周囲を小さい光がまとわりつくようにいるんだけど……。
スライムが泉に入るのを妨害してたし、泉を守ってたのかな?
「オズちゃん、この子達わかる?」
『その子達は妖精です』
小さな光を指差して問いかけると、答えたのは第三者だった。
腰ほどまで水に浸かった――いや水に同化した、半透明な女性体……といえば良いのだろうか。
小さな光――妖精が彼女(?)の周りを飛び回り、とても幻想的な光景だ。
「あんたがウンディーネ?」
『えぇ。そうです。
この度は私の泉を不浄な存在から助けていただいてありがとうございます。
体内にいる相手に対しての攻撃というのは、難しくて中々手を出せず困っていたのです。
昔手に入れた毒の小瓶を食わせたりと、色々手段は講じたのですけど……」
オズちゃんの質問に、頬に手をついてため息を付くポーズを取りながら答えるウンディーネ。
なるほど。黒く染みみたいになってたのはそれが原因なのかも。
……どうでもいいけど、毒の小瓶なんてどういう経緯で手に入れたんだろう……。
「そっか。まぁ、無事でよかったわね」
「あの、それで助けた報酬というわけではないんですけど、一つお願いを聞いてはいただけませんか?」
『私にできる範囲でしたら』
良かった。
恩着せがましいと言われようと、交渉するにはやっぱり優位に立ってた方がいい。
「私は魔術道具を作るのですが、”光属性の品”という物に心当たりはありませんか?」
『光属性ですか……あいにくと私は水の精なので……』
むぅ……やっぱり駄目か。
こうなったら光の精霊を紹介してもらうしかないのかな……。
『ですが、この子達は光に属する妖精です。
私を助けてくれたあなた達ならば、鱗粉を分けてくれるそうですよ』
そう言うと、小さな光が集まってこぶし大位の大きさになった。
眩しくて見づらいけど、その光の中心には小さな少女がいるようだ。背中には蝶のような羽が付いている。
『オ礼、受ケ取ッテ』
慌てて荷物の中から採取用に持ってきたガラスの器を取り出す。
それを両手のひらで包み込むように持つと、光の妖精がちらちらとその上を飛び回り、そのたびにキラキラと光る鱗粉が落ちて小さな山となった。
……くしゃみしたら吹き飛んじゃいそう。
風を起こさないようにそっと蓋を閉めて大事にしまった。
良かった。これで材料が揃ったから調合が出来る。
『あの……』
「はい?」
『先程の不浄な存在をおびき寄せたのは一体……?』
さっきのスライムの動きが気になったらしい。
原理は至極簡単な餌でおびき寄せただけなんだけどな。
私の魔力は魔物に取って、高級料理みたいなものらしいので、血とかは他の魔物を呼び寄せる可能性があるし、すぐ魔力が抜ける髪の毛で餌を用意しただけだ。
とりあえず自分が全属性であることを伏せつつ、そう伝えるとウンディーネは呆然としていた。……ついでにオズちゃんも。
「シア……んな危ない手段取るなら最初に言ってよ……」
「え? でも髪の毛の魔力ならすぐ抜けるってお師匠様も言ってたし、他の魔物を引き寄せる前に消えるかなって」
自分の考えを伝えると、オズちゃんはしみじみとため息をついてから言う。
「あのね? 魔力を取り込んだ魔物がいきなり変質するっていう事もあるのよ?」
え、初耳なんですが。
「確かに状況的には最適解だったかもしれないけど、万が一の可能性を考慮して前もって相談してちょうだい。
じゃないと、場合によっては準備してた魔術が効かなくなってた可能性もあるの。わかった?」
うぅ……。申し訳ございませんでした……。
もう少し魔物についてと魔力についてを勉強する必要がありそうだね……。
『なるほど……。そういえば、私からのお礼がまだでしたね』
「いえ、先程妖精さんから頂きましたし、問題ないですよ?」
交渉のためとは言え、最初に恩を着せるようにした手前これ以上何かをもらうのは決まりが悪い。
『ふふふ。こちらをどうぞ』
そういってウンディーネが何かを投げ渡してくる。それは投げていたのに、ふんわりゆらゆらと私の手のひらへ落ちてきた。
落ちてきたのはすごく透明できれいな石だった。
『私の浄化の力を込めた石です。魔術道具を作るなら役に立つでしょう』
浄化の力ということは”清らかな物”に合致するだろう。蒸留水を作るよりよほど相応しいと思う。
思う……けど、こんなに凄いものもらっていいのかな。
もしかしたら精霊からみたら、大したものじゃないのかもしれない。
けど、隣のオズちゃんがかなりびっくりしてるから貴重な品なんじゃなかろうか。
「えと……こんなに貴重な物をいいのですか?」
『構いません。ですが――もし良ければ、ですけど貴女の魔力を少しいただけませんか?』
魔力が糧になる精霊にも私の全属性と言うのは魅力的なのだろうか。
「えぇと……」
『髪の数本で構いませんよ』
まぁ、それなら……。
ナイフを取りし適当に摘まんで、ざくりと切る。
その切った髪を軽く結んでばらばらにならないようにして、泉へ近づいた。
『貴女のお名前はなんて言うのでしょうか?』
「はい? シアですが……」
『――はい。ではシア。これからよろしくお願いしますね』
何をよろしくするんだろう……?
そう思ったけど、やらなきゃいけないことが待っている。
髪を渡して、私達はウンディーネ達と別れた。
――帰り道でオズちゃんに言葉の意味を聞いてみたら、ものすごく呆れられて、その後興奮した面持ちで熱弁された。
うぅん。そんな意味があったとは……。
* * *
街に帰ると、まずは銀細工のお店に寄った。
それなりの値が張ったけど、銀の指輪を購入できた。
”清らかな物”として、ウンディーネの浄化の雫。
”道具の形の要となる物”として銀の指輪。
”光属性の品”として光の妖精の鱗粉。
――これで全部材料が揃った。
はしゃぎたいのをぐっとこらえ、お師匠様に材料が揃ったことを告げた後、私は一人で調合し始める。
オズちゃんは調合を見学したいと言ったけど、私が本当は錬金術師だというのは隠さないといけない約束だ。
だから、普通の魔術道具作りを少しでも知ってるオズちゃんに見せる訳にはいかない。
集中したいからと断って、一人で黙々と作業を始める。
レシピに載っていた細々とした素材を、小さく刻んで……それから、異なる属性同士をまとめる時に必要な中和剤の準備。
よし。これで準備は整った。
錬金釜に指輪以外の素材を一つづつ入れていく。
その後杖でくるりと縁をなぞれば、油膜のような物が貼られる。
後はただ祈るだけ。
ただただ、彼の呪いが解けますようにと。
魔力を込めた杖をぐるぐると回し続け――そして、油膜が金色に輝く。
ここまでは上手くいってるね。
内心ほっとしながら、銀の指輪を入れて蓋をする。
蓋の隙間から光が溢れたのを確認した後、そっと蓋を開けた。
中にはうっすらと青みがかった透明な石のついた銀の指輪。
解呪道具が完成した。
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